22店目 「迷宮レストラン 後編」

「食べるな!この料理は毒だ!」


僕の叫び声が、静かな店内に響き渡る。

驚いてフォークを落とすミトラ。

アインツは口に入れる手前で手を止めた。

セリナとリノアは料理から僕に視線を移す。


「ミツル、どうしたの?毒ってどういうこと?」


リネアが恐る恐る僕に尋ねた。


「リネア、みんないいかい。この前菜は端から、ポイズンクローラーとダンジョンホッパーのムース、トードストゥールマッシュルームのパイ包み、アコニチンサラダ。いずれも強い毒性を持つ料理なんだ」

「でも、こんなに美味しそうなのに……」

[ダメだ!取り返しのつかないことになるぞ!」


僕の声が店内に響き渡る。

しぶしぶフォークを下ろすメンバーたち、ミトラは諦めきれずお皿を睨んでいる。


一体この店は何なんだ。

毒を持つ生物ばかりを食材にして……。

迷宮レストランに行った人が帰ってこないのも、毒料理を食べたから……?

えっ!?


顔を上げると、なんとカシムが毒料理を食べているのだ。

思いがけないカシムの行動に、僕は一瞬言葉を忘れてしまった。


「ミツル、うまいぞ。なかなか手の込んだ料理を作ってやがる」


カシムはすでに前菜を半分ほど食べている。

器用にフォークとナイフを使い、次々に料理を口に運んでいるのだ。


「ふん、このペッパーは上物だな。香りがまるで違う」


カシムは時折、一人で料理の批評を呟く。

まるで食レポを作成しているかのようだ。


「カシム、おいカシム。どうしたんだ?そいつは毒なんだぞ!」

「ミツル、確かに食材自体は毒かも知れねぇが、この料理には一切毒は入っていないぞ」

「そんなはずは……」


僕は新しくアプリに追加した、『状態異常チェッカー』を起動。

同時にスマートウオッチから、スマホへと形状を変更させた。

このアプリは状態異常に関する情報を、スマホの画面に移すと瞬時に送られてくるのだ。

僕はさっそくスマホで、それぞれの料理を画面の中に入れる」


「チェック終了しました。これらからは状態異常に関する成分が検出できません」


どの料理を写しても、チェッカーの答えは白。どうやら本当に料理に毒は入っていないようだ。


「ねぇ、じゃあ食べてもいい?もうお腹すいちゃった」


ミトラが僕の顔を覗き込む。

くっ、こうなっては仕方がない。

僕は黙ってうなずいた。


僕の反応と同時に料理を食べ始めるパーティメンバーたち。

それにしても随分と美味しそうに食べる。

本当に大丈夫なのか?僕も恐る恐る料理に手をつけてみた。


旨い!

ポイズンクローラーとダンジョンホッパーのムースを口に入れた僕は、その旨さに思わずスプーンを落としそうになった。

濃厚な味わいと芳醇な香り。

滑らかな食感で、口の中に入れると溶けるように消えてしまう。

しかも口の中に残る余韻が凄い!いつまで経っても残る旨味は、エールよりもきりっと冷えた白ワインを併せたくなる。


トードストゥールマッシュルームのパイ包みも負けてはいない。

パイを割ると、中からホワイトソースが溢れてくる。

その中から黄色や紫色の毒々しいキノコが登場した。

明らかにこれは毒キノコだろう。

ただ、これにも毒は含まれていないのだ。


口に入れると爽やかな香りと酸味が口中に広がる。

舌をチクチク刺すような刺激もあるが、収まった後は濃厚な旨味がどっと押し寄せてくれるのだ。


アコニチンサラダも同様だ。

これは日本でも生息する有名なトリカブト系の猛毒だが、これにも毒が入っていないという。

しかもこの旨さは何だ!

アコニチン自体には旨味は少ないが、さっぱりとした後味が特徴だ。

かかっている灰色のドレッシングとの相性もピッタリで、酸味と甘味の調和が面白い。


こんな料理は初めてだ。

舌を刺すような刺激は明らかに毒物のようだが、その中には毒が含まれていない。

毒性を取ると、素材そのものの味わいが十分に分かる。

これは他の食材以上にポテンシャルが高い。

確かに日本でも毒のあるふぐを調理した料理は人気がある。


僕はいつの間にか夢中になって食べ続けていた。

前菜を全て平らげるには5分と掛からなかっただろう。


しばらくすると、ガルシアは別の料理を持って現れた。

鉄板の上に乗せられた料理は、どうやら何かの魔獣のステーキのようだ。

しっかりと焼き色がついた肉が、鉄板でも焼かれてジュウジュウと音を立てている。

ただ、明らかに腐敗している肉を使用している。

長時間熟成した青カビチーズのような、独特な香りが部屋中に充満した。


「これは強烈だな」


チャットGOTの情報では、ステーキの肉はダンジョンバイソンのサーロイン部分とのことだ。ただ、常温で二週間以上放置しているようだ。

今度は『状態異常チェッカー』で料理を移す。

答えは変わらず、毒性なし。

どうやらこの料理も食べても大丈夫らしい。


ステーキにナイフを入れると、全く抵抗が無くすっと切れる。

肉汁はそれほど出ない。

ステーキの断面も茶色がかったおり、しっかり熟成されているようだ。

厚手の切り身を口に入れると、刺激臭が鼻を貫く。

しかし、嫌な感じがしない。

この刺激臭自体が、この料理のアクセントになっているようにさえ感じてしまう。


強烈な旨味とコクが後から後から押し寄せてくる。

肉の旨味だけでは無い、かけているソースも凄いのだ。

おそらくこの肉から出た肉汁を使ったグレービーソース。

この肉自体の味わいを一ランク上に高めてくれているようだ。

この料理には赤ワインの方が合うだろう。

熟成された赤ワインのどっしりとした香りと味わいが、この料理の重厚さを正面から受け止めてくれる。


周りを見るとみんなも無言で料理を食べている。

いつの間にかカシムはワインを注文していたようだ。

ワイン片手に幸せそうな表情をしている。


「お客様、料理はいかがでしょうか?」


僕の背後から声がした。どうやらシェフの登場だ。

この男が迷宮レストランの主?

僕は一旦フォークとナイフを鉄板の上に置き、後ろを振り返った。


……!?

声の主は豪華そうな司祭ローブを着た骸骨だった。


「私どもの迷宮レストランにお越しいただきありがとうございます。お口に合いましたでしょうか?おや、懐かしい顔がいますね」

「よぉ、ヘブンズ!久しぶりだな」


カシムはヘブンズと呼ばれるリッチに片手を挙げる。


「そうですね。150年くらいぶりになるでしょうか?あなたもロストワールドを出たのですか?」

「ああ、そこのミツルと一緒にな。ペリュトンも倒したぜ」

「ほう、それは凄い。このパーティは実力があるのですね」

「ああ、俺も楽しんでるよ。お前も念願の店を持つことが出来たじゃねぇか。これがお前のやりたかったことなんだな」

「ええ、念願の毒料理が出来るようになりましたよ」


リッチはカシムから僕たちに視線を移す。


「まさかこんな所で旧友と再会できるとは思いませんでしたよ。皆さん、本日はお越しいただきありがとうございます。私はこの迷宮レストラン店主のヘブンズと申します」


思ったよりも腰の低い店主だ。

今まで得てきた情報からすると、悪人を想像していたのだが。


「俺たちは冒険者パーティ『虎の牙』だ。素晴らしい料理に感謝する。ただ、どうしてここでレストランを行っているんだ?それにこの料理も」


アインツがヘブンズに話しかけると、ヘブンズはアインツを見つめ返す。


「それは私がここでやりたいからです。この空間には結界が張っているので、この店に来たいと思う者にしか来れないようになっているんです」


それで違和感があったのか。納得。


「それに私がしたい料理は毒料理なんです。毒のある素材から綺麗に独抜きして、その素材の旨さを十分に味わってもらいたい。ただ、一般受けはしないですけどね」


ヘブンズは、カッカッカッと笑って見せるも、表情が無いため本当に笑っているかどうかが分からない。


「では、この店に行った者で帰ってきた者はがいないというのはどういうわけだ?」


アインツは核心を切り込んでいく。

セリナやミトラ、リノアもヘブンズに視線を移した。


「ああ、あの者達のことですね。彼らはこの店で働いていますよ。無銭飲食は厳禁ですからね」


ヘブンズが片手を挙げると、奥の部屋からスタッフ衣装を着た男女が姿を現した。


「料金が返済できるまではここで働いてもらいますよ。ただ、それにはいつまでかかるかは分からないですが」


ヘブンズが挙げた手を下ろすと、スタッフたちは皆奥の部屋に戻った。


「そういうことだったのか。それで納得した」

「はい、料金さえお支払い頂ければ問題ありません」


ヘブンズはアインズに軽くお辞儀をした。


「それは了解した。ちなみに俺たちが食べた本日の料金はどれくらいなんだ?」

「そうですね。今回のコースで金貨が一人二十枚となります」


金貨20枚!?

高すぎる!

金貨1枚が日本円換算で約一万円だから、一人二十万円を支払う必要がある。

ダンジョンにそれほどのお金を持ってくる人はいないだろう。

それで全員帰ってこれなくなっていたのか。


「お支払いは可能ですか?無理ならこのお店で働いて頂くことになりますが?」


ヘブンズの口調が急に冷たくなった。

辺りに緊張感が走る、部屋の温度が2~3度下がったかのようだ。


「心配ない。ここにある」


そう言うとカシムは大きな布袋を取り出した。


「全員分はある。確認してくれないか?」

「カシムそれは……」

「いいんだよ。早くヘブンズ確認してくれよ」


リッチが確認している間、僕たちはめいめいにカシムに話しかける。


「カシムすまない。この借りは必ず返す」

「ありがとうカシム、でも本当にいいの?」

「ああ、ここで払えなかったらお前たち、一生このレストランでこき使われるぞ。アイツはそういうことはきっちりやる男だ」

「わりぃカシム。助かった」


それにしてもどこにそんな大金を入れておいたのだろう?

カシムもまた、異世界収納を持っているかもしれない。


「はい、料金が確認できました。それではごゆるりと料理をお楽しみください」


そう言うと、ヘブンズは奥の部屋に戻っていった。


「まずはせっかくの料理を楽しもう。ほら、次の料理が来たぜ」


カシムが指さす方向を見ると、ガルシアが新しい料理を運んできていた。

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