29. 初日の昼食

 ワリブディスを出発したわけだけど、一行の進行速度は遅い。

 歩兵もいるのだから当然である。

 なので、コンロンが付いていくのは余裕なんだけど、付いていきながら料理も同時にこなさなくてはいけない。

 つまり、私は運転席にいられないのだ。


 じゃあ、どうするかというと、グリッド君にお願いