3店目「異世界風男の麺料理 後編」
ギルド長の部屋を出た僕は、受付カウンターのエリーの元へ。
すでに彼女はギルドカードを用意していたらしく、顔を見るとすぐにギルドカードを渡してくれた。
「再発行するには審査が必要になるので、必ず無くさないようにしてください」
彼女はそう念押しした。
ギルドカードは1㎝程の厚みがあり、見た目以上に重みがある。
中央部に「G」と大きく書かれており、これが今のランクだという。
これでギルドの依頼を受けることが出来る。
GランクではGランクの依頼の他に、、1つ上のEランクの依頼まで受けることが出来るらしい。
「じゃあ、ミツル君行こうか」
いつの間にかギルド長が僕の後ろにいた。
一瞬で背後を取られたにもかかわらず、全く気配すら感じなかった。
「えっ?ギルド長、ちょっと」
ギルド長の突如の外出に驚くギルドスタッフたち。
彼は後ろを振り返らず腕を上げて合図をした後、そのまま僕を連れて冒険者ギルドを後にした。
ギルド長の歩くスピードは早い。
僕は遅れないようについて行くのがやっとだ。
身長は僕と同じくらいだが、筋骨隆々の体格のため僕よりもはるかに大きく見える。
「ミツル君は麺料理好き?」
「えっ、好きですけど」
突然話を振られてビックリする僕に、ギルド長は続ける。
「俺は元の世界でラーメン好きだったんだけど、この世界には無くてね。今から行く店のマスターに話したら、似たものを作ってくれるようになったんだ」
そうすると、今から行くお店はラーメン店か?
「でも、ラーメンじゃないから。びっくりするぞ」
ラーメンを作ったのじゃないの?
びっくりするって…
大通りには沢山のお店が立ち並んでいる。
食料品店を始め、雑貨屋、衣料品店、武具防具屋、薬屋など様々だ。
中世ヨーロッパだった主流のレンガ造りの可愛らしい店ばかりだが、お店の前に売っているものが一目でわかるようなモニュメントが置かれている。
また、屋台も多く出店しており、美味しそうな串を片手に食べ歩いている人も多い。
そのため、大阪道頓堀のような気楽さも感じ親しみが湧く。
ギルド長は大通りを抜け、路地裏へと向かう。
路地裏は賑やかな雰囲気とは一変。
道幅が急に狭くなり、薄暗く怪しげな雰囲気が漂う。
一体どこに連れていかれるのだろう?
僕は少し不安になってきた。
「ミツル君、この店だ」
ギルド長が立ち止まった先には、お世辞にも綺麗とは言えないお店があった。
壁のレンガはところどころ崩れ、崩れた所から雑草が生い茂っている。
一見すると廃墟のようだが、看板が立てかけてあるところを見ると営業はしているのだろう。
お店の中に入ると店内は意外と小奇麗で、お店の外で感じた廃墟感は無い。
座席はテーブル席が2つとカウンター席というシンプルな造りだ。
オープンキッチン形式で、カウンターから主人が料理を作っているところが見える。
主人は目もとを覗いて、顔中髭に囲まれた小柄の男性。
ギルド長よりもがっしりとした体格で、腕の太さは女性のウエストほどもある。
僕たちの他に客は1組ほど。
時計を見ると15時を指している。すでにピークの時間は過ぎているのだろう。
ギルド長とともにカウンター席に座ると、彼は「いつもの2つ」と主人に注文した。
「いつもの」と言えるほどギルド長は常連なのだろう。
店主はギルド長を方をちらりと見て、声も出さずに頷き、黙々と用意をし始めた。
確かに「男の料理」っぽい。
それほど主人は仕事に集中しているのだろう。
これは期待できそうだ。
オープンキッチンは僕が好きな形式のお店だ。
料理人が用意した材料と調理法を見て、待っている間に作られる味を想像する。
主人は鍋に火を灯し、ぐつぐつスープを温め始めた。
麺のような物を取り出し、別の鍋にぽいっと放り込む。
確かに作り方もラーメンとよく似ている。
最後に麺とスープを合わせるのだろう。
一体何の出汁を取っているのだろう?
僕は調理場を覗き込んだ。
仕込みの最中でもあったのだろう。
見たこともない食材が無造作に置かれていた。
あれは……イソギンチャク?
大きさこそ何十倍もあるが、置かれているものは海の生物イソギンチャクに瓜二つだ。
恐らくイソギンチャクで出汁を取るのだろう。
もしくは具材として入れるのだろうか?
イソギンチャクは福岡の一部の地域では有名な郷土料理だ。
まさか異世界で日本の郷土料理が味わえるとは。
「あれは、具材や出汁じゃないぞ」
ギルド長が僕の心を察して一言。
「もちろん他の料理に使うやつじゃない。今から出る料理に確実に使われているんだ」
「……?」
トン。
主人は無言で丼鉢を僕の目の前に置いた。
どうやら完成していたらしい。
イソギンチャクに心を奪われ過ぎていて、完成のタイミングを見逃してしまった。
ふわっと強烈な磯の香りが僕の鼻を突き抜ける。
食べずともわかる魚介の風味が、僕の食欲を刺激するのだ。
ズズッ
隣ではギルド長が、早速麺をすすっている。
箸もレンゲも用意されている。
これもギルド長がリクエストしたのだろう。
この食べ方を知る人は、異世界人しかいないに違いない。
スープは白っぽく濁っている。
ただ豚骨のスープほど真っ白では無く、透明に薄く白色を足したような感じ。
レンゲで救ってみると、スープには少しとろみがある。
スープの温度もしっかりと熱してあるためか、湯気が立ちのぼっている。
さっそくスープを口に運んでみた。
う、うまい!
最初に磯の香りが口中に広がり、続いて貝の風味が広がる。
あさりでもハマグリでもない。
異世界独自の貝の味なんだろう。
二種類、いや三種類は貝の出汁をブレンドしてある。
もちろん、貝の味だけではない。
干し海老のような香ばしさと、発酵した調味料を使ったような独特の旨味が内包されている。
麺を引き立てるどころか、これだけでスープとして成立している。
ただ、旨すぎる。
よっぽど強い味わいの麺でないと、このスープには太刀打ち出来ないだろう。
この麺料理には具材がない。
麺とスープだけなのだ。
よっぽど主人は麺に自信があるに違いない。
食べてみろ。
店主の気迫が伝わってくる。
これこそがギルド長が言っていた「男の麺料理」たる所以なのだろう。
この潔さは冒険者に通じるものを感じる。
御託はいい。
さっそく麺を食べてみよう。
麺は中細の縮れ麺のようだ。
麺の色は透明で、ぷつぷつと何か小さいものが麺に付着している。
腰も強そうだ。
僕は麺を箸ですくい、そのまま豪快に口にかきこんだ。
ズルズルズル…
……!
………!!
何だこれは!
この旨さは半端ない!
麺の中からスープ以上の磯の香りが口に溢れるのだ。
やや固めの麺を噛み切ると、麺の中から濃厚なジュースが溢れてくる。
まるで焼き牡蠣を食べているかの如く、ジュワっと濃厚な海のエキスが噛む度に押し寄せてくる。
これは小麦で作った麺じゃない。
このエキスは出汁を擦った旨味ではない。
麺そのものから溢れ出してくるのだ。
「そう、これはイソギンチャク、こちらではジャイアントアネモニーから作った麺なんだ」
ギルド長が僕を見て、得意気に答える。
どうやらイソギンチャクは麺に使われているらしい。
でも一体どうやって?
「この麺はジャイアントアネモニーの触手を乾燥させたものだ。日本のイソギンチャクと違ってこっちのイソギンチャクは大きいからな。触手だけでもかなりの大きさがある」
っていうか、そこから麺料理を思いつくなんて。
ギルド長は一体何者?
「もちろん、主人とともに何度も試行錯誤を繰り返したさ。その結果この味にたどり着いた」
執念。
ギルド長、本当は日本に帰りたかったんじゃ?
それにしても旨い。
この味は日本では到底食べることができない。
そうか、ギルド長はこの料理を広めてもらおうと僕を連れて来たんだ。
確かにこの味は異世界でも受けるかもしれない。
利用されるのは癪だが、旨いお店を知ることができた。
料金もわずか五銅貨。
これなら流行ることは間違いないだろう。
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