無感情くんと無表情ちゃん
COOLKID
pro.屋上と特売チラシ
風が強いある日。春が風と共に流され、次の季節が始まろうとする日。
彼は今日もまた、なにかに動かされるかのように屋上へと向かう。
荷物を持ってただ一人。
静かに歩いている所に、色んな人達が行く手を阻む。
「お?ユートじゃねぇか!お〜い!!今日こそ卓球部に体験入部してもらうぞぉ!!」
「あ、ユートくん。ちょうどよかった…少し勉強手伝ってもらいたくて…」
「あ!ちょっとゆ〜とにぃさん!今日は私とお・で・か・け!でしょ!!屋上行かない!!」
どんなやつが彼の名前を呼ぼうとも、どれだけ明るく振る舞っても、彼は淡々と答える。
例えそれが、知り合いの先輩だったとしても。
例えそれが、幼なじみの女の子だったとしても。
例えそれが、今年入学したばかりの妹だったとしても。
彼は答える。外向きの微笑みを浮かべながら。
「…元気過ぎますよほんと。ホントに右足が骨折しているのか疑わしくなっちゃいますね。体験入部は今日はやめておきます。折角入るのなら、先輩のプレーを見てからにしたいですから。」
「ん?何々…ああ。この問題はその場で教えられるくらい簡単そうだよ?…え?三十分やっても解けなかった?いやいや、少し取っ掛かりがあればすぐに解けるよ。試しに…ここの式をこうやって括弧でくくってやれば…ほら。」
「…あかね。あんまり大きな声で叫んじゃあいけない。勉強している人だっているんだから。あと、お出かけは明後日のはずだよ。え?今日に予定変更?だめだよ。」
そう。淡々と。ただ、淡々と。
「じゃ、また。今日は屋上に行かなきゃ。」
ユートと呼ばれる彼は引き留めようとする学友(家族も含む)から背を向けて歩き出す。
『いつもいるとこ屋上だろうがお前…』と思う大衆を尻目に階段を駆け上がる。
「はぁ…やっと人がいないとこに来れた。二年生になってからここ最近、ずっとうるさいや。もう少し静かにしてくれないかな…時間の無駄だし」
ぼやきながらため息を吐く彼。
ガラス張りの窓は、少し曇った空を映し出している。
外の景色のボウっとしていた彼は、気怠げな表情のまま、黒い腕時計を確認する。
「うげぇ…もう四時半。はぁ、これじゃあレート100挙げられるかどうか。」
そうは言いつつも、そこまで落ち込んでいるわけではない様子。
階段で歩きスマホという、非常に危険なことをしながらガチャのピックアップを確認し、引くか引かないか悩んでいると、あっという間に屋上の扉が目の前である。
「…予定変更。新キャラ引こうっと。コッチ系統のバフ要員あんまいなかったからちょうどいいし。」
彼はスマホをバッグにしまい、カバンを下ろす。
そして、両手で重い鉄の扉を押し開ける。
「むぅ。今日は一段と扉が重い…。そういえば、天気予報で突風に気をつけろとか言ってたっけか。」
ゴォッ!と風がユートの元に運ばれてくる。彼の髪がなびく。なびく。
風に一瞬怯んだ彼は、目を反射的に瞑ってしまう。
「…うぉ寒。…ん?誰かいr」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
「…え?」
…まぶたを引き上げた彼は見た。
屋上に佇む、一人の女の子を。
強い風に髪があおられ、黒髪を広がらせる制服の女の子を。
そして、彼は見た。
女の子の眼の前にある、大きな竜巻を。
…あり得ない枚数のある特売チラシを巻き込んで、色鮮やかになっている、女の子の背丈の五倍はあるであろうでっかい竜巻を。
「え…な…?!」
彼は愕き、あまりに突然の展開に頭が追いつかなくなる。
瞬間。
ビュオォン!!
竜巻が、止んだ。一際強い突風を残して。
薄暗かった屋上全体が、その風に呼応するかのように切り開かれ、空からの赤い光に包まれる。
◯出、ジャ◯コ、◯友、オー◯ー、成城石◯、業務◯ーパー。
様々なチラシというチラシ。その全てに、『特売!!』の文字と、トゲ付き吹き出し。その全てが、力を失いひらひらと紙吹雪のように舞い落ちる。
色とりどりのチラシが舞い踊る空間の真ん中に存在する彼女は、なんとも美しいものであった。
夕焼けに照らされる横顔が、絶妙なコントラストを醸し出す。
長い黒の髪の毛は、力の高ぶりを抑え込むようにはらりと落ち、瞳を開け憂いの眼差しはぼんやりと空に贈られる。
いや、憂いなどではない。そんな濁った感情は、一切ない。
その瞳にあるのは…
無。
「…」
舞い降りた。
彼はまるで一つの劇を見ている気持ちであった。あの少女の人生に
それほどに。一人立つ少女の姿は、儚かった。
夢心地なひとときを、錆びた鉄の扉そばにいる彼は体験した。
それ故に、何も言葉が出なかった。
…いや単に光景が意味不過ぎて、頭が処理落ちしていただけなのかも知れない。
正直筆者も書いていて『なんじゃこりゃ。』って思った。
感動なんて欠片もない情景ですなこりゃ。
コツ、コツ、コツ、コツ。
理由はともかく、完全に硬直してしまっている彼のもとに黒髪の彼女がゆっくりと歩いてくる。ローファーの小気味いい音が、一定テンポで鳴る。
その顔は、一つたりとも動かなくて。
その瞳は、微動だにもしない。
ただまっすぐに彼を捉えていた。
彼のもとにたどり着いた彼女は、一言。いや、二言三言。
「すみません。チラシを片付けるの、手伝ってくれますか。」
「…は?」
「今日の特売の情報を見ていたら、急に風が来まして。この有り様です。」
「…」
「今日は大安売りがいっぱいあるんです。そのせいでつい大量に持ってきてしまいまして。大体百枚ほどになるのですが。」
彼女は片方の手をポケットに入れ、もう片方の手で人差し指をピンと立てる。
そう淡々と話す彼女の言葉を聞いた彼は、一言。
「…メモとれよ。」
「ノルマは三十枚でお願いします。」
「やんないよ。」
これが、『無感情くん』と、『無表情ちゃん』の出会いである。
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