2.屋上と教室
「…ということがあったんだが。」
「お前自分が何言ったか理解してる?」
「理解しているつもりなんだけど。そんなに変だったかな。事実を伝えただけなのに。」
「手首にアルミホイル巻くより信憑性がないゾ。」
裕翔はそう言って、紙パックの野菜ジュースを飲む。残りも少ないのか、人によっては耳障りに感じる、ジュ〜ッと鳴る。
しかし、昼休みの中頃に差し掛かったこの教室の中で、そんな音はそよ風のようである。誰も顔をしかめることなく、各々物を食べたり談笑している。
この二人の話し声も、教室の端っこにいることだ。全く誰にも聞こえていないだろう。
「はぁ〜…お前の方から話しかけてきたと思ったら、やれやれそんなバカみたいな妄想語りやがって。」
「妄想なんかじゃあないぞ、成原。現実にちゃんと起きてるんだ。僕が一昨日?いや三日前かな…それぐらいに体験したことなんだ。マジで。」
「…お前、話す前に『あっ、そういえば今思い出した話しなんだが。』とか言ってなかったか?」
「僕はダチョウだから三歩歩いたら何でも忘れる。」
「自分で言っちまったらもうおしまいじゃね?」
そう言って、ひじきを食す彼…成原はスマホを触りだす。
この泉ヶ丘高等学校ではスマホの持ち込みが許されており、休み時間には多くの生徒が四角い画面を覗いている。
成原もそのうちの一人だ。勿論裕翔も。
彼らは高校一年から同じクラスであり、同じソシャゲを愛し、時には涙し、時には爆死し、時には煽り合い…
紆余曲折を経て、二年でも席の近いもの同士ということで、一緒に次にくるフェス限を確認しているのだ。
いわゆる腐れ縁というものであろうか。彼らの絆はいろんな意味で硬いのだ。
「あ゛〜〜〜〜まぁ〜たタンクがぁ〜〜〜〜〜ああッ!!一体どれだけ俺の推しのピックアップを先延ばしにするんだこのダボ運営がッ!!!」
「落ち着け。性能はやはり周年キャラ。結構馬鹿げてるぞ。お前の推しとやらとスキルの親和性が良さそうだし、引くべきだろ。」
「そういう話じゃあねぇんだよ!柊!!いいか?女と女の間に男が入るということは、不吉極まりない編成なんだよっ!!世の中でも一番上と言っていいくらいの!
「…。業というのは分からんが、取り敢えず強いやつを大人しく入れとけばいいだろ。」
「お前はほんっとにそこんとこドライだよな!!」
「合理的といえ、合理的と。」
なお。裕翔はソシャゲをあくまでも暇つぶし感覚でやっているため、別に成原のことを『心の友よ!!』なんていう感覚で見ていたりいなかったり。
成原の呪文詠唱も、成原自身が同士と思っているから言えることであるが…裕翔は別にそんなアツい友情的なこと、一ピコメートルも思ってない。『うるさいから話題直ぐ変えてはよ会話終わらそ。』とか考えている。
ほら。今も。『黙ってたらこのうめき声止まるかな。』って顔してるよコイツ。
「ドライ…か。って、話を戻すぞ。成原。いきなりスマホを触りだして叫んだと思ったら僕の話をうたむやにして。」
「あ〜?んなもんどうでもいいだろ。これ以上掘り下げるとこあるか?『美少女屋上チラシタイフーン事件』によ。その女の子がケモミミだったんなら、俺もいつまでもお前とともに語ってやれるのに…」
「…お前ももうちょっと現実を直視したほうがいいというか。まぁいい。お前の煩悩丸出しの思考は置いといて…この話しには続きがあるんだ。」
「続きぃ?」
「なんと。学生証を取られた。」
「…は?」
「そんでもって更にひどいのが、昨日やってたイベのガチャ引き逃して貴重なバッファー要員を逃したッ。」
「あぁ、それは残念だったな…アイツビジュ良、バフ強、ボイスもいいの三拍子だったのに…って!そーゆー問題じゃないだろ!?」
流石に成原は学生証をなんの脈絡もなく取っていく後輩に驚きを覚えたようだ。それくらいの常識はあったようで、裕翔も少しはホッとしているようだ。
弁当のご飯をつまむ箸を動かすのを止め、成原は裕翔を一点凝視する。
裕翔は清まし顔で、(いや、普通に強キャラ確保が間に合わなくて結構悔しそうな顔をしているかも知れないが。)成原と視線を交わす。裕翔の瞳には恵望のような無はなく、むしろ色彩に溢れているように見える。
学生証が無いということ。それ即ち学生と証明できるようなものが無いということ。
