23店目「リニューアルオープンしたギルドの酒場 中編」

その晩僕たちは、冒険者ギルドの隣に出来たばかりの酒場にやって来た。

このお店はギルドの中で営業していた酒場「アベンジャーズ」の移転先だ。

冒険者以外でも利用する客が増えたため、ギルドとは別で営業することになったようだ。


店は倉庫を模した煉瓦造りの大きな店舗だ。

頑丈な木製のドアは全部で三か所もあり、どの扉からでもお店には入れるようだ。

木製の扉の上には魔法仕掛けのランプが灯っており、暗くなると店を幻想的に照らす。


扉を開けると、大音量の笑い声が扉から外へと吹き抜けていった。

二十席は軽くある頑丈そうな木製のテーブル席はほぼ満席状態だ。

カウンターも広く、三人の店員が忙しそうに客をさばく。

ウエイトレスもひっきりなしに、カウンターと客席を行き来している。


僕たちは空いていた中央のテーブル席に向かい、どさっと腰を下ろした。


「すごい混みようだ」

「ああ。ただ、ほとんど冒険者のようだな」


客の多くは、体格のいい若年〜中年の男女だ。

種族も人族を始め、ドワーフ族、エルフ族、獣人族などバラエティに富んでいる。

各々の武器や防具を席の傍らに立てかけている。


「みんなエールでいいわね?カシムもそれでいい?」

「ああ、問題無い」

「じゃあ注文してくるわね」

「あっ、一緒に行くわ」


ミトラとリネアが2人揃ってカウンターへと向かう。

いつの間にかあの2人は随分と仲良くなったようだ。

僕にべったりだったミトラが離れるのは嬉しくも寂しくもある。


「なあ、ミツル。この作戦は成功すると思うか?」


セリナがいつになく真面目な顔で僕に質問する。

同じようにアインツも僕の顔を見る。


「確かに難しい作戦のようだが、不可能ではないと思うけど。何か気にかかることがあるのか?」

「ああ、街に残る冒険者たちの人数が足りてねぇ。魔獣らに対する戦力が絶対的に少ねぇんだ。援軍を出している王国兵が到着するまで時間がかかるらしいしな。迅速に指揮官を倒さねぇと簡単に押し込まれちまう。それに……」

「それに?」


セリナは一度言葉を飲んだ。普段ズケズケと物を言うセリナにしては珍しい。


「俺らと行動を共にする他のパーティのうち、『断罪の鎌』はやべぇ。」

「『断罪の鎌』って、あのAランクパーティの奴らか?」

「ああ、今回俺たちと行動を共にすることになった。確かに奴らは強えが、その素行が気にくわねぇ。あいつら、敵を倒すためなら他のパーティを犠牲にするって噂だ」


「ほう、それはご挨拶ですねぇ」


僕らの背後に突然強い気配が現れる。咄嗟に後ろを振り返ると、背の高い男が立っていた。

紫色の不気味な鎧をまとい、右手には長柄の鎌のような武器を持っている。

眼光は鋭く、その目は氷のように冷たい。


「初めましてでしょうか?『断罪の鎌』のリーダーのザガンと申します。ああ、あの噂のトラ顔紳士のパーティなんですね。確かCランクでしたっけ?」


ザガンが話し出すと、先ほどまで賑やかだった客たちの笑い声がピタリと止まる。

素人でも分かるような殺気が体中から溢れているのだ。


「ああ、『虎の牙』リーダーのアインツだ。明日はよろしく頼む」


アインツが握手をしようと手を伸ばすも、ザガンはアインツの方を見ようともせず、僕に向かって話しかける。


「トラ顔紳士、あなたはこのパーティには分相応です。私のパーティに来ませんか?あなたなら即戦力になりそうだ」

「あいにく僕はこのパーティが気に入っている。他のパーティに移籍するつもりはない」


僕は彼の伸ばした手を無視し、椅子から立ち上がってザガンを睨みつける。

ザガンはふぅっと片手を天井に向け、肩をすくめた。


「まあ明日になると、すぐに考えが変わるでしょう。期待していますよ『虎の牙』とやら」


ザガンは向きを変え、そのまま店を後にした。


「あいつが『断罪の鎌』のリーダーか。噂通りいけ好かない奴だな」


セリナはザガンの去った後を睨みつけながら言い放つ。


「だが強い。アイツの潜在能力は相当なものだ」


カシムの言葉に僕は無言で頷く。


「ねぇ、みんな暗くなってどうしたの?」


その空気を一変するかのように、ミトラは両手にエールを抱えて戻ってきた。

ギルドの酒場のものと同じ大きな木製のジョッキ。

これぞ冒険者のためのエールと言わんばかりに、ジョッキの極めで並々とつがれている。


リネアは料理の皿を運んできた。

この街定番のおつまみである燻製イモは、里芋のように粘り気のあるバレイという品種を用いる。

香ばしさと同時に、ほくほくした食感を味わえるウメーディの名物の一つなのだ。


一つ一つが小さいので、フォークで刺して一口で食べる。

食べた後にエールを流し込めば、口の中がさっぱりしてまたもう一つ欲しくなるのだ。


続いての料理は、移転前より看板メニューである魔獣肉三種盛り。

出される肉は冒険者の持ち込んだ素材によって変わるが、どんな素材が使われたとしても料金は同じ。

運試し的要素がある人気メニューだ。


「ヘルティオス(幸運を我らに)」


僕らは高くジョッキを掲げ、乾杯の音頭をとった後、一気にエールを喉に流し込む。

ゴクンゴクンと音を立てて、エールが体に浸透していく。

この最初の一杯がたまらなく好きなんだ。


今回の魔獣肉は、ヘルコンドル・オーク・ミノタウロスの三種類。

ただ単に焼くだけでなく、その素材に応じた方法で調理してくれる。

そのため、どの肉を食べても味わいががらっと変わるのだ。

魔獣の肉を知り尽くしている料理人。

ここの料理人もすばらしい才能の持ち主なのだろう。


僕らが料理を食べていると、カウンターの奥からギルド長らしき人が現れた。

彼は僕らの姿を見つけると、皿を持って僕らの方へ向かってきた。


「よぉ、お前らも来てたのか。ちょっとこれを食ってみな」


ギルド長は、僕らの前に料理の乗った皿を置いた。

何やら青っぽい膜で中の具材をつつんでいるようだ。


「ギルド長、これは?」

「いいから食ってみな。この店の新メニューだ」


言われるがままに、フォークで料理を刺すとぷるんという弾力が返ってくる。

この感覚は以前にも味わったことがある。


「これはスライム?」

「さすが、ミツル正解だ。これはスライムの薄皮で具材を巻いて蒸した料理だ。まぁとりあえず食ってみな」


どうしてギルド長が料理の説明を?

でも、確かにこの料理は旨そうだ。


ぷるんとした食感の薄皮をナイフで切ると、華やかなハーブの香りと共にドロッと粘性のあるスープがあふれ出す。

断面を見ると、ひき肉とマッシュルーム、様々な香味野菜がぎっしり詰まっているようだ。

溢れたスープに具材を浸し、フォークで具材をすくって口に入れる。


「うぉっ」


口の中に濃い目の中華出汁のような味わいが広がり、八角のようなオリエンタルな香りが鼻腔を突き抜ける。

ひき肉と香味野菜の旨味と甘味が続き、喉を通るまでには見事に一体となっていた。


一度口に入れると止まらない。

常習性のある薬物の如く、舌が鼻がその甘美な味わいを求めて止まないのだ。

もう一口、もう一口とみるみるその料理が僕の口の中に消えていく。

こんな旨い料理は、この世界に来て初めてかもしれない。

ぼくは無言で目の前の料理に集中した。

一皿を食べ終わるに三分とかからなかった。


ようやく我に返ると、他のメンバーもみな満足気な顔をして食べ終わっている。


「ギルド長これは?」


僕は放置していたギルド長に振り返り、料理について質問した。


「はっはっはっ!てめぇらいい食いっぷりじゃねえか!こいつはよう、オークと香草のスライム包み蒸しって言うんだ。最高だろ?」


ギルド長がドヤ顔を見せる。

確かに自慢したくなる料理だ。さぞ優秀な料理人がこの料理を作ったのだろう。


「この料理は俺が作ったんだ。うめぇだろ?この店の看板メニューにしようと思ってるんだ!」

「えっ、ギルド長が作った!?」

「ああ、時々この店で作ってんだ。ただ、あまりすると受付嬢どもに怒られるけどな」


ギルド受付嬢たちの不満げな顔が目に浮かぶ。

確かに解体技術は高いと思っていたけど、料理までって。なんて規格外の男なんだ。


「さてと、本題だ」


ギルド長はそう言って、僕たちと同じテーブル席についた。

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