1.屋上と秘密

「結局手伝うことになってしまった…」

「ありがとうございます。助かりました。」


二人は、屋上に備え付けてあるベンチに腰掛ける。

あたり一面に散らばりまくっていたチラシというチラシは全部、彼女のカバンの中に戻された。

時刻は五時三十分。日はもう落ち、誰がどう見たって夜である。

風はまだ少しばかり吹いていて、肌寒い空気が二人のそばを通り抜ける。


(なんで飛んでったチラシを片付けるだけの作業に一時間もかかるんだよ…)


彼は一人頭を抱えていた。

別に今日はこれといった用事がなかった彼だが、だからこそゆっくりする時間―自分のための時間を無駄にした感覚が、彼の頭の中にこびりついてしまっている。

そんな心情なぞ知らぬといったふうに彼を覗き見る隣の少女。


(それにどうして今更、新入生がこんな所に…)


やはり愛想の悪い彼女の首元には、赤いリボンが結ばれている。

この高校では、学年ごとにタイやリボンの色が違っており、何年生かすぐに判別できるようになっている。

ちなみに二年生は緑色、三年生は青のタイである。


そんな一年生はこの新学期になってからというもの、彼は一度も屋上で見かけたことはなかった。

まぁこれは自分のが広がっている影響か。別にそれ関連で屋上凸とかして来なけりゃいいか。と彼は一時得心してしまったが。

一ヶ月経ったこの五月というタイミングで、彼女は何故ここに来たのか。


「(まぁ、別に理由なんてなんでも良い。来たとこ悪いが、この憩いの場は何としてでも死守させてもらう!)あの〜…君、名前は?」

「あ。そういえば自己紹介してなかったですね。」


そう言うと、彼女は立ち上がって彼の目の前に立つ。

手は、ポケットに入れたままで、彼女は話し始める。


「私は、宇津呂恵望ウツロエモウといいます。姓名ともに変な名前とよく言われます。でも、名字に関しては全国に七十人はいる名前なので、その人達にも変な名前と返してあげたら良いのでは?と返しています。」

「は、はぁ…」


急に自己紹介を始める彼女―恵望に、相槌を打つしか無い彼。

恵望は全く表情を変えずにつらつらと流れるように喋っていく。


「好きなものはボードゲーム。苦手なものはゆり根。趣味は適当な一番くじのラストワン賞を狙うこと。」

「お、おう…」

「ちなみに三回くらい当たってます。」

「え、普通にスゴ…」

「住所は大阪府◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯ピ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ…」

「ちょちょちょちょちょちょちょちょ。」


まるで、『え?自己紹介だし住所公開は義務では?』とでも言うかのように自分の住所を丸裸にする恵望に彼はストップを掛ける。

流石に趣味:一番くじからのプライバシー丸裸カミングアウトは、情緒がジェットコースターである。

だが、恵望は何が悪かったのか分からないといったふうに首をかしげる。

当然表情は変わらない。


先程、のらりくらりとしながら長い会話を避け、誰に対しても同じ顔を向けていた彼は何処へやら。

彼は、なんだコイツ…と思いながら突っ込む。

…明らかに恵望がツッコミ待ちの顔をしていたからではあるが。


「初対面で名前も知らない相手に住所教えるやつがあるか」

「じゃあ。教えてください。先輩の名前。」

「え?」

「そうすれば、私の住所公開できるじゃないですか。」

「え…どういうこと…なんで自分のプライバシーを自らナイフで切り刻んでいくんだお前は…」

「そんなことはどうでもいいですから、早く、名前、ぷりーず、です。」


涼しい風が、しかしそよ風が、屋上にいる二人の元に届く。

妙に名前を教えろと指を指してせがんでくる恵望に彼はタジタジしていた。

シャンプーだか、ボディソープだか不明だが、女子特有の『あ、なんか近づくとめっちゃフローラルないい匂い』が、彼の鼻をついてくる。


しかしながら彼の面持ちとしてはそれほど良いものではなかった。

何故なら、正直彼としては恵望に自身の名前を教えたくはないからである。

女と男が屋上で二人きりで話した…それだけであらぬ噂が次々に立ち、最終的に学校で居心地が悪くなるのは心底気分が悪いし、噂を確かめると言って屋上へ変な勇気を出しながら近づいて来る者がいると考えると、なおさら面倒くさい。


それに…


(ウチのクラスのバカ男子生徒どもに知られたら、どんな制裁を加えられるか分からねぇ…っ)


この学校の男女比は大体8.5:1.5である。

後はもう…お分かりですね?といやつである。


なので、彼は出来るだけ自分の個人情報をさらけ出さずに(?)この後輩を帰らせるために試行錯誤を頭の中で繰り返す。


(最初の一言が肝心だ…僕はお前に興味ないからさっさと帰れのスタンスでどっしり構える!!)




