18店目「シャバとは違う!?ダンジョン料理専門店 後編」
二階層をくまなく探索し終えた僕たちは、一旦ダンジョンから町へ戻ろうとしていた。
今回の目的であるダンジョンに慣れることと、それぞれの戦い方やパーティ編成の確認を達成できたからだ。
一度に深追いしないのは、リーダーであるアインツの慎重さによるもの。
下手に進んで危険に身をさらすより、少しずつ着実に探索していこうというスタンスだ。
ただし、迷宮レストランの被害者もいるので、あまりゆっくりもしていられない。
今日は一度町に戻り、明日よりペースを上げて探索を進めていく。
また、今日は新しくパーティに加わったリネアの歓迎会もある。
僕らは急ぎ足でダンジョンの入り口へと向かった。
ダンジョンの入り口に到着すると、すでに辺りは暗くなり始めていた。
「ミツルとミトラを売却しに冒険者ギルドへ向かってくれ。確かギルドに酒場が隣接していたはずだ。残りは宿の手配に向かう」
アインツの的確な指示が飛ぶ。
さすが、アインツ。こういった場合でも頼りになる。
「宿の手配が終わったら、ギルドに向かう。ミツル、酒場の席を確保しておいてくれ」
「了解」
僕たちはアインツたちと一旦分かれて、冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドはダンジョンからわずか100メートルほどの位置にある。
ダンジョンから魔獣が迷い出てこないかを見張る役割があるらしい。
「ねぇ、私の新しい矢どうだった?」
ミトラがドヤ顔で僕の顔を覗き込む。
確かにあの爆発する矢は強力だった。
特に爆発を避けられにくいダンジョンでは特に有効だろう。
「あれはすごかったな。かなり使える武器だと思う」
「ふふーん、そうでしょ。他にも種類があるのよ」
ミトラは得意げに話す。
かつては役に立てないと沈んでいたミトラが、随分と逞しくなったものだ。
この世界での妹のような彼女の成長は、僕にとっては自分のことのように嬉しい。
ジュウジュウの町の冒険者ギルドに到着し、早速受付カウンターに向かう。
小さな町のギルドだけあって、ウメーディのように目的別にカウンターは分かれていない。
二人のギルドの受付嬢が、役割分担せずに全て1人で行っているようだ。
僕らのパーティの素材売却担当はミトラだ。
ウメーディでも有名な商家の娘であり、交渉技術に長けている。
いつも巧みな話術と戦略で、相場よりも高く買い取ってもらえている。
今回も流ちょうな営業トークが炸裂。
低層に住む魔獣の素材にも関わらず、結構な金額で売却ができたようだ。
「終わったわ。早く酒場の席を確保しましょう」
ミトラは手早く売却を済ませ、僕にニコッと微笑む。
この時ばかりは、ついついミトラ姐さんと呼びたくなってしまう。
酒場はギルドに隣接している。
店内はカウンターのみの簡素な造りである。
この酒場には椅子が用意されていない。
全ての席で、立って飲食するようになっている。
カウンターはコの字型で壁に設置している。
カウンターの中心にはマスター一人。他の従業員もいないようだ。
僕らは壁側の席を確保しに向かおうと歩き出すと、ギィーと扉を開ける音がしてセリナたちがギルドに入ってきた。
「セリナ、こっちだよ!」
ミトラは手を挙げて、パーティメンバーに知らせる。
僕たちのもとに向かうセリナたち。
僕らは壁際のカウンターに一列に並んだ。
「へい、いらっしゃい。注文は何にしましょう?」
マスターは右目に眼帯をつけた筋肉質の男性だ。
威勢のよいマスターの低い大きな声は、ザワザワしている店内でもはっきりと聞こえる。
まずはエールを人数分頼むアインツ。
マスターは「ヘイ」と頷き、樽から胴のジョッキにエールを注ぎ始めた。
さすが一人で切り盛りしているだけある。
マスターは手早くエールを注ぎ終わると、僕らの前に注ぎ耐えのエールを置いた。
「『虎の牙』へようこそ。今日はしっかり飲んでくれ。ヘルティオス(幸運を我らに)!」
僕らはその場でエールを掲げた後、ぐいっと喉に流し込んだ。
うん、旨い。
やはり労働の後の一杯は、どんな時でも変わらずうまいね。
「食べ物はどうしやしょう?今日は活きのいいジャイアントリザードが入ってますぜ」
「じゃあ、それを頼む。後は何ができるんだ?」
「この店はダンジョンで獲れたやつを扱ってるんでさぁ。メニューていう気取った奴はねえんで、ある素材を俺の好きなように調理してるんで」
ウメーディにある冒険者ギルドの酒場に、スタイルがよく似てる。
こういう店は間違いないだろう。
途端に僕のお腹がキューっと鳴り始める。
「じゃあ、この店のおすすめを適当にみつくろってくれるか?予算は飲み物を入れて金貨3枚でどうだ?」
「それだけあれば十分だ。おっと、ちょっと待っててくんな」
マスターは、対面に座る青年の注文を聞きながらも、反対の手は調理にかかっている。
注文を取り終わると、マスターは右手と左手とで別々の料理を同時にし始めた。
一方の手で野菜を切り、もう片方の手で弱火で煮込んでいる鍋をかき回す。
そうかと思えば片方の手で客に料理を出し、もう片方の手で食器を洗い始める。
彼は本当にすごい料理人だ。
料理を同時進行で作ることはよくあるが、それぞれの手で別々の工程を同時にする料理人は見たことがない。
あっ、今度は野菜と肉を同時に切り始めた。
包丁の当てる角度を調節するだけで、みるみる別々の素材が片手で同じようにカットされる。
これは教えてできるものじゃない。
彼自身の類まれな才能がなせる業だ。
僕は彼の動きから目が離せなくなった。
「へい、お待ち!」
僕らの前に置かれたのは、チキンレッグのような骨付きの肉のグリルだ。
ただ、鳥肉よりも骨の周りの身が細く、脂身もほとんどない。
口にすると鳥肉よりもあっさりした味わいで、異様なほど弾力がある。
これはこれで旨い。
噛めば噛むほど味わいが口中に広がり、爽やかな香りまでする。
「これは一体何の肉なんだ?」
僕は店主に尋ねる。
「ああ、それはこいつの肉だ」
マスターは調理場から、2mはあろうかという大きな爬虫類系の動物を持ち上げる。
ワニに似たぼこぼことしたうろこ状の皮膚を持ち、胴は長く手足は短い。
長い尻尾と細長い顔を持ち、ぎょろっと大きな目玉も特徴だ。
「こいつはジャイアントリザードだ。ダンジョンに潜む魔獣だが、比較的大人しく驚異度も低い。ただ、臆病な性格のため、なかなかこうして捕獲することは難しい。うちでもめったに味わえない代物だ」
「それは幸運だった」
実物を見ると気味のいいものではないが、味わいは本物だ。
肉自体も旨いが、肉にかかっているこのソースも絶品だ。
女性陣はジャイアントリザードの本体を見た後にも関わらず、食べるペースは一切落ちていない。
こういう時は女性の方が見た目の耐性があるのかもしれない。
一口口に入れ、エールで口を潤す!
