23店目「リニューアルオープンしたギルドの酒場 前編」

迷宮レストランを後にした僕たちは、調査終了を報告しようとダンジョンを出て冒険者ギルドへと向かった。


「ミツル、なんか変じゃねぇか?」


セリナがいち早く街の異常に気づく。

活気があるはずの大通りに人は少なく、人々は不安げな表情を浮かべながら声をひそめて話をしている。

大通りに並ぶお店の多くが閉まっており、屋台も出ていない。

武器を携えた衛兵が忙しそうに駆け巡り、街を歩く冒険者たちも気を張っているように見える。


「いったい、僕たちがダンジョンにいる間に何があったんだ?」


ギルドの扉を開けると、中にいる冒険者たちが一斉に僕たちの方を振り返る。

その表情は暗く、何かを警戒しているように見える。

いつものように大声で話す者はおらず、ギルド全体が緊張感に包まれているのだ。


僕たちは、依頼達成カウンターの受付嬢ミーシャに声をかけた。


「ミーシャ、ギルド長からの指名依頼を達成したんだけど、ギルド長に取り次いでもらえるか?」

「あ、ああ、はい。分かりました。少々お待ちくださいませ」


ミーシャも動揺しているようだ。いつもの明るい雰囲気とはまるで違う。

ミーシャは別の受付嬢にギルド長への連絡を頼み、僕らの方へ向き直った。


「確かギルド長の依頼は、『迷宮レストランの調査』でしたよね?それで達成できたのですか?」

「ああ、なんとかな。その件でギルド長に報告したいことがあるんだ」

「あの難クエストを達成したのですか!流石は『虎の牙』ですね!」


ミーシャがようやく笑顔を見せる。

やはり彼女は笑っている方がいい。

それにしてもこの異様な雰囲気は一体何なのだろう?


「ミーシャ、僕らがダンジョンに潜っている間に何かあったのか?街中がピリピリしている感じがするんだけど?」

「えっ、そ、それは……」

「それについては俺が説明しよう」


ミーシャの後ろから、解体刀を持ったギルド長が現れた。


「まずは礼を言わせてくれ、『迷宮レストラン』に関する情報を持ってきてくれたそうだな。俺の部屋に来てくれねぇか?詳細が知りたい」


ギルド長はクイッと顔で合図をした。


「ああ、問題無い」




ギルド長の部屋に着くと僕らを対面のソファーに座らせ、ギルド長は自分用の椅子を用意した。


「そいつは新しいメンバーなのか?ギルドに登録している奴じゃねぇな?」

「ああ、彼はカシム。彼がいなければ僕らはここにはいなかったかもしれない」

「ほう。そこのところを詳しく話してみな」


僕はロストワールドに迷い込んだこと、そこでカシムと出会ったこと、迷宮レストランについても彼に話した。

ギルド長は相槌を打ちながら、僕たちの話を楽しそうに聞いていた。


「ほぅ、ロストワールドか、昔に聞いたことがあるやつだ。まさか実在したなんてな。それに毒料理を出すレストランだと、そりゃ面白過ぎるじゃねぇか!」


ギルド長の反応は相変わらずだ。

本当はギルド長という役には縛られず、自分で調査をしたかったのだろう。


「『迷宮レストラン』の件は了解した。従業員となった冒険者たちは自業自得とはいえ、そんな法外な料金を払えるわきゃないわな。これについてはギルドがなんとかする。お前らはこの件に関してはもういいぞ。後で報酬を受け取ってくれ」

「ああ、了解だ。ところで、俺たちが帰ってきたら街がピリピリしてるんだが、何かあったのか?」


アインツがギルド長に斬り込んでいく。

確かにこの変化は異常だ。

何か良くないことが起こったんじゃないのか?


「ああ、お前らが気づいた通り、今この街は未曽有の危機にさらされている。このウメーディからはるか南で狼どもの大群が発生した。近隣の街を襲いながらこの街に向かってきているようだ。俺はスタンピードと睨んでいる」


スタンピードとは、魔獣が大量発生し、同時に同じ方向へ走り出すことを言う。

スタンピードが起こる原因は様々ある。

魔獣の集団が何らかの恐怖に駆られ、その対象から一斉に逃げ出す際に起こったり、ダンジョンで魔獣が増えすぎたことでも生じたりする。

前者は統制が無く、混乱が収まるまでの一時的な状況に過ぎないが、後者では指揮する存在がいることもある。


「どのくらいの数がいるんだ?いくら数が多くても、この強固なウメーディの城壁が抜かれるとは思えないな」


セリナがここで口を挟む。

確かにウメーディの城壁は高く、堅く強固だ。

ちょっとやそっとの攻撃くらいではびくともしないだろう。


「斥候によると、ワイルドウルフだけでも数千頭はいるようだ。後は上位種のキラーウルフ、ワーウルフなども加わっているらしい」

「確かに多いな。ただ、冒険者や衛兵たちを動員させたら対処できない程でもなさそうだ」

「ああ、狼どもだけならな」


ギルド長の声色が低くなった。


「斥候の話によると、狼どもから遅れること1時間ほどの距離で、大型の魔獣どもの集団も発見したらしい。どうやらそいつらもここに向かっているようた」


大型の魔獣の集団!?

偶然にしては出来過ぎている。


「どうやらこのスタンピードを指揮する奴がいるようだ。狼どもの知恵だけじゃこうも都合よくいかないだろう」

「確かに計画めいたものを感じるな。それでギルドは今までこの発生が分からなかったのか?」


アインツの辛辣な言葉が飛ぶ。

ギルド長は両手を挙げてお手上げというようなポーズをとった。


「まったく調べて無かった訳じゃねぇ、ミツルがこの街に来るときに、この近隣にいないはずのワイルドウルフに襲われたって言ってただろ?あれから調査を始めたのさ。調べてみると確かに兆候はあった。近くの町に警戒を呼びかけたが、まぁ聞いてはもらえなかったがな」


そんな前から?

やはりギルド長の勘はよく当たる。本当にギルド長にしておくのが惜しいくらいだ。


「俺はこのスタンピードは仕組まれたものだと思っている。魔獣らを指揮する奴が必ずいるはずだ」

「指揮官を倒せば、スタンピードは終息すると?」

「ああ、そうだ。そのため冒険者や衛兵を城壁の守りに徹する隊と、指揮官を狙う別動隊を組織するつもりだ。『虎の牙』は別動隊に入ってもらいたい。もちろん、この騒動が終わったら報酬は支払う」


つまり僕らは数千匹はいるであろう魔獣たちの群れを抜けて、指揮官を倒せと言うのか。

なかなか常軌を逸した作戦だ。


「もちろん、お前たちだけじゃない。あと3パーティを別動隊として参加してもらうつもりだ」


僕はアインをちらりと見る。

アインツは両腕を組んで考え込んでいる。


「隠密って言ってもどうやって指揮官までにたどり着くんだ?ウメーディ周辺は草原ばかりだから体を隠すところ一つ無いじゃねぇか?」


今度はセリナがギルド長に噛みつく。

正論だ。隠密行動が出来ないとこの作戦自体が成立しない。


「それなら大丈夫だ。このウメーディにはかつて領主を逃がすために作られた地下道がある。地下道を通ってなら、大群をやり過ごして後方に潜入できる」


そんなものがあったなんて。

それなら可能かもしれない。


「随分昔に作られたものだったら、今使えるか分からないだろ?ちゃんと使えるって保証はあるのか?」

「それは大丈夫だ。時々俺がその通路を使っている」


依然ギルドの受付嬢がギルド長が急に消えると嘆いていたが、まさかその道を使ってたんじゃ?


「どうする?確かにこれなら大群をやり過ごせる。危険を伴うが街を守るためには仕方が無いと思う。俺は受けてもいい」


アインツはメンバーをうまくまとめてくれる。


みんなの返事はOKだ。ギルドに未所属のカシムも引き受けてくれた。


「おお、すまねぇな。おそらく奴らがここに着くのは二日後だ。それまでに準備をしておいてくれ。欲しいものがあればギルドを通せ。俺たちが用意しておいてやる」

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