17店目「魔法と料理のコラボ 後編」

セリナの案内で向かった店は、市場の裏通りにあるお店だ。

ここでは美味しい鳥料理が食べられるとのことだ。


この世界では鳥肉が多く流通しており、家畜として育てられた鳥だけではなく野生の鳥や魔獣鳥まで食べられている。

家庭では家畜の鳥が好まれて食べられるが、お店では野生の鳥や魔獣鳥が圧倒的に多い。

臭みが強く調理するのは大変なようだが、その旨さは家畜のものとは比べ物にならないらしい。


また、鳥料理の種類も豊富だ。

地域によって差はあるようだが、焼いたり煮たり揚げたりなど様々な調理法が広まっている。

特に食の都ウメーディでは、世界中から料理人が集まっている。

そのため、街に住む人は世界各国の鳥料理を簡単に味わえるという。


このお店の店主は、ウメーディで行われた第3回鳥料理コンテストの入賞者らしい。

そのため、小さいお店にも関わらずランチとディナータイムには大勢の人が訪れている。


僕たちが訪れた時にはすでに列が出来ていた。

列に並ぶこと15分、ようやくお店に入れた。


お店の中はシンプルな内装だ。

壁の全面がレンガで覆われ、高めの天井からはシャンデリアがいくつも吊り下がっている。

カウンターにテーブル席が6台。

カウンターの奥にはレンガで作られた大きな窯が設置されている。


テーブル席が満席だったため、僕たちはカウンター席に座る。

カウンターはしっかりの木のぬくもりが感じられる、一枚板のしっかりとした造り。

レンガの色に合わせて、赤みのあるくすんだブラウン色に染色してある。


調理人は二名のようだ。

背の高い長身のエルフと、背の低い小太りのノームのようだ。

カウンター越しに彼らの華麗なテクニックがよく見える。

動きを見ていると一人は純粋な調理人で調理器具を用いて料理を作るのに対し、もう一人は魔法を使って調理を進めている。


魔法と調理技術の融合がこのお店の特徴なのだろう。

二人の息がピッタリ合っていてまるで何かのショーを見ているようだ。


「この店は、美味しいだけじゃなく彼らのパフォーマンスも楽しめるんだ」


セリナがいつの間にかエールを飲んでいる。

周りを見ると、僕らの周りにエールが置かれている。

僕がきょろきょろして気づかなかったのか?