うーん旨い。
この料理にはエールがベストマッチだ。
となりでリネアも美味しそうにエールを飲み干し、おかわりを頼んでいる。
リネアも結構お酒には強そうだ。
「ミツルさんはあの『トラ顔紳士』ですよね?何で食べる時も仮面を外さないんですか?」
リネアの素直な質問に、メンバーたちは思わず黙ってしまう……。
「あれ、私何か変なこと言いました?」
確かにご飯中も仮面で食べている人がいたら、誰でも気になるだろう。
普段は特に答えない質問だが、パーティメンバーになら秘密を伝えてもいいだろう。
「これは呪い(?)なんだ。この仮面も装備も僕には外せない。ただ、この仮面は状況によって自動的に変化する。だから僕は仮面をつけたままでも食べることができるんだ」
「えっ、あっ、そうだったのですか……。変なこと聞いてごめんなさい」
「いや、いいんだ」
リネアはすまなそうな顔をして僕を見る。
「気にするな、僕もこの状況に慣れた」
「はい、すいません……」
僕らの周りが変な空気に包まれる。
リネアは本気で反省をしているようだ。
「へい、次の料理お待ち!」
ベストなタイミングで、マスターは別の料理を出す。
今度も肉料理のようだ。
一口大の大きさにカットされた肉は、外側はこんがりと焼き色がついているが中は綺麗なピンク色をしている。
肉の上から真っ赤なソースがかけられており、マッシュポテトのようなものと、ハーブが添えられている。
これは考えるまでもなく旨そうだ。
これは一体何の肉だろう?
「これは、ダンジョンディアーのワイン煮込みだな。こいつはダンジョンの5階層にいる魔獣で、素早い動きと力強い突進が特徴だ。
料理の素材としても万能で、少し癖はあるが煮ても焼いても旨い」
ごろっと大きめにカットしてあるが、まるで豆腐をカットするようにナイフがスッと入る。
確かに獣臭い臭いは少し残っているも、それほど気になるほどではない。
口に入れると赤みの旨味がガツンと広がる。
しっかりと漬け込んだワインの味わいが、肉のうまみの後に口の中にじんわりと広がっていく。
肉はとても柔らかく、例え入れ歯のじいさんでも簡単に噛み切れるほどの柔らかさだ。
脂身はほとんどない。
純粋に赤み肉の旨味を堪能できる料理だ。
これにはエールよりもワインの方が合うだろう。
僕はマスターに赤ワインを注文する。
注文してすぐに出された赤ワインは、銀のゴブレットに注いでくれた。
なかなかいいワインを使っている。
香り高いワインの味わいが、鹿肉の旨味を高めてくれるようだ。
「これも食べてくんな」
マスターが準備したのは、どうやら貝らしい。
白いお皿の上に、巨大の貝の身が盛られている。
ガーリックバターが焦げたような香ばしい香りが、強烈に漂ってきた。
「これもダンジョンにいるキラーシェルという魔獣なんだ。7階層の湖にいる人食い貝の一種だ」
なんでも7階層にあるという大きな湖の浅瀬にいるという貝類の仲間らしい。
集団で生活する貝類で、浅瀬を渡る冒険者の足に吸盤で吸いつき、吸盤で吸いついた部分を捕食するという。
一匹では対したダメージとはならないが、集団で襲われると脚の一本ぐらいはあっという間に食いつくされてしまう。
そんな危険な貝だが、食べると半端なく旨いという。
プリプリと肉厚で、特に油を使った料理には最適だ。
この料理にはやはりエールを合わせたい。
ガーリックの香りに負けない身の後をひく美味しさは、エールにはピッタリだ。
コリッとした噛み応えの楽しさも食欲を倍増させる。
さきほどまで暗い顔をしていたリネアも、すでに笑顔になって貝料理を楽しんでいる。
この切り替えの早さもリネアの長所かもしれない。
僕らは夜遅くまで飲み、食べ、語り明かした。
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