「…そんな義理もクソも無いやつに、僕の名前なんぞ教えん。」

「ふむふむ…『柊裕翔ヒイラギユウト』…先輩ですか。ホントに二年生なんですね。」

「ってオイィィィィ!!!」


…どうやら、考える時間は無駄だったようだ。

彼―裕翔は恵望の手から、自分の学生証を風を切るようなスピードで取り上げる。

どうやら裕翔に近づいた隙に、こっそり胸ポケットから拝借したようである。

相手に時間を与えてしまった点において、むしろ考えたことが仇になってしまった。


「オマエ何勝手に人のプライバシー覗いてんだッ!!しっかもいつの間に取りやがって!」

「セキュリティが甘いのが悪いです。胸ポケットの中なんて、隠す場所としてナンセンスです。」

「僕が悪いかああそうですか!!」

「それに、人のプライバシーなんてあってないようなものですって。」

「良いこと言ってるみたいに聞こえてるけど、これお前普通に犯罪だからな?百零で負けるからなその言い分」

「そうですかね。」


恵望は顎に手を持っていき考える素振りをする。

しかし、素振りだけであるようだ。

きっと彼女の頭の中は、今日の晩御飯か何かで埋め尽くされているだろう。


「ってか返せ!学生証!」

 ヒョイ!

「返せってば!」

 ヒョイ!

「おい!ふざけんn」

 ガツン!!


恵望 の 脳天一撃チョップ!

ノーマルタイプの ゆうとに こうかは ばつぐんだ!


「…」

「これは正当防衛ですよね。権利は平等。侵害されるべきじゃありませんよね。」

「はぁ…もうなんなんだよコイツ…」


名前を知られないで、さっさと屋上からご退出願う裕翔の作戦は、失敗に終わった。

しかも、学生証まで盗られてしまった。

裕翔はまた頭を抱える。恵望は隣りに座っているにも関わらず、『私全く無関係ですけど何か?』といった顔で左手に付けた腕時計を見る。


「あ。そういえば、今日特売日なんでした。」

「え。こんだけチラシ持ってきて、僕にチラシ拾わせといて忘れんのかよ…ダチョウかお前は」

「そろそろ時間がエグいので、失礼します。」

「ああ、もういいよさっさと行ってくれ…」


うなだれる裕翔を前にして恵望は、紙がどっさり入ったバッグをひょいと背負って駆けていく。

そして、振り向いて一言。


「あ、学生証預かってるので。またお会いしましょう。ヒイラギ先輩。」


風が吹く。

夕焼けはとっくに落ち、夜が始まる。もう、校庭を照らすライトがないと顔が全くといっていいほど見えないくらいに。

見えてもやっぱり、恵望の顔は無表情。

カバンを背負う彼女の少し小さな影が伸びる。


そんな恵望を見た裕翔は一言。


「二度と来んな。あ、でもやっぱ学生証無いとしんどいからはよ返せ。今返せ。」


その言葉を聞いた恵望は、裕翔に背を向け小走りで行ってしまった。

背中を見送った裕翔は、力が抜けたようにベンチにもたれこむ。


「あっ…あいつガチで持ってきやがった…。はぁ……あ゛〜あ…なんか、疲れた」


う〜んと伸びをしながらスマホを取り出す。

外の空気はあまり寒くない。夏の訪れを感じさせるような丁度よい暑さがある。


「さーってと?話題(僕の中で)のピックアップ、引いていきましょか」


アプリ起動。

ガチャ画面移動。

ピックアップキャラが登場!高い火力を瞬間で出せる氷属性の


「え?」


疑問を感じ、いつもお世話になっている攻略サイトの情報を見る。


引くべきバフ要員のキャラクターは…


《本日6時まで!!お急ぎを!!!》


「…」


時計を見る。


午後6時5分。


「…ほんっと。疲れた。はい。解散。」


荷物をまとめながら裕翔は思った。


(復刻…来ないよなぁ…)


______________________________________


「…そういや、あんときにやったプライバシー公開ってクラス内での自己紹介でもやったのか?」

「はい。やりましたけど。」

「マジカヨ。クラスメイトドン引きだったろ…」

「あ、でも先生は喜んでましたね。」

「え?」

「『住所共有されるから、お前が休みの時わざわざクラスの奴らに何処に行けばいいって言う必要がなくなるから、めっちゃありがたいぞッ!ガハハッ!!』だそうです。」

「それで良いのか担任…」


作者です。

最近忙しいので更新止まってます。

これを気にプロットとか書いてみます。

いつかふらっと戻ってきます。




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