19店目「骨付きステーキは手づかみで 後編」
ドアを開けると、そこにはレンガ造りの街が広がっていた。
広がっているのは街だけではない。
ダンジョンの中にいるにも関わらず、このエリアには空も風も、太陽だってあるのだ。
驚いてきょろきょろしている僕に、
「ミツルはダンジョン初めてなのか?」
「ああ、今回の探索が僕にとって初探索だ」
「やはりな。ミツルの反応を見てそう思ったよ。このエリアはロストワールドと言っても、ダンジョンには変わりはない。階層によってダンジョンは様々な顔を見せる。ダンジョン内に空があるのはさして珍しくはないんだよ」
というと、このエリアもダンジョンからの魔力の影響を受けているということか。
それにしても、冒険者たちが手作りしたとは思えないほどの街並みだ。
これは町というよりも街というレベルだ。
街を歩く僕たちの横を様々な種族がすれ違う。
人族やドワーフ、エルフ、ホビット、獣人族まで様々だ。
「冒険者たちが作ったと思えないほどの街並みだろう?流れてきた冒険者たちは、様々なスキルを持っている奴らでね。彼らが数十年の時をかけ、少しずつ街として発展してきたんだ」
「えっ、数十年?」
「そうだ。どうやらここでは時間の流れ方が違うらしいな。ここでの数年が元の世界の数時間に該当するようだ。また、ここでは歳はとらずに止まってしまうらしい。この世界ならいわゆる不老不死になれるってわけさ。」
やはりここは異空間らしい。
パラレルワールドとでも言うべきだろうか?
この世界から出ようとしない人が多いのは、この環境に満足しているからかもしれない。
「着いたぞ、ミツル。ここが俺のおすすめの店だ」
到着した店は三角形の屋根が特徴的な、年季が入ったレンガ造りのお店だ。
入り口の分厚い木製のドアに『忘却』と彫られている。
中に入るとすでに大勢の客がいるようだ。
お店はさほど広くはなく、カウンターと数台のテーブル席があるだけだ。
「よぉ、カシム。そいつは新入りかい?」
カウンターで一人でお酒を飲んでいるドワーフの男が声をかけてきた。
「やぁリグルド、先日流れてきたばかりの奴だ。ここでの生活のことを教えているのさ」
「そうかい、なぁ坊主、ここは天国だ。変なしがらみなんて何もねぇ。自分のやりてぇことができるのさ。マスター、こいつらにエールをやってくんな。俺のおごりだ」
リグルドと呼ばれるドワーフは、僕らを見てニヤリと笑う。
「僕はミツルだ。この世界から出る方法を探している」
「へっ、若ぇな。俺も初めはそう息巻いていたがな」
リグルドはぐいっとエールを流し込む。
僕も負けじとエールを飲み干した。
「やるじゃねぇか。気に入ったぜ」
リグルドは僕の背中をバンバンとたたく。
「このエールは、ここにいるリグルドが作ったものだ」
「えっ、そうなんだ」
「この世界に迷い込んでくる者は、どういうわけかこの街に貢献できるスキルを持っている。リグルドは酒造りの専門家なのさ」
「俺が作ってるのはエールだけじゃねぇぜ。葡萄酒や蜂蜜酒なんかも作ってるぜ。おっ、料理が来たぜ。こいつはうまそうだ」
僕らの前に大きな骨付き肉のステーキが並ぶ。
あばらの肉だろうか。50㎝はある長さの骨の上端部に分厚い肉が付いている。
まるで大きな斧のようだ。
しっかり焼き色がついた肉は、見るからに食欲を誘う。
これはどうやって食べるのだろう?
フォークなどは出されていない。
「ミツル、こいつはこう豪快に食べるのさ」
リグルドは骨を持ち、そのまま肉にかぶりつく。
口から大量の肉汁がこぼれ、彼の長いひげにまとわりつく。
「上品に食べることはねぇ、かぶりつけばいいのさ」
うまそうにステーキ肉を食べる食べるリグルド。
鋭く尖った歯で、肉を噛みちぎりながら食べている。
あれ?ドワーフに鋭い歯なんてあったっけ?
隣を見るとカシムも同じように、肉にかぶりついている。
彼にも鋭い歯が備わっている。
僕も同じようにかぶりつく。
ミディアムレアに焼かれた肉は、強い弾力性がある。
僕には彼らのように噛みちぎるのは難しい。
小さく噛み切りながら、少しずつ食べていく。
美味い!
味は極上の牛赤み肉だ!
脂身が少なく、肉本来の美味さが凝縮しているようだ。
味付けは塩のみだろう。
強めの塩味が、肉の旨さを引き立てている。
でも一体何の肉だろう?
「これはヘルバイソンの肉だ。街を出ると奴らの生息地がある。手ごわい魔獣だが、ここに住む冒険者にとっては難なく倒せるレベルなのさ」
カシムは肉を頬張りながら説明する。
確かヘルバイソンの驚異度はBだった気がする。A級冒険者でも苦戦するレベルの魔獣だ。
僕は替わりのエールを注文する。
この料理にはエールは不可欠だ。味わいを何倍にも高めてくれる。
そこへマスターの別の料理が席に置かれる。
丸く切ったパンに野菜や肉などの具材が挟まれている。
見た目はハンバーガーだ。
見た瞬間に僕のテンションが上がる。
「ほぉ、これは俺も見たことがねぇ。マスターの新作なのか?」
リグルドの問いに、マスターはコクンと頭を下げる。
僕は口いっぱいにハンバーガーにかぶりつく。
ハンバーガーと言っても、幅20㎝、高さは30㎝はあろうかという大きさだ。
具材はレタスによく似た野菜と、酸味のある香味野菜。
パティは旨味の強い牛肉の味わい。おそらくヘルバイソンの肉を使っているのだろう。
ソースはBBQソースに似たこってりとした味わいだ。
バンズは僕らの世界の者とは違い、やや硬めのバゲット風。ここには改善の余地がある。
ただ、それでもハンバーガー。
この見事な一体感は流石の一言。
2人を見ると、言葉なくガツガツ食べている。よほど旨いのだろう。
僕はエールで喉を潤す。
やはり、この料理にもエールが合う。
僕たちは腹が満たされるまで、この旨いエールと料理を堪能した。
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