19店目「骨付きステーキは手づかみで 中編」

う……うぅ……

頭に強い痛みが走る。

目を開けると、視界がぼやけてうまく見えない。

ここはどこだ……


視界が緩やかに鮮明になり始めた。

どうやら僕はベッドの上で寝ているようだ。


ベッド……!?

そうだ、僕は3階層で落とし穴に落ちたのだ。

まだ、僕はダンジョンにいるはず。

一体ここは?


僕は勢いよく体を起こすと、強いめまいが襲い掛かり、頭痛が一層ひどくなった。

うっ。

僕は頭を押さえて、その場にうずくまる。

一体ここはどこなんだ?みんなは?


少しすると頭痛と眩暈がおさまってきた。

僕は自分の膝に両手を置き、ふらつきながらも立ち上がる。


足元を見ると床には濡れたタオルが落ちている。

どうやら誰かが僕を看病してくれていたらしい。

一体誰が僕を助けてくれたのだろう?


取りあえず、状況を確認しなくては。

まずは今どこにいるのかを調べないと……。

ベッド脇には僕のカバンやスマホが置かれている。

わざわざ一緒に持ってきてくれたのだ。

僕はまだ見ぬ助けてくれた人に心から感謝をした。


スマホ壊れてなければいいけど。

僕はスマホを手に取って確認する。

スマホは壊れるどころか、傷一つついていないようだ。

電源も入ったままである。


まずは今どこにいるか確認しよう。

僕はスマホアプリ『チャットGOT』を起動しようとした。


あれ……?

反応がない。

普段は音声で起動するはずのアプリが、声をかけても反応しない。

手動で操作しても、まったく動かないのだ。


スマホ画面を見ると、「圏外」の表示が!

この世界に来てから一度も圏外になったことは無かったのに、一体どういうことなんだ。

チャラ神様に渡されたスマホが圏外ということは、本当に壊れたのか、それともチャラ神様の力も今いるエリアに届かないのか。


僕は急に怖くなってきた。

本当に僕はどこにいるんだ?


するとギィィィと扉が開き、男が部屋に入ってきた。


「起きても大丈夫なのか?」


男はすらっとした長身で、紫色の肌と銀髪、赤い目が特徴だ。

側頭部には牛のように突き出た角が一対、体を覆う衣装は黒で統一されている。


彼の外観は、僕がこれまで見てきた種族とはまるで違う。

この世界には魔族と呼ばれる種族がいるらしい。

彼はその魔族なのだろうか?


「あなたが助けてくれたのか?」

「ああ。助けたといっても、倒れていた君をこの部屋に寝かしただけだ。それより動けるようになってよかったじゃないか」


見た目とは裏腹に、穏やかな表情を見せる。


「僕をここまで運んでくれて感謝する。僕はミツル。ダンジョン探索中に落とし穴に落ちたんだ」

「俺はカシム。君らで言うところの『魔族』ってやつさ。しかしミツル、ここは落とし穴で落ちたぐらいじゃ来れる場所じゃないぞ?」


えっ、どういうことなんだ?


「カシム、一体ここはどこなんだ?」

「ここは、忘れられた世界(ロストワールド)さ。ダンジョン内にある異空間ってやつで、時々ミツルのような奴が迷い込んでくる」

「いったいどうやって?」

「俺にも分からない。ただ、何か特別な条件が重なると、この部屋に通じる扉が解放されるらしい」


あの落とし穴が異次元空間への扉になっていたのだろうか?


「カシム、ここから出るにはどうすればいいんだ?パーティのメンバーが僕を探しているかもしれない」

「それなら時空の扉を通ればいい。この街の外れに大きな扉がある、その扉を通ると元いた場所に戻れるだろう」

「街の外れに行けばいいんだな?カシム、悪いが僕をそこまで連れて行ってもらえないか?」


僕がそう言うとカシムは僕の足元から頭までを、観察するように見回した。


「ミツルはその格好で扉まで行くのかい?扉の前には門番がおり、そいつを倒さないと元の場所には戻れないぞ」

「えっ、門番?」

「そうだ。ペリュトンと呼ばれる魔獣で、獣の角と顔、鳥の胴体と羽を持っている。何十人も戦いを挑んだが返り討ちにあってしまった。今ではそいつらも元の世界に戻ることをあきらめ、このエリアを開拓し居ついてしまった。まぁ、俺もその一人だがね」


それだけ人数がいて諦めざるを得ないのは、よほどその魔獣が強いのだろう。


「誰もその扉を通った奴はいないのか?」

「ここ数十年は見かけないな。いや、一人いたな。迷宮レストランがどうのって言ってたな」

「……!?」


迷宮レストラン!?

まさかここでその話が出るとは思わなかった。


「カシム、そいつのことを教えてくれないか?僕がこのダンジョンに来たのも迷宮レストランを探すためなんだ」

「ほう」


カシムは僕の顔を凝視する。


「訳ありのようだな。なら、少し話さないか?すぐそこに旨いエールを出してくれる店があるんだ」


僕は彼の提案を受け入れ、カシムの一押しの店に行くことになった。

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