第六章 城塞都市レイテス

32. レイテス到着

 私たちは兵士たちを置き去りに昼夜を問わず走り続けることで、翌日の昼過ぎにレイテスへと到着した。

 エリンシア様もいることから、私たちは緊急用の通路よりレイテスの中へと入りレイテス中心部にあるお城を目指す。


 レイテスは堅牢な街壁を持つ城塞都市で、元は本当に城だったらしい。

 それが長年の間に王家が別の場所へと遷都し、レイテスの街のみが残ったそうだ。

 しかし、城だった頃の機能はすべて健在で、豊富な防衛兵器と幾層にもおよぶ街壁が街を守っている。

 一番外の街壁と二番目の街壁の間は兵士たちの訓練場でなにもない見晴らしのいい地形に川が流れていたからね。

 あそこを越えるのは苦労しそうだ。


 私たちはレイテス城に着くとエリンシア様とファムさんを降ろし、そのまま城の駐車場へと案内してもらった。

 丸一日以上運転し続けて疲れもたまっていたし、緊張していたせいで汗もかいて気持ち悪い。

 この日はシャワーを浴びて早々に休ませてもらうことにしたのだ。

 報酬などの話はまた明日にということでね。


 そして、翌朝、日がかなり昇ってから目を覚ます。

 相当疲れていたみたい。

 朝食はサクラちゃんが用意してくれていたので、それを食べる。

 みんなはすでに起きていて私が起きてくるのを待っていたみたいだ。


「ミリア、よく眠れた?」


「うん。リコイルちゃんは大丈夫だった?」


「私は冒険者だから。多少の徹夜は平気」


 うーん、やっぱりリコイルちゃんの年齢ってどれくらいなんだろう?

 金の冒険者になるにも相当な実力と実績がいるはずだし。

 今度聞いて……いや、やめておこう。


「エリンシア様から連絡があった。ミリアが起きて身支度が調ったら城に来てほしいって」


「わかった。待たせちゃっているのかな?」


「ミリアが起きるまではいろいろと政務があるみたいだし、いいんじゃない?」


 いいんじゃない、って軽く言ってくれるけど、お貴族様を待たせるなんて私には無理だよ。

 ともかく、朝食をすぐに食べてしまい、シャワーを浴びて身だしなみを整えたら、エリンシア様の元へ向かった。

 一緒に行くのはリコイルちゃんとサクラちゃん。

 グリッド君は留守番だ。


 城の正面入り口に着くと、恭しく出迎えられ城の奥へと案内される。

 かなり奥の方にある執務室が普段エリンシア様の使う執務室らしい。

 やっぱり城の持ち主って違うね。


 そして、その城の奥にある豪華な扉の前へ着くと、案内をしてくれていた兵士がその扉をノックした。

 どうやらここが目的地のようだ。


「エリンシア様。ミリア様以下2名をお連れしました」


「わかりました。入ってもらってください」


「許可が出ました。お入りください」


 私たちは開かれたドアの奥に入る。

 そこには机に向かって腰掛けているエリンシア様と横に立っているファムさん、それからもうひとり、初老の男の人がいる。

 男の人はなんだか神経質そう。

 ちょっと苦手なタイプだな。


「ようこそ、レイテス城へ。昨日はお疲れでしたよね? 夜を徹して走っていただき申し訳ありません」


 エリンシア様が軽く頭を下げて謝ってくれる。

 それを、初老の男の人は怒鳴って止めようとしていた。


「エリンシア様! 貴族たる者、一平民に頭を下げる必要などありません!」


「なぜですか、メルド。命まで救っていただいたのに頭のひとつも下げられないとは、それほど貴族というのは傲慢なものなのですか?」


「それは……しかしながら、今回はそのコンロンとかいう車の力によって脱出できたというものです。それならば、その車を接収して今後は我が家の物とすればよろしい」


 この人、本気で言っているんだろうか。

 本気で言ってるんだろうなぁ。

 なんだか、そんな気がする。


「メルド、私をそこまで無礼者にしたいのですか?」


「我が家の繁栄のためなら致し方ありませんな」


「……もういいです。メルド、あなたはこの部屋を出ていきなさい」


「しかし、エリンシア様!」


「出ていきなさいと言ったでしょう」


「……かしこまりました。今回の件はご当主様に報告させていただきます」


「好きになさい」


 あのメルドとか呼ばれていた男は、私たちを一睨みするとすぐに部屋を出ていった。

 本当に嫌な感じの男だなぁ。


「申し訳ありません。メルドはいつもああいう感じで」


「いいんですか、かなり勝手に動いているようですけど」


「仕方がありません。あの男は姉から命じられてやってきた、いわば監視役ですので」


 エリンシア様が沈痛な面持ちで教えてくれるけど、そこまで姉妹仲が悪いのか。

 ちょっと予想外だったな。


「それで、今回の報酬の件ですが、まず、予定通り金貨600枚と私の命を救ってくれたことに対する謝礼金貨300枚でいかがでしょう?」


「合計金貨900枚!?」


「あら、足りませんでしたか?」


「い、いえ! 多すぎるくらいです!」


 本当に心臓が飛び出すかと思った。

 金貨900枚ってどれだけの儲けなんだろう?