「ミツル、はやくエールを持って」


ミトラが急かすように僕にコップを渡す。

アインツは僕にコップを持ち上げるようにと目で合図をした。


「それでは改めて、ヘルティオス(幸運を我らに)」


僕は一気にエールを飲み干す。

昼間から飲むエールは、なんとなく罪悪感すら感じてしまう。


厨房では、ノームが長い串に刺した大きな鶏もも肉に熱した脂を回しかけている。

調味液を回しかけると、ノームはその串をエルフの方に向けた。

エルフは何かを唱えた後、彼の手が赤く光り始める。

エルフがその手を串に向かってかざすと、ボッという音ともに鳥肉が炎に包まれたのだ。


「あれは俺が注文した、鶏モモ肉のファイアーボール包みだ」


鳥肉が炎に包まれた瞬間、大きな拍手が沸き起こる。


「あんなに燃えたら食べられないんじゃ?」

「いや、あれは肉の周りについた脂だけを燃やしているんだ。余分な脂肪が取れて食べやすいぞ」


しばらく炎に包まれた後、ノームは炎に包まれた鳥肉を厚手の皿に乗せる。

恐らく耐熱皿なのだろう。

ちょっとやそっとの熱ではビクともしないようだ。


ノームは野菜などを盛り付けて、僕らの前に提供した。

鳥肉にはまだ薄く炎が包んでいるようだ。

パチパチと脂の焼ける音と、香ばしい香りが僕たちを魅了する。


「今回はジャイアントオストリッチのもも肉を使ったんだ。弾力の強さはその辺の鳥肉と比べ門にならねぇ。熱いうちに食べてくれよな」


ノームは料理について簡単に説明してくれた。

ジャイアントオストリッチは、空を飛ぶことができない鳥系のモンスターらしい。

全身が筋肉の塊らしく、脂身が少なく力強い噛み応えが特徴だ。

そのためヘルシーで、特に女性に人気がある。


もも肉と言ってかなり大きい。

バスケットボールくらいの大きさの肉を、アインツが綺麗に切り分けてくれた。

火が消えると不思議なことに、肉自体に焦げ目一つない。

どうやらジャイアントオストリッチは、その皮膚が炎の耐性があるようであれほどの業火で焼かれても焦げ付くことは無いようだ。


ただ、アインツが切った断面を見てみると綺麗な薄ピンク色の断面。

その断面から肉汁が溢れだしている。

どうやら中身は蒸し焼きになっていたようだ。

見た目は豪快だが、実際には繊細な料理のようである。


早速一口大に切って口に入れる。

おっ、これは旨い。


見るからに堅そうな肉だが、口に入れると簡単に咀嚼できるほど柔らかい。

恐らく蒸し焼きの効果があるのだろう。

あの一瞬でしっかり中まで火が通っている。


味付けはシンプルに粗塩のみ。

確かに肉の旨味を感じるには最適の味付けだ。

肉の甘味が潮によって引き立てられる。

この肉ならソースや他の味付けでも美味しそうだ。

エールやワインなどのお酒にもよく合いそうだ。


カウンターを見ると、エルフとノームが次の料理に取り掛かっている。

下処理を済ませた鳥をノームはエルフに投げて渡す。

するとエルフは空中に魔法の玉を作り、投げられた鳥がその玉に触れると、その玉の中に鳥肉が吸い込まれた。

同じようにエルフは別の玉をいくつも作り、ノームが投げた鳥肉を全てその中に収納した。


エルフが両手を胸の前で合わせ、何やら詠唱すると、玉はみるみる小さくなり鳥肉もそれにつれて音を立てながら小さくなっていった。

拳大の大きさになると魔法の玉は消えてなくなり、代りに肉の玉が残っていた。

どうやら玉の中で鳥肉が圧縮されたらしい。

まるで大きなつくねのようになっていた。


ノームはその肉の玉を耐熱皿に移し、上からスパイスを振りかける。

スパイスを振りかけ終わると、そのお皿ごと厨房の奥の窯へと持って行った。

ノームが窯にお皿をセットすると、エルフは何やら詠唱を始める。

次の瞬間ゴォォォツと激しい音と共に、窯に激しい炎が点火した。

どうやら、つくねのような肉玉は窯で焼くようだ。


香ばしい香りとハーブや香辛料の香りが僕らの所まで漂ってきた。


十分後、ノームは窯から皿を取り出し、何やら上から料理に向かってドロっとしたものを垂らしかけた。

見た目はチーズのようだが、どうなんだろう。


「これは『ビックバン』という料理だ。フォレストクウェイルという鳥を丸ごと圧縮して球場にし、ハーブと一緒に窯でじっくり焼いたものだ」


見た目はつくねのチーズがけである。

ただ、そのハーブの使い方や使われている具材は日本のものと大きく違う。

日本でもつくねが好きだった僕には楽しみな一品だ。


ナイフで切ると、大量の透明の肉汁がフォークを伝って皿に流れ出る。

そういや鳥を丸々一匹を凝縮してあるのだ。

『ビックバン』という名前が、その壮大さを物語っているようだ。


口に入れると旨味が後から後からと押し寄せてくる。

この凝縮感は半端ない。

旨味が濃すぎて舌が馬鹿になりそうだ。

しかもチーズがいい仕事をしている。

つくねだけだと強すぎる旨味が、チーズを介すことで若干まろやかになっているのだ。


「ミツル、あなた何で泣いてるのよ?」


泣いてる?僕が?


