3店目「異世界風男の麺料理 前編」
エルフの食堂での食事を終えた僕は、ミトラと別れ、ギルドカードを受け取るために冒険ギルドへと向かった。
もちろん行き方は覚えてなかったが、ここで活躍するのがスマホアプリ【ブーブルマップ】。
現在地から冒険者ギルドまでの行き方を瞬時に教えてくれ、リアルタイムに道順を示してくれるのだ。
道中、街の人たちが僕を指さしヒソヒソ話をしているが、気にしない。
トラ顔マスク、スーツ姿。
この恰好はどうやら変えることは出来ないらしい。
ブーブルマップのおかげで、僕は一切迷うことなく冒険者ギルドに到着した。
ギルドの扉を開けると、屈強そうな戦士たちが一斉に空いたドアの方を見る。
相変わらず薄暗いギルド内、ギルドのカウンターで話をしているもの、ギルドの酒場で談笑している者、自分の武器を磨いている単身の者など様々だ。
彼らは仲間たちと話している間も、完全に警戒を解いていないようだ。
ピリピリとした緊張感が僕にも伝わってくる。
これが冒険者だ。
命を懸ける彼らは、いかなる時も集中力を研ぎ澄ましているのだろう。
しかし、そんな彼らの表情は僕の顔を見ると一変した。
顔に笑顔を浮かべながら僕の方を見ているのだ。
「よぉ、トラ顔紳士!昨日はすごかったな」
一人の戦士風の男が僕に声をかけた。
顔に大きな十字傷を持つ2mほどの大男。
僕の体程もある大きな盾と、傷だらけの鎧を装備している。
「おーい、トラ顔紳士?聞こえてるか?」
トラ顔紳士は昨晩つけられた二つ名らしい。
通常は戦場で功績を残した者に敬意を表して名づけられる通り名なのだが、どうやら僕は昨日ギルド酒場で不名誉な功績を残したようだ。
「ああ、すまない。君の名前は?」
「おいおい、昨日あれだけ飲んだ仲じゃねえか。俺はガイルだ。タンクのガイルと言えば、ちょっとは知れた名前だ」
ごめんなさい。まったく覚えてません。
一体僕は何をしたんだ。
聞くのが怖い……。
「今日はギルドに何をしに来たんだ?」
「今日はギルドカードを受け取りに来たんだ。どこでもらえばいいんだ?」
「ああ、じゃあ一番奥のカウンターだな。旦那も冒険者の仲間入りだな。困ったことがあれば頼ってくれよな」
ガイルは一番奥のギルドを指さすと、仲間たちの方へ戻っていった。
ギルド奥のカウンターは昨日登録した左端のカウンターだ。
昨日対応してくれたエリーさんと目が合うと、ニコッと笑顔を返してくれる。
「こんにちは、ギルドカードを受け取りに来たのですが」
「トラが・・・ミツルさんこんにちは!昨日はびっくりしました」
エリーさん、トラ顔紳士って言おうとしたでしょ。
えーっと、一体僕何をしたの?
「ギルドカードをお渡しする前に、ギルド長からお話があるそうです」
はっ?
僕、怒られるようなことした?
やばい、全く覚えてない。
「ギルド長は奥でお待ちです。一緒に来てもらえますか?」
彼女はカウンターから出ると、奥の通路に向かって歩き出した。
僕はその後をドキドキしながらついて行った。
ギルド長の部屋は廊下の突き当りにある。
木製の分厚い扉は、アンティーク調で木目がぎっしり詰まっているようだ。
トントン
「エリーです。ミツル様をお連れしました」
エリーがドアをノックすると、部屋の中から男の声が聞こえる。
「おう、下がっていいぞ」
エリーはドア越しに一礼すると、後ろを振り返りそのまま歩き去ってしまった。
えっ、僕放置?
部屋に入っていいものか迷っていると、再度男の声が聞こえてきた。
「ミツル君、入りたまえ」
ギギーッ
恐る恐るドアを開けて中に入ると、ソファーに一人の男が座っていた。
40歳くらいだろうか、日に焼けた浅黒い顔にはいくつも大きな傷跡が見えている。
がっしりした体格であるが、身長は僕ぐらい。
だいたい170㎝ほどであろうか。
白髪交じりの黒髪は、この世界では珍しい。
眼光は鋭く、いかにも歴戦の戦士という雰囲気を持っている。
「初めまして、ミツル君。俺はこの冒険者ギルドの長、シンジ・ムラカミだ」
……え!?日本名?
「そう、俺もまた転移者なんだ」
……!!
「君はどうやら最近ここに来たようだな。アイツに連れて来られたんだろ?理不尽なやつだからな」
「アイツって、あの自称神様のこと?ギルド長も連れて来られたのですか?」
「俺が連れて来られたのは20年前、もうすっかりおっさんになってしまったわ」
えっ、20年って。元の世界に戻してもらえないの?
「アイツの提示したクエストはクリアできなかったのですか?」
「いや、クエストはクリアしたぞ。その時元の世界に戻るか、この世界に留まるかを聞かれて結局この世界に残ることを選んだんだ」
取りあえず約束は守ってくれるらしい。
ただ、なぜこの人は帰らなかったのだろう?
「クエスト終了までに時間がかかってしまってね。その頃にはここで妻や子供が出来てしまっていたんだ」
なるほど。それなら納得だ。
「アイツは本当に神様なんですか?どうもうさん臭くて」
「ハハハ、確かに神様らしいぞ。アイツを奉る神殿もこの世界には存在する」
あのチャラい神様を奉る……?
何の冗談だ。
「とにかく、アイツはゴールド免許の者を選んで転生させるらしい。理由はわからんがね。ゴールド免許を持っている者を見かけたら、俺のところへ連れて来るというのが最近の習わしだ」
「一体どうして?」
「多分、信頼できると思っているんじゃないのか?俺にはアイツの考えはわからんがな」
アイツならあまり何も考えてなさそうだ。
「アイツは転移時にスキルはくれない代わりに、所持品をマジックアイテム化するようだ。で、その装備は全てマジックアイテムなんだろ?やけに個性的な恰好をしているが君は何をしていたんだ?」
やばい、変態に思われてる?
このマスクはアイツに無理やり渡されたものなのに。
僕はこれまでのいきさつをギルド長に話した。
ギルド長は相槌すら入れず、僕の話を黙って聞いていた。
「そうか、君は異世界食堂の食レポがノルマになっているんだな。なかなか楽しそうなクエストじゃないか」
いや、食べることは好きだけど、そのために見知らぬ世界に放置って。
「いや、意外と大変そうなんです。情報も全く無いですし」
「それはそうなんだろうけどな。あっ、俺の行きつけの店に行ってみないか?食レポに丁度良さそうなのお店なんだが」
「ありがとうございます。是非連れて行って欲しいです。ちなみに何のお店ですか?」
ギルド長は僕の顔を見てニヤッと笑う。
「男の麺料理の店だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます