21店目【クラーケンはゲソまで規格外 後編】

う、うう。ここは?

目が覚めると、僕はベッドで寝ていた。

狭い部屋には不釣り合いの上等な家具、硬めのマットレス。

飾りの少ない殺風景な内装は、冒険者向けの安宿といったところだ。

この部屋には見覚えがある。

確か、ダンジョンに潜る前に泊った宿だ。


どうやら僕は、元の世界に帰って来たらしい。

いや、今までのことが夢だったのか?

僕はゆっくりと体を起こす。


「よぉ、目が覚めたのか?」


声がする方に振り返ると、そこにはカシムがいた。


「意識をなくしたお前を連れて、ダンジョンを出た。取りあえず近くの宿を取ったのさ」


どうやらロストワールドで過ごした日々は、夢では無かったらしい。

僕たちはあのペリュトンを倒すことが出来たのだ。


「他のみんなはどうしたんだ?」

「ああ、結局奴らは扉を通らなかった。なんだかんだでロストワールドが気に入っていたみたいだな」

「そうか」


彼らが一緒に戦ってくれたから、僕はロストワールドを脱出できた。

出来れば最後にお礼を言って別れたかった。


「ここに来る途中で、ミツルのパーティって奴らにダンジョンで会ったぜ。ミツルが起きたらこの店に来るようにとさ」


カシムは店名が書かれた紙を僕に渡す。


「僕は一体どれくらい寝ていたんだ?」

「ああ、大体5時間くらいだ。もう奴らもダンジョンから帰っているんじゃないか?」


僕は時間を確認するためにスマホを確認する。

時間は18時35分と表示されている。

圏外のマークもすっかり無くなっていた。


「じゃあ、僕は店に行く。カシムも一緒にどうだ?仲間にカシムのことを紹介したいんだ」

「ああ、いいぜ。迷宮レストランを探す仲間になるかもしれないしな」


カシムはそう言うと、用意をするために一旦僕の部屋から出た。

僕はその間にスマホを確認。

食レポ関連の未読メールがいくつもフォルダ内に格納されていた。


僕は『着せ替えアプリ』を起動する。

汚れは一切無いものの、ロストワールドにいた2か月間はずっと同じ格好だった。

自動洗浄機能がついているので特に問題はないのだが、やはり気分も変えないと。


今回は薄いブルーのシャンブレーシャツに、濃いめのネイビーのカーディガンを羽織る。

パンツはシンプルにスリムストレッチ素材のベージュのチノパン。

足元には黒のプレーントゥシューズを合わせた。


やはり見た目を変えると気分も一新する。

ようやくこの世界に帰ってきた気がしてきた。


角を隠すための帽子をかぶったカシムとともに、指定のお店へと向かった。


お店は宿から徒歩十分ほどのところにある。

煉瓦造りの小さいお店だが、流行っているのか店の外まで笑い声が聞こえてくる。

お店から漂ってくる匂いも独特だ。

しっかりと磯の香りがする店は、ぼくが知る限りほとんどない。

どうやら魚料理が中心のお店のようだ。

僕の期待は否が応でも高まってくる。


店はカウンター席が五席と、テーブル席が四席程だ。

すでに冒険者風の客でいっぱいだ。

一番奥のテーブルに僕らに気づいたミトラが、手を振って合図をしてくれる。


すでにミトラたちはすでに始めていたようだ。

人数分のエールと、いくつもの料理が並んでいる。

僕らが席に座るとアインツが僕たちの分のエールを注文してくれた。


「ミツル、心配したのよ!一体どこで何をしていたのよ?」


ミトラが席に着くなり、質問をしてきた。よっぽど心配してくれたのだろう。

その目にうっすらと涙が浮かんでいる。


「ミトラ、ごめん。実は……」

「なあなあ、まずは乾杯した後にしねぇか?ミツルたちが飲めねぇじゃねぇか」


僕が説明しようとしたところで、セリナが僕の話を遮る。


「そうね。ごめんなさい」


ほどなくして僕らの前にエールが置かれる。


「みんなコップを持ってくれ、それじゃミツルの帰還を祝して、ヘルディオス(幸運を我らに)!」


乾杯後、次々と料理が追加される。

まず僕が手を付けたのは、シンプルな魚の塩焼きだ。

エメラルドグリーンに光る魚は、この世界でもよく漁獲されるシャバという種類らしい。

塩のみで味付けされたシンプルな料理であるが、白身魚らしからぬ脂がしっかりと乗っており、濃厚で食べ応えがある。


ただ、この魚は足が早く、すぐに悪くなってしまうらしい。

海から離れたウメーディでどうやってこの鮮度を保っているのだろう?