学生にあるはずの様々な特権が使えなくなってしまうのだ。
いろんな施設で割引ができなくなるのも、学生の少ない財布の中身にとってはかなりの痛手。
いずれ何かあった時、身分を証明できるようなものがなければヒジョ〜に面倒くさい事態になる。
それを感じ取ってか、成原は大きな声で裕翔を非難する。
「そんなことしたら…『eternal evening~必ず私は戻るから~』を一緒に見れねぇじゃねえか!!しかも来場者特典の中にどういうわけか学生しかもらえないミニストラップもあるってぇのに、無いんだったらお前でリセマラできねぇじゃねぇかッ!!」
「なぜここでミリタリー美少女アニメの3D化映画の話が出てくるんだ?あと、僕が興味無いことを良いことに僕を無償のガチャ石に使うな。」
…やはりヲタクはヲタクといったところか。成原は、常識あるような人種ではなかったようだ。かなり自明の理か。
成原の異次元のキモさに、再度裕翔は顔をしかめる。
なお、裕翔もそのマイナー映画の存在を知っている時点であれっちゃあれである。
「…まぁんなこたさておき、学生証はなんだかんだで取り返さないときついよなぁ…」
「と、言うわけで、高一の教室は何処なんだ?行ったこともないから分からないんだが。」
「ああ、そういや俺等が一年のときと今の一年の教室が違うんだったっけか。ええっと…確かここ、西校舎の四階あたりだったと思うんだが。」
この学校は東校舎と西校舎に分かれていて、西校舎の方に教室などが集まっている。
東校舎には、体育館、理科室、家庭科室など、特別教室がトコロ狭しとある。
因みにいつも裕翔が行っている屋上は、東校舎だったりする。その理由は勿論、人が常時あまりいないこの校舎のほうが、彼にとって落ち着くからである。
「了解。それじゃあ行ってくる。」
「は?今から行くのか?」
「ああ。面倒ごとは早く解決すればするほど良い。放課後は自分の時間を好きに使いたいんだ。」
「んなこと言ってもよ…お前、その一年の女子がどのクラスにいるかも分かんないんだろ?」
「探しまわればいつか見つかるだろ。じゃ。」
「あ!ちょ、おおい!!」
裕翔は、『一刻も早くアイツと会って学生証速攻でぶんどって帰る。』と言わんばかりにギラギラした目をしながら教室を走り去っていった。
突拍子のない裕翔の猪突猛進っぷりに、成原は他人事だがため息を吐く。
「アイツ、あんなことする程頭悪かったっけか…?そんな放課後の時間が惜しいんか全く。ブレてんのかある意味真っ直ぐなんか分からんやつだな、いつまでも…」
キーンコーンカーンコーン…
あ。
「…あ。」
「はーい。授業始めるから席つけ〜…ってうん?アレ?柊は?成原、お前どこ行ったのか分かるか?」
「あー先生…非常に申し上げにくいことなんスけど―多分アイツ、今日この教室に帰ってくることはもう無いっす…」
「え?」
「探しても無駄だと思うんで…ここは動かずあいつを欠席扱いしといたほうが身のためっすよ…」
「お、おう…」
約一分は鳴るこのチャイムの音。
その音は等しく、この学校を包んでいる。
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「なるほど…この人がヒイラギ先輩のお友達?ですかね。」
「ん。いわゆる腐れ縁というやつだ。」
「たった一年で腐れ縁なんて言葉使う人、私初めてみました。」
「もう、僕としてはお腹いっぱいなくらい関わりがあったからな、あの一年で。」
「へぇ。具体的には?」
「初日。初めてあったにも関わらず、トイレ中にカンチョーされた。二日目。昨日は悪かった…とばかりに渡されたペンの中に、モノホンのムカデが入ってた。三日目。悲報:同じソシャゲを回していることがバレる。そこから話しが盛り上がりすぎて、授業中含め合計16時間ほど雑談をし、帰ってからも電話で推しを朝まで語り合った(僕に推しというものはいないのでずっとアイツの独り言みたいだった。)ので四日目突入…」
「腐れ縁って、大変なんですね。」
久しぶりです。
何か書けたので出しました。
大丈夫…次回はもうちょっとネタ多めにしたいと思ってるので…
今回は日が空きすぎた…
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