 ワリブディスでの仕入れにもかなりの額を使ったけど、それでも金貨100枚分も使ってないはずだし、すごい利益だ。

 それに金貨900枚をポンと支払えるエリンシア様もすごいな。


「では、報酬は金貨900枚といたしましょう。ファム、用意を」


「はい。それでは失礼いたします」


 ファムさんは一度お辞儀をすると部屋を出ていった。

 これから金貨の準備をするらしい。

 私たちとエリンシア様の4人だけになっちゃったけど、いいのかな?


「はあ、ようやく貴族の仮面を剥がせるわ」


「エリンシア様?」


「ああ、楽にしてちょうだい。まったく、メルドはうるさいし、ファムも客や部下の前ではしゃんとしろと言うし」


 エリンシア様が急にフレンドリーになった。

 どうやらこちらの方が素の表情らしい。

 だけど、普段は取り繕っているようだね。


「ねえ、今回の報酬は金貨900枚だけど、食材ってどれくらい余っているの?」


 エリンシア様が唐突にコンロンの在庫を聞いてくる。

 在庫をエリンシア様が買い取ろうとしているのかと聞くと、そうではないらしい。

 在庫を使って露店を出してほしいという交渉だ。


「いまのレイテスって活気がいまいちらしいのよ。どうにも私が視察にでている間、メルドが好き勝手にやっていたみたいでね。姉さんの有利になるような取り決めばかり行い、街からお金を搾り取ろうと画策していたみたい」


「それって、いいんですか?」


「いいわけないじゃない。証拠を集め終わったらメルドは処刑するわ」


 処刑……。

 やっぱりエリンシア様も貴族的な考えの持ち主だ。


「それに、そのほかにもなにかやっていたようなのよね」


「そのほかにも?」


「うーん、証拠がまだ揃っていないから話せないのよ。ごめんね」


 やっぱりお貴族様の世界って怖い。

 あまり近づきたくないね。


 そのあと、しばらく当たり障りのない話をしていると、ファムさんが戻ってきた。

 ファムさんが入室すると同時に貴族の仮面をかぶれるエリンシア様はすごい。

 そのファムさんはお金を持ってきていて私たちに数えるよう指示してきた。

 ああ、普通はお金って目の前で計算するものね。

 金貨900枚って目が痛くなりそうだけど。


「金貨900枚、確かにありました」


 金貨1枚1枚を秤に乗せて重さも調べ、数時間かけようやく数え終わった。

 大商いってこんなに時間がかかるものなのか。


「お疲れ様でした。このあと昼食のご用意をいたしますので、控え室にて少々お待ちください」


「はい、わかりました」


 どうやら昼食も一緒に食べるらしい。

 グリッド君も呼びに行こうかとしたけど、すでにファムさんが使いを出して呼びに行っているそうだ。

 それなら、私は疲れたし控え室とやらで待つとしよう。


 控え室に移動し、お茶も用意してもらったら一気に力が抜けた。

 ああ、緊張した。


「ミリア、本当にこの街で露店をしていくの?」


「え、どうしたの、リコイルちゃん?」


 お茶を飲んでいると、真剣なまなざしでリコイルちゃんが私に問いかけてくる。

 一体どうしたのだろうか?


「この街は政争のまっただ中にある。こんな危険な場所からはすぐに出ていった方がいい」


「ああ、なるほど。そういうことか」


 確かに、この街は権力闘争のまっただ中にある。

 だからといってすぐさま逃げ出すのもなんだか違うんだよね。

 街の人たちには関係ないことだし。


「やっぱり、街の人たちには権力闘争とか関係ないと思うのよね。せめて在庫がなくなるまでの間は露店をしてもいいと思うな」


「ミリア、考えが甘い」


「ごめんね、リコイルちゃん」


「まあ、仕方がない。この街では私も昼間から護衛する」


「ありがとう、リコイルちゃん」


 部屋の中に和やかな空気が広がる。

 だが、それを打ち破ったのはドアを乱暴にバタンと開ける音だった。


「小娘! エリンシアから渡された金貨をすべて返してもらおうか!」


 ちょっと、一体なんの騒ぎ!?

 なんだって言うのよ!

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