「どうやら店主がマジックバッグを持っているらしいな」


マジックバックとは、異世界収納アイテムの一つで異世界にアイテムを収納することができる。

生体は収納できないようだが、命を失った生物なら収納することができる。

しかも時間の流れが違うので、鮮度を保ったまま運ぶことができる商人垂涎のアイテムなのだ。


それならこの店の料理は信用できる。

やはりこの世界では料理の味は、保存・輸送技術に影響される。


次に手をつけたのが、塩漬けの魚料理だ。

薄く塩漬けされているラムダという魚を、みじん切りにされた香味野菜と一緒に食べる。

火は一切通っていないので、食感は刺身に近い。

しっかりと脂が乗っているのでそのままでも旨いが、日本人の僕としては醤油を使いたくなる。


「なあ、食べてるところ悪いんだが……」


食べるのに集中し過ぎて、説明するのを忘れていた……。

カシムのことも紹介しないと。


「ごめん、食べるのに夢中になってた。僕があの後どうなったかだよね」

「ミツルらしいわね」


ミトラが笑顔で返す。


「僕はあの後別の世界に飛ばされ、ここにいるカシムに助けられたんだ」


僕は落とし穴に落ちてから今までのことをみんなに話した。

それは信じられないような奇妙な話だが、僕は確実に体験したのだ。

僕が話している間、みんなは黙って聞いている。

カシムは時々相槌を入れながら、エールを口にしていた。


話し終えると、みんなから大きなため息が漏れる。

その表情からは誰も僕の話は疑っていないようだ。


「そのロストワールドの話は聞いたことがあるわ。子供の頃におばあちゃんが聞かせてくれたの。おとぎ話のように思っていたけど。すごい、すごいわ!」


リネアが感嘆の声を上げる。ここまで信じてくれるなんて思ってもみなかった。


「カシム、ミツルを助けてくれてありがとう。君には感謝しきれないな」


アインツがカシムに頭を下げる。


「いや、俺もミツルとペリュトンと戦えたからここにいる。勝手なことを言うようだが、俺も迷宮レストランの捜索に連れて行ってもらえないか?」

「もちろん結構だ。歓迎する」

「ああ、ミツルが師事したという力も見たいしな」


どうやらカシムもパーティに受け入れてもらったようだ。

カシムがいれば迷宮レストランの探索も、ずっと容易になるに違いない。


「へい、お待ちどうさま」


一際大きな皿に盛られた料理がいくつも僕らの前に置かれる。

これはイカか?

イカの足を切って串焼きにしたような料理だが、その大きさが普通のイカとまるで違う。

串の一つ一つが顔よりもはるかに大きい。


「店主、これは?」

「こいつは、クラーケンのげそ焼きですわ。良いクラーケンが獲れたので、サービスで全員に出しているんです。全員に渡っても足一本分にもならないですわ」


クラーケンと言うと全長50m以上もある海の魔獣だ。正体はタコともイカとも言われているが、料理を見る限りはイカのようだ。

海の悪魔と言われるほど獰猛な魔獣で、驚異度がAに認定されている正真正銘のレア魔獣だ。


「いやぁ、ラッキーでした。港町テンプーンに仕入れに行ったときに出くわして、船を鎮めようと足を巻きつけて来たんです。あの時はもう駄目だっておもいましたね。」


店主は、頭の汗を服で拭う。


「その時、一緒に乗り合わせてたウメーディのギルド長が、クラーケンを一刀両断してくれたんです。持って帰れないからって倒したクラーケンの素材まで提供してくれました。あの人凄すぎですよね」


どこでも神出鬼没に出現する人だ。一体何をしに船に乗ってたんだろう?


「ミツル、プリプリで美味しいわよ」


ミトラは真っ先にクラーケンのげそ焼きにかぶりついている。

顔がすっぽりと隠れるほどの大きさ。これだけでお腹いっぱいになりそうだ。


僕もクラーケンの串焼きにかぶりつく。

甘い。

クラーケンの身は、僕が今まで食べてきたイカの何倍も甘く旨味が濃縮している。

プリプリの弾力だが、噛むとぷっつり噛み切れるほど柔らかく、噛めば噛むほど磯の香りが口中に広がる。

魚醤の焦げた香りも食欲を誘う良いアクセント。

味わいと香りが見事に一体化しているようだ。


やはりイカにはエールでしょ!

クラーケンを一口食べた後に、流し込むエールの味わいは正に格別。

エールの苦みが、クラーケンの旨味と見事すぎるほどにマッチするのだ。


どんどん出てくる魚介料理。

僕の歓迎とカシムの加入を祝う宴は夜遅くまで続いたのだった。

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