13店目「異世界風のジンギスカン!?これは一体何の肉?後編」
武器屋を出た僕たちは、その他冒険に必要な回復薬や道具などを買いそろえた。
しばらく街を散策した後に、セリナたちと合流した。
セリナ達も装備品を新調し、明日の冒険に備えていたとのことだ。
そのまま僕たちは、アインツのおすすめするお店へと向かった。
向かった先は、中央街のセントラルロードから一つ隣の路地にある小さな居酒屋だ。
白塗りのレンガ造りの店で、「カムジャロン」と壁に店名が書かれている。
店からたくさんの大きな笑い声が聞こえてくる。
どうやら街でも人気の居酒屋らしい。
僕たちは扉を開け中へと入った。
小さい店にも関わらずお客さんたちでかなり密集している。
その狭い通路を塗って、給仕風の女性たちが忙しく料理を運んでいる。
おそらくウメーディに来た移民が建てたお店なんだろう。
内装がこの土地特有の雰囲気ではなく、僕らの世界でいう東洋系な印象だ。
独特の形の鍋や民族衣装のようなものが飾られている。
お店に入って驚いたのが、座っている人は一人もいない。
立食パーティーの如く全員立って食事をしている。
お客さんたちが囲んでいるのが、腰の高さ程の炉のようなもの。
炉の下では煌々と、真っ赤な火が灯っている。
炉の上面は鉄板になっており、どうやらその上で具材を焼いて食べるようだ。
僕たちは壁際の一番奥の台についた。
「ミツルたちは辛いものは大丈夫か?この店の料理は『トウバラン』という、少し辛めの香辛料を使っている」
おそらく唐辛子のようなものだろう。僕は特に苦手意識はない。
ミトラも大丈夫だと頷いてみせる。
アインツは女性給仕の一人に声をかけて、いくつもの料理とエールを注文をする。
多分この店の常連なんだろう。注文の仕方が実にスムーズだ。
ほどなくして全員分の銅製のコップになみなみと入ったエールを給仕が持って来た。
冷たい!
驚いてコップを落としそうになった。
この世界に来て初めて、キンキンに冷やしたエールに出会った。
この世界では常温のエールが普通なのに。
おそらくこの店の料理がそうさせるのだろう。
冷たいエールは熱く火照った体にはピッタリだ。
僕たちはコップを掲げ、乾杯の声を張り上げる。
「ヘルティオス(幸運を我らに)!」
この言葉を言うと顔がほころんでくるのが不思議だ。
それはみんなも同じらしい。
笑みが自然にこぼれてくる。
僕らは一息でエールを飲み干す。
ぷはぁ。
やはり初夏の蒸し暑さにはキンキンに冷えたエールが旨い。
ミトラも最近お酒を覚えたばかりにしては良い飲みっぷりだ。
で、この飲みかけのコップはどこに置こう?
僕らの席には鉄板だけ。コップを置く場所はない。
「この店ではコップは持ったままだ。無くなったら給仕を呼んで、別の酒を頼む。至極簡単だろう?」
ああ、なるほど。ここはそういう店なのだ。
しっかり味付けされた具材を鉄板で焼き、焼き上がったらタレなどつけずに直接口に入れる。
喉が渇いたらエールで潤す。
つまり両手は常にふさがったまま。
豪快に食べて豪快に飲む。
ワイルド過ぎるお店なのだ。
「具材をお持ちしました」
そこへ給仕が大皿を持ってやってきた。
すると給仕は、大皿から肉や野菜、タレなどをそのまま豪快に鉄板へと流し入れた。
「火の聖霊よ、我にその一部をお貸しください。ファイア」
給仕が何かを唱え炉に手をかざすと、ボッと炉に炎が灯った。
まさか、魔法を使って火を灯すとは思ってなかった。
これはちょっとしたアトラクションだ。
「お箸かフォークは炉のポケットからお取りください」
えっ、箸があるの?
転生した人が広めたのだろうか?
日本人としては単純に嬉しい。
「具材の追加や飲み物の注文の際にはお伝えください」
笑顔で一礼した彼女は、給仕は店の奥へと消えて行った。
この世界では珍しいくらいの丁寧な対応だ。
それだけでもこの店が人気なのが分かる気がする。
それにしても豪快な料理だ。
しっかりとタレで味を絡めた肉や野菜を鉄板で焼くだけというシンプルな料理。
そもそもこれは何の肉だ?
真っ赤なタレに絡まれた肉は、ジューッ、パチパチと魅力的な音を奏で始めた。
肉の焦げる匂いとニンニクによく似た香りは食欲を誘う。
野菜は玉ねぎ、ニラ、ニンジンのようなものにキャベッシュとキノコ類。
見た目は日本の食材と大差は無いようだ。
肉から出る肉汁をしっかりと吸った野菜は、テカテカとした照りが出ている。
見ていても仕方がない。
僕は炉から箸を取り出し、まずは肉へと手を伸ばした。
「あちっ」
しっかりと焼かれた肉は中まで熱い。
十分な厚みのある肉は、噛むと中から甘い肉汁が飛び出してきた。
まず最初に口の中に広がるのは、トウバランの辛み。
ただ、激辛というわけではなく、舌がピリリとしびれるくらいだ。
韓国焼肉を思わせるタレの奥深さ。
辛みだけでなく、旨味や酸味、苦みまで含まれている。
焦げたタレは香ばしさも加えて、さらに複雑な味わいへと変化するのだ。
もちろん、旨いのはタレだけではない。
肉自体もしっかりと深い味わいを持っている。
噛めば噛むほど旨味が広がり、ご飯があれば一緒にがっつきたくなる。
クセもそれほど強くはなく、臭みも一切無い。
この味によく似た肉と言えば羊か?
北海道のジンギスカンを食べているような気分だ。
「これは何の肉だ?」
僕は近くを通る給仕に話しかける。
「え……。そ、それは……」
笑顔だった給仕の顔が急に曇りだす。
彼女は、僕から露骨に目をそらした。
明らかに動揺しているのがわかる。そこまで動揺するこの肉は何だ?
「ごめんなさい。この肉のことは言えないんです」
言えない肉?
企業秘密か何かか?それとも何か言いにくい理由があるのか?
「まぁまぁ、旦那旨いってことでいいじゃねぇか。お嬢さん、エールのおかわりだ」
セリナはそう言って、自分のグラスを差し出す。
給仕はグラスを受け取ると逃げるようにその場を離れた。
「ここの肉については、誰が聞いても答えてくれねぇんだ。以前同じように聞いた貴族がいたけど、結局教えてもらえなかったな」
貴族にも教えない!?よっぽどこだわりがあるのだろうか?
「で、旦那たち。準備は整ったのかい?」
セリナは肉を頬張りながら質問する。
「ああ、僕たちは新しい武器や道具を仕入れ…」
「セリナ、わたし狩人になったのよ!」
僕が言い終わらないうちに、ミトラが話に割って入る。
ミトラのコップもいつの間にか空っぽだ。
口元にタレの跡がついている。
「ほう、すごいじゃないか。早速行ってきたんだな」
「へへへ」
アインツもエールをグイッと飲み干し、新たなエールを注文した。
僕は野菜も食べてみる。
野菜自体の甘味と肉から流れでる肉汁のコク、タレの辛味など様々な味が混ざりあってより旨味を増しているようだ。
もちろん、この料理は冷えたエールにピッタリだ。
あっという間にエールを飲み干し、新たにエールを注文する。
まるで冒険に向かうのが嘘のように、僕たちは食べ、飲み、笑い続けた。
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