「虎の目から涙がこぼれてるわよ」


どうやら本当のようだ。

僕の目頭が熱くなっていたのをミトラは感じていたのだ。

久しぶりに食べたつくねの味と、予想を超えた味わいに感動していたのかもしれない。


「熱かったので汗が噴き出たんだ」

「ふぅーん」


僕は精一杯強がって見せたが、ミトラには見抜かれているらしい。


「そんなことより旦那、ダンジョンは探索したことがあるか?」


ここで、セリナが会話に入ってくる。

美味しいご飯に感動して忘れていたが、今回の目的はダンジョン探索の作戦会議なのだ。


「いや、僕は経験はない?みんなはあるのか?」

「実は俺たちも無いんだ。もしかして旦那ならって思ったのさ」

「ダンジョンはそれほど危険なのか?話には聞いたことがあるが」


セリナはグイッとエールを飲み、僕の顔をじっと見つめる。


「ああ、ダンジョンは別世界なのさ。たとえ魔獣でも個体より生を受けて誕生するだろ?しかし、ダンジョンではその法則が通用しない。ダンジョンに生息する魔獣はダンジョンが生み出すのさ」

「どういうことだ?」


僕は驚いて尋ねる。


「ダンジョンで生息する魔獣は、個体からは発生しない。ダンジョン自体が魔獣を生成し、任意の位置に配置するのさ。ダンジョンはダンジョンマスターと呼ばれる者が管理しており、そいつが思うように魔獣やアイテムなどを配置しているらしい」


つまり箱庭ゲームのように、ダンジョンマスターが自由にダンジョン内をアレンジするというわけか。


「ダンジョンで魔獣を倒すと、すぐに壁や床に吸収されてしまう。どうやらダンジョンの養分になるらしい。その養分を元に新しい魔獣を作るのだろう」


ダンジョンの仕組みはなんとなく分かった。

ただ、ダンジョンに魔獣が吸収されてしまうならどうやって素材を持って帰っているんだ?


「素材を切り取って持ち歩けばいい。その場に放置しなければ魔獣もすぐには吸収されないだろう」


なるほどね。持ち歩いている分には問題は無さそうだ。

それなら迷宮レストランを探す最中に、倒した魔獣も持ち帰ることが出来るということか。


「それでダンジョンの魔獣は強いのか?」

「いや、浅い階層の魔獣はそれほど驚異ではないらしい。ただ、下の階へ行くほど強力な魔獣が生息しているとのことだ。その迷宮レストランとやらが、何階層に存在しているかで難易度がずいぶんと変わるな」


アインツはエールを飲み干し、カウンターのノームに追加のエールを注文する。


「俺はその依頼を受け手もいいぜ」


セリナはもも肉を頬張りながら話す。


「迷宮レストラン、面白そうじゃねぇか。誰も帰ってきて無いんだろ?だったら俺らが第1号になればいい。」

「私も賛成よ」


続いてミトラも発現する。


「なんだかワクワクするじゃない。ダンジョンの謎を一つ解くのよ、こんな面白そうなことはないわ!」


ミトラはセリナとハイタッチをする。

この二人なんだかよく似てきた。


「ミツルはどうだ?俺はこの依頼を受けてもいいと思っている」


アインツもダンジョン探索には賛成のようだ。

僕の答えは決まっている。

迷宮レストラン、食レポにはピッタリの店舗だ。

一体どんな奴が運営していて、どんな料理が食べられるんだろう。


「ミツルには聞くだけ無駄よ。今だって迷宮レストランのことを想像しているんだわ」


ミトラするどい。


「ああ、もちろん僕も賛成だ。こういった謎を解いていくのも冒険者らしいじゃないか」

「ねっ、やっぱりミツルでしょ?」


ミトラの一言で、ドッと笑いが起こる。


依頼を受けることを決めた僕たちは、心置きなく美味しいエールと鳥肉料理を楽しんだのだった。

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