20店目「珍味!コカトリスの軟骨 前編」

食事を満喫した僕は、カシムに礼を言い街外れの扉へと向かおうとした。

扉を抜けねば僕はこのロストワールドから出ることができない。

仲間たちの心配しているだろう。早く元の世界に戻らないと。


「ミツル、少し待つんだ」


一人で歩き出した僕をカシムが呼び止める。


「君は丸腰のまま、ペリュトンに向かうのかい?辞めておいた方がいい。それは自殺行為だ」


そうだった。

今はスマホが圏外で使えない。

スマホが僕の唯一の武器だったのに。


「君は武術の達人か何かなのかい?それじゃなければ無駄死にするだけだぞ。この世界でも殺されたらそこで終わりだ。復活することはない」

「……でも、僕は戻らなきゃならないんだ」


僕の返答に、カシムはふぅとため息を漏らす。


「なら俺と戦え。俺に勝てないようじゃペリュトンに相手にもされないだろう」


カシムはそう言うと、空間から剣を取り出す。

カシムも異空間収納を保持しているようだ。


カシムは僕に取り出した剣を投げ渡し、カシム自身も剣を取り出した。

どうやら剣には斬れないようにストッパーがついているようだ。


「うぉーやれやれ!」

「カシム、手加減してやれよ」


街中で剣を抜いたにも関わらず、街の人たちは恐れるどころか僕たちをはやし立てる。

バトル観戦は彼らにとって数少ない娯楽の一つなんだろう。

賭け事をする奴までいる。


僕は今までスマホを使って戦ってきた。

実際に剣を持って戦うのは初めてだ。

しかし、日本では剣道を少しかじったことがある。

まったくの素人では無いはずだ。


僕は両手で中段に剣を構える。

刃渡りは1m程だろう。竹刀よりやや短い。

僕は腰を落とし、じりじりと距離を詰める。

カシムは剣を構えてすらいない。


「ミツル、本当にそれで戦う気か?」


カシムは僕に尋ねる。

「ああ、カシムも構えてくれ」


僕の返答にカシムは再度、ため息をつく。


「ミツル、後悔するなよ」


カシムは片手で剣を持ち、僕の方に向ける。


ゾクッ……

カシムは剣を構えてすらいない、ただ僕の方に向けただけだ。

それなのに何でこんなに怖いんだ。

汗が途端に吹き出てくる。

足が急に鉛のように重くなったのだ。


「ミツル、行くぞ」


カシムの剣気に押されながらも、僕は勇気をふり絞って飛び出した。

剣を頭上高く振り上げ、カシムをめがけて振り下ろした。


当たった!そう思った瞬間、僕の視界は一瞬で真っ暗になった。


ドゴーン!


激しい衝撃の後に、遅れて激音が鳴り響いた。

僕の頭の上に崩れたレンガが降り注ぐ。


どうやら僕はカシムの攻撃で吹き飛ばされたらしい。

ただ、衝撃の割には痛みはさほどない。

このマジックアイテムのスーツ。防御力がチート過ぎるよ。


僕は頭の瓦礫を払い、すっと立ち上がる。


「うぉぉぉ!アイツ、カシムの攻撃をまともに受けて立ち上がったぜ!」

「すげぇぜ!ていうかアイツ誰だ?」


僕が立ち上がると野次馬たちが湧き上がる。


「まだ、やるのか?」


カシムはそう言うと、剣を僕の方へ向けた。


「ああ」


僕は再度剣を構える。


「そうか」


カシムはそう言うと同時に僕の視界から消えたのだ。


ドコーン!


またしても攻撃を避けきれず、僕は別の壁に激突する。

同じように頭の上に、崩れた煉瓦がなだれ落ちてきた。

ただ、僕にはまるでダメージはない。

確かにある程度は痛い。

しかし、僕が動けなくなるほどのダメージではないのだ。


「また、立ち上がったぜ!」

「信じられねえ、まともに食らってるよな?」


僕が立ち上がると、再度野次馬たちが騒ぎ立てる。

すると僕が構えるのを待たず、カシムが僕に向かって飛び掛かってきた。


今度は姿を確認できる。

彼は小細工なしに真っすぐに突っ込んできているのだ。

ただ、そのスピードがあまりにも速い。

僕が防御をするよりも早く、カシムの凪払いが僕の脇腹にヒットした。


ドコーン!

またしても壁に叩きつけられるも、僕は間を置かずにすくっと立ち上がった。

今度は攻撃が見えていた。

咄嗟に受け身をとった為に、壁に叩きつけられはしたものの、先ほどまでのダメージはない。


「何で立ち上がれるんだよ」

「アイツ、一体なんなんだ」


僕が立ち上がると、先ほどまでの熱気は冷め、観客はざわめき出した。

カシムは僕が立ち上がることを分かっていたのだろう。

間髪入れずに襲い掛かる。


カシムの振り下ろしを、僕は自分の剣で防ぐ。


ドゥッ


僕のがら空きの腹に、カシムの足がめり込んだ。

僕が前のめりに崩れたところに、カシムの剣が僕の頭に直撃する。


ドコーン!

僕は再度壁に激突する。


イテテ……

カシムの動きが見えるようになってきたものの、剣での攻防の経験値がまるで違う。

攻撃はなんとか耐えられるものの、攻撃が当たらなければ話にならない。

考えても仕方がない。

何度も立って攻撃するだけだ。


僕は立ち上がって、剣を構える。

もう観客からの歓声はない。

しんと静まり返って、僕とカシムの戦いをじっと見ている。


カシムも立ち上がった僕をじっと見ている。

心なしかカシムの口元が緩み、笑っているようにも見える。


再度カシムが僕に向かって飛び込んできた。

ずっと余裕を見せていたカシムだったが、今度はしっかりと両手で剣を持ち、より鋭く斬り込んできた。


「ブラッディストライク!」


カシムはそう叫ぶと、彼の剣が黒いオーラに包まれた。

やばい。彼は本気だ。

さすがにあの攻撃をまともに受ければやばい!

でも行くしかない!


「うぉぉぉ!」


僕は飛び込んでくるカシムに対して、正面から向かっていった。

すると急に僕の体に力がみなぎる。


僕の叫び声は獣の雄たけびへと変わり、全身の血管が逆流するかのごとく激しい熱気に包まれる。


僕はカシムの剣を、僕の剣で受け止めた。


キィィィン。

金属音が響き、剣の刀身が折れ、回転しながら宙に舞う。

しかし、折れたのは僕の剣ではなかった。

攻撃したはずのカシムの剣が、僕の剣と接触した部分から先がポッキリと折れてしまったのだ。


僕は自分の剣を見ると、刀身が黄金色に輝いている。

これはこのトラ顔マスクの力なのか。

次第にオーラが薄くなり、完全に消えてしまった。


「うぉぉぉぉぉ、すげぇぇぇぇ!」

「あのカシムが敗れた!?」


静まり返っていた観客の声が、一旦間を置いて爆発した。

いつの間にか、大勢の観客たちが僕とカシムの前に集まっていた。


「すごいな。こんな負け方は初めてだ。ミツルなら、ここから脱出できるかもしれないな」


カシムは僕の方へ手を伸ばし、僕はその手をギュッと握り返した。

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