25店目「神様との晩餐 その7」
「神様が来るって一体?」
ガラガラガラ……
僕が尋ねると同時にお店の扉が開く音がした。
「おっ、噂をすればなんとやらだ」
「いらっしゃいませ。ご無沙汰しております」
彼らが声をかけた先には、僕らの方へ向かって歩く一人の小柄な青年がいた。
彼は日本で僕らが着るようなスーツを着用し、手には黒のブリーフケースをさげている。
全身からうっすらと光を放ち、特に顔は光でよく見えない。
「ああ、みんな久しぶり。ミツルくんも相変わらず虎っぽいね」
はぁ?これはあんたの仕業だろう。
ていうか、一体何をしに来たんだ?
神様って、こんな簡単に来れるものなの?
「とりあえず、神様も来たんだ。も一回乾杯やろうぜ!」
「ねぇ、あつし君。僕にもビールお願いね」
「はい、喜んで」
一体何が起こってるんだ?
神様と飲み会ってあり得ないでしょ。
大将は神様の前にビールを置くと、厨房に戻り料理を作り始めた。
「なら、神様も来たことだし、ミツルのクエスト達成を祝って乾杯!」
え?
神様とギルド長はそのまま音を立てながらビールを飲み干す。
僕はギルド長の言ったことの意味が分からず、固まっていた。
クエスト達成ってスタンピードを阻止したこと?
困惑している僕の前に、大将は新しい料理を置いた。
皿まで透けてしまうくらい透明なイカの刺身だが、その大きさは一切れで小皿一枚分ほどある。
「今日はクラーケンのいいのが入ってね。まずはそのまま刺身で食べてほしい。ただ、醤油がまだこの世界で作られていないんで、俺の自家製の魚醤につけてくれ」
たったひと切れでもかなりの重量だ。ねっとりしたクラーケンの刺身は気を抜けば、箸から零れ落ちそうになる。
聞きたいことは山ほどあるが、まずは出してくれた料理から食べなければ。
僕はクラーケンの刺身を噛むと、力を入れずともぷっつり噛み切れるほど柔らかい。
うまい!
クラーケンは漁師町で食べるイカの刺身に酷似しているが、より濃厚で繊細な味わいだ。
力強い風味と魚醤の磯の香りが口中に広がった後は、優しい甘みと少しの苦みが現れる。
この苦みも嫌な感じがしない。
甘みを引き立てるようなアクセントの働きをする。
もちろん、これは最高にビールに合う。
一口、また一口とビールが欲しくなる味わいなのだ。
そこに大将の別の料理が登場する。
「これはクラーケンの内臓で漬け込んだ酒のアテだ。イカの塩辛、いやクラーケンの塩辛だ」
これも見た目はイカの塩辛だが、そのサイズはまるで違う。
ラーメン鉢ほどの大きさの器に、たっぷりとクラーケンの身がぎっしりと詰まっている。
恐る恐る口に入れると、磯の香りが幾重にも折り重なって僕の味覚を刺激するのだ。
十分発酵されたその内臓の味わいは、イカの身の旨味をより深く強固なものにしている。
この独特の香りと塩辛さを、ユズのような柑橘系の皮が見事なまでに中和している。
これはビールじゃない。日本酒だ。
今まで食べたイカの塩辛の中でも最もおいしいかもしれない。
「ミツル、うまそうに食うじゃねぇか。ああ、確かにこれは日本酒の方が合うな。大将、あるかい?」
大将はコクンとうなづくと、僕らの机にコップと「異世界吟醸」と書かれたお酒を用意した。
「じゃあ、ミツルくん飲みなよ」
神様はそう言って僕のコップになみなみお酒をついでくれたのだ。
「あ、ありがとうございます」
「お礼はいいから、飲んでそれを食べたらどうだい?」
神様は僕に塩辛をすすめる。
もちろん、僕はもう我慢ができない。
塩辛を口に入れた後、日本酒をちびりと一口。
ああ、染みわたる。
やはりイカ、いやクラーケンの塩辛には日本酒がベストマッチだ。
これ以上の組み合わせなんかあろうはずもない。
満喫している僕の前に、大将の別の皿が置かれる。
「これはクラーケンの身をすりおろして、クラーケンの軟骨とこの世界の枝豆
ジャックンを加えて揚げたものだ。これにはビールの方が合うと思うな」
日本でもおなじみのイカのすり身揚げだが、サイズがまるで違う。
一つ一つがソフトボール大の大きさがある。
これは箸では無理そうだ。
僕は両手ですりみ揚げを持ち、豪快にかぶりつく。
アチッ、アチッ
外はカリカリのすり身揚げだが中はふんわり柔らかく、身の中にある軟骨のザクザクとした触感と、枝豆のカリッとした歯ごたえが面白い。
中身だけでなく衣にもしっかり味付けをしてあるので、二重・三重の味の広がりを楽しめる。
確かにこれにはビールだ。
揚げた衣とビールの相性は、まさに最高のマリアージュだ。
一つ気を付けるべき点は、衣の油で手がべっとりすることだ。
「ピュリファイ」
神様は僕に向かってそう唱えると、僕の手の油は消え去り、薄い膜みたいなものでコーティングされる。
「これなら手が汚れないでしょ」
神様はそう言うと、大将にビールのお代わりを注文した。
神様は渡されたビールをごくっと一飲みすると、僕の方へ顔を向けた。
「そろそろ僕がここへ来た理由を話すね」
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