25店目「神様との晩餐 その6」

ウメーディに到着すると、僕たちは割れんばかりの歓声を浴びた。

まるで夜の21時過ぎにも関わらず、街中の住民がすべて集まって僕らをほめたたえてくれているのだ。


それにしても25,387匹にもなった魔獣たちのスタンピードを、たった数時間で撃退したのだ。

しかもそのほとんどが、ギルド長が倒したようだ。

ギルド長が僕らのところへ来た時には、すでに魔獣たちは殲滅されていたらしい。

あまりにも規格外すぎて、その様子を想像すらできない。


明日の正午過ぎには、今回スタンピード阻止に参加した冒険者たちの凱旋パレードが行われることになった。

大規模な祝賀会は、その後で行われるとのことだ。

さすがに今日は疲れた。このまま帰って横になろう。


「ミツル、お前は残れ」


【癒しの風亭】へ戻ろうとする僕を、ギルド長が呼び止めた。


「お前に話がある。ついてきてくれ」




言われるがままにギルド長についていくと、彼は一軒の木造のお店の前で立ち止まった。

格子状の木製扉の前に、長めの暖簾が垂れ下がっている。

扉には薄くガラスが使用されており、中の様子が扉の前から見えるのだ。

扉の横には表札が掛けられ、日本語で「異世界居酒屋 庵」と書かれていた。


「ミツル、入るぞ」


ギルド長は横開きの扉を開けて中へと入る。

僕も一瞬ためらったが、後に続いて中へと入った。


お店はこじんまりとした小さなお店だ。

カウンター席の他にテーブル席が四台。

客は僕らの他には誰もいない。

お店の中はこの世界にしてはやけに明るく、蝋燭やシャンデリアなどといったものも使用していない。

その代わりシーリングライトのような物が無数につり下がっており、店内を明るく照らしている。


あれは電気じゃないのか?

この世界には電気を使う技術はまだ備わっていない。

どこのお店も基本は蝋燭をメインに使用しているため、薄暗い印象が残る。

しかし、この店はどうだ。

まるで日本のお店のように店内は明るく、机や椅子、調理器具までも日本の居酒屋そのものなのだ。


「今日はゲストも来るので、貸し切りにしてあるんだ。大将、始めてくんな」


ゲスト?いったい誰だ?


僕らがテーブル席に向かい合わせに座ると、大将と呼ばれる黒髪の四十歳代位の男性がおしぼりを持ってきてくれた。


「ゲストっていったい誰なんだ?」


僕は思い切って聞くと、少し動揺したような素振りを見せる。

どうやらギルド長でも緊張する相手のようだ。

いったい誰なんだ?


「ああ、ミツルも知ってる奴だ。どうやら少し遅れてくるらしい。先にやっておこうぜ」


僕の知っている人で、ギルド長が気を遣う相手?

皆目見当もつかない。


「ま、まぁとりあえず飲んでおこうぜ。すぐに来るだろうからな。た、大将生を持ってきてくれ!生二つだ」

「えっ、生って?」


すると大将は、ガラスのグラスに並々つがれたエールを持ってきた。

琥珀色のエールの表面には真っ白の泡が立っており、見事なコントラストを見せている。

これって、生ビールなんじゃ?


グラスに触るとひんやり冷たい。

グラスから漂ってくる芳ばしい香りもビール独特のものだ。


「まぁ、なんにせよお疲れ様だ。てめぇらが前線でキマイラや【断罪の鎌】の連中をを引っ張ってくれたんで、早くすんだんだぜ。」

「もしかして、ギルド長は【断罪の鎌】のことを知っていたのか?」

「ああ、それよりも先に乾杯しちまわねぇか?せっかくのビールがぬるくなってしまうだろ?」


確かに「ビール」と言った。

やはりこれはビールなんだ。

とすると電気も本物?いったいこの店は何なんだ?


「じゃあよ、今日はよくやってくれたな。乾杯!」

「乾杯」


乾杯なんて言葉を使うのなんて、この世界に来た時以来だ。

どうやら僕もこの世界に少しずつ染まってきているようだ。


僕はグラスを傾け、ビールを勢いよく喉に流し込む。

まず唇に当たるのが、ふわふわの泡の感触。

フルーティな甘みの後に、がつんとした苦みが口中に広がるのだ。

喉を通過する時の炭酸刺激がまた格別。

うまい!これはこちらで飲むエールとはまた違った味わいだ。


ギルド長もまるで水を飲むかのように、ゴクンゴクンと音を立てながら琥珀色の液体があっという間にその太い喉へと吸い込まれていった。


「こちらが本日のお通しです。キラーバードの南蛮漬けとなります。」


大将は絵柄の入った皿の上に、小さく盛られた料理を差し出した。

さすがに料理の素材までは日本の物ではなかった。

それにしてもうまそうだ。


小皿の中央に上品に盛られた揚げ鳥の上に、赤や緑の薬味がまぶされている。

キラーバードという以外、日本ではなじみ深い料理だ。


口当たりは優しく、酸味も弱めだ。

鳥の味わいは鶏よりもかなり濃厚で、噛みしめると肉汁もあふれてくる。

それでいてくどくはなく、むしろ酸味のおかげでさっぱりと食べられる。


「あー、大将。今日のおすすめを適当に見繕ってくんな。そろそろ神様のやつが来るからよ。」


は?神様。

いったい何を言ってるの?

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