【第四話】お嬢様の専属騎士は有能?

「オレの背中に乗ってくれ。」

 仲間になったヒグマは、背中に乗れと言った。彼らは、迷宮でヒグマを討伐し“ヒグマル”と名付けたのだ。ヒグマルの背中に乗ると、素早い動きで移動できる。

「うわあ、速いです!」

「おおっ、速いですね。」

 彼らは感嘆した。彼らは敵がいる場所をすり抜けて移動した。そして、迷宮の最深部に進む。

「ここから洞窟だ。」

 迷宮の最深部は洞窟だ。洞窟の壁は数メートル置きに人工的な窪みがある。その窪みに蝋燭ろうそくが設置されている。

「グル、グルルルル……。」

 ヒグマルが喉を鳴らすと、進行方向にある全ての蝋燭に火がつく。

「素晴らしいですわ。灯りが綺麗です。」

 彼女は蝋燭の灯りを見た。蝋燭の周りに、ぼんやりとした波動が見える。それは橙色をしていて、洞窟の壁に反射する。彼女は一瞬、目が霞んだ。


ヒュー、バン、バン、バン


 急に爆発音が響いた。

「な、何の音ですか。」

 彼女は驚いていた。ヒグマルは立ち止まる。彼らはヒグマルの背中を降り、周辺の様子を確認する。

「やあ、ごきげんいかがかな。ジューンだよ!」

「お兄様!」

 突然、洞窟の奥から姿を現す。声の主は第一王子だ。

「やあ、キシレンくん。妹の世話をしてくれて助かるよ。」

 第一王子は彼に向かって短刀を振り下ろす。彼は第一王子の手首を自分の前腕で阻止すると同時に、もう片方の手で顔面に打撃を与えた。

「……本当に世話のかかる方で困ります。」

 彼は反撃しながら言った。第一王子の顔面は赤く腫れている。

「ふふふ。やるねえ、キシレンくん。きみの目的は知っているよ。ベリー王国に伝わる“伝説のスポーツカー”のパーツを手に入れ、きみは王になるつもりだ。」

 第一王子は、短刀を納め、腰に装備していた木刀を構えた。

「ええ、もちろんです。」

 彼が話すと同時に、地面に魔法陣が現れる。

赤樫アカガシ!」

 第一王子は叫びながら木刀を一振りし、彼の脇腹を攻撃した。ように見えたが……、目の前には真っ二つの丸太があるのみ。それは身代わりだ。

「くそっ……、身代わりか!」

 第一王子は舌を噛む。

「アイスドリル!」

 地面より氷の山が現れ、第一王子は氷の中に閉じ込められた。

「お兄様が……凍っています!」

 彼女は驚いた。

「僕の魔法で凍らせました。三十分もすれば氷は溶けます。その間に逃げましょう。」

 彼は落ち着いた様子で、ヒグマルの背中に乗る。

「お兄様には悪いですが……逃げます。」

 彼らはヒグマルの背中に乗る。


ピキピキピキピキ……!


すぐに、氷が溶ける音がする。第一王子は一瞬にして氷を溶かした。

「逃がさないぞ……、白樫シラカシ!」

 第一王子は木刀を前後左右に振る。木刀の先端部からシャッと空気を切り裂く音がした。その音の層は彼に伝わり、服の左上腕部を切り裂く。

「アイスシールド!」

 彼はすぐに魔法陣を発動し、氷の壁を作って防御する。

「羽ばたけ、四つ葉の魔法、フォーリーフ!」

 第一王子が唱えると、巨大な四つ葉のクローバーが現れた。第一王子はクローバーの葉の上に乗り、彼女達を追いかけた。

「キシレンくん、きみが氷の魔法を使うなんて知らなかった。キシレンくんは剣術しか使えないと思っていた。もう手加減はしない、ここできみを倒す。ゆけっ、白樫シラカシ!」

 第一王子は再び攻撃を仕掛ける。彼らはヒグマルの背中に乗ったまま交わす。

「氷の国の王家に伝わる氷の魔法を、なぜ使えるのか。きみは何者なんだ!」

 第一王子は、背を低くし、木刀を構えると攻撃を仕掛ける。

赤樫アカガシ白樫シラカシ白樫シラカシ白樫シラカシ!」

 シャッシャッシャッ、という空気を切り裂く音とともに、その空気の層が彼らを襲う。あまりの強さに、彼の防御の魔法が破られた。彼はヒグマルの背中から降りると、勘弁したように両手をあげた。

「第一王子……いや、ベリー・シック・ジューン殿下。騎士“レン”とは呼称でございます。本名はベンゼン・オルト・レンと申します。」

 彼が自己紹介すると、ジューン王子は笑った。

「ははは、これは失敬。きみの正体は、騎士ではなく、氷の国の第六王子だ。妹が欲しければ、好きにするといい。」

 ジューン王子は、満足したように木刀を納めた。

「えっ……?」

 彼女は驚きを隠せない。

「あなた、氷の国の第六王子なの?」

 彼女は驚いた様子で彼を見る。

「氷の国の第六王子というのは格好がつきません。お嬢様には秘密にしているつもりでした。」

 彼が言うと、ジューン王子は笑った。

「ははは。氷の国にはボクの親友がいる。きみが王になるのはまだ先だよ。妹がきみと一緒に冒険したいというなら喜んで受け入れよう。」

 ジューン王子は、苦笑した。彼に握手を求めた。彼はそれを受け入れた。

「ボクも伝説のスポーツカーを見たい。ボクも連れて行って欲しい。」

 ジューン王子は、一緒に迷宮を攻略したいと言う。

「ジューン殿下。国の後継である第一王子あなたに危険があっては国が滅びます。早急に王宮へお帰りください。」

 彼が帰宅を促すと、ジューン王子は、驚いた表情を見せる。

「次の後継は、第一王女のベリー・シック・マロンに決まったよ。マロンは政治が好きだから、ボクが後継を譲ると言ったら喜んでいたよ。また新しいドレスが着たいんだって。ボクは冒険してスポーツカーが欲しいから、政治はしない。」

 ジューン王子が言うと、彼はため息を吐く。

「王子が王宮にいないと、国は機能しません。スポーツカーの良さを理解していただけて嬉しいですが、見たら帰ってください。」

 彼は帰宅を促した。

「お兄様、わたくしは王宮へ帰ります。」

 彼女が帰宅しようとすると、彼は彼女の洋服を引っ張って阻止した。

「お嬢様、あなたは今まで国の支援を受けてきました。これから、あなたは国を支援するのです。」

「わたくし、庭の家畜が心配です。」

「家畜の世話は業者に任せています。お嬢様の仕事ではありません。」

 彼は、そっと彼女の手を握った。

「お嬢様、逃げてはいけません。」

 彼の真剣な表情に、彼女の心臓が高鳴った。彼女は彼の顔を直視できない。

「……逃げたりしませんよ。少し休憩したいなと思ったのです。」

 彼女は下を向いて目線を逸らした。

「ええ、もちろんです。早く迷宮を攻略して休憩しましょう。お嬢様、お腹が空いているようです。ベリーの実を召し上がってください。」

 彼は彼女にベリーの実を食べるように促した。ジューン王子は二人の様子を見て、休憩の場所に案内しようと考えた。

「キシレン。この角を曲がると地上に出られるよ。そこに迷宮を攻略した者だけが入れるカーショップがあるよ。さあ、行こう。」

 ジューン王子が先頭に立って進んだ。そして洞窟を抜ける。


“ファイのカーショップ”


と書かれた看板がある。

「本当に、カーショップがあります。」

 彼女は驚き興奮している。店の透明なガラスの奥に、車が置いてある。

「攻略、おめでとうございます。さあ、入ってください。」

 店主が魔法陣で移動し、彼らを店内に迎えた。

「ベリー王国の迷宮を攻略すると、スポーツカーのタイヤとホイールが無料で手に入ります。在庫に限りがありますから、取り置きや注文、変更はお早めにお願いします。」

 店主は説明した。

「おお!このホイールの形、いいな!」

 ジューン王子は興奮している。

「スタットレスタイヤなら、雪道も安心だね。ボクは雪道の運転が好きなんだ。ああ、早く運転がしたいよ。」

 ジューン王子はスタットレスタイヤを見つめている。それはまるで我が子を見るような眼差しだ。

「ジューン殿下。僕も車の運転が好きで、悪路でも気にせず出かける時があります。何というか、あの懐かしいような、恋しいような気持ちは、堪らないですね。」

 それは、彼らにとって、ただの嗜好品に過ぎなかった。彼らは運転を呼吸するように嗜むのだ。

「ボクは運転していると、第一王子であることを忘れることができた。十年間、休まずに仕事をした。政権を放棄して、やっと窮屈な世界から抜け出せた。しばらく休んでよいと、王の許可が下りたのだ。」

 ジューン王子は、涙を流していた。彼が選んだスタットレスタイヤに雫が落ちる。その妙に撥水性のあるタイヤは、彼の十年分の思いを受け止めたのだ。

「お兄様は、今までよく頑張りました。それは相当な苦労だったのですね。」

 彼女は、ジューン王子に寄り添うことしか出来なかった。

「ボクは満足した。やっと成仏できるよ。全てのパーツを手に入れ、スポーツカーを完成させて欲しい。」

 ジューン王子は、小さく呟いた。

「お兄様……!」

 彼女が呼びかけたとき、第一王子の姿は無かった。第一王子は既に幻影となっていた。

「ジューン殿下は、昨夜、心臓発作で倒れたという一報を受けました。しかし、それを伝えることを辞めていました。第六王女あなたが迷宮を攻略するまで、側で守護霊として見守ってくださっていました。」

 第一王子は満足し、無事に成仏した。

 第六王女はベリー王国の迷宮を攻略した。その証として、スポーツカーのパーツ「スタットレスタイヤ」と「ホイール」を手に入れた。その功績は、まだ始まったに過ぎない。

「お嬢様、僕はジューン殿下が果たせなかった夢を叶えたいのです。だから、もう少し協力して欲しいのです。」

「ええ、もちろん。わたくしが姫になるまで一緒に戦ってくださいね。」

 彼らは、スポーツカーの模型にタイヤとホイールを嵌めた。その瞬間、彼らの足元から魔法陣が現れ、迷宮の入り口に移動した。

「さて、次の迷宮はどこかしら?」

 彼女は直ぐに出発の準備を始めた。彼女の切り替えの早さに、彼は驚きつつも、頼もしいと感じた。

「次は、隣国のエキサイトランドへ向かいましょう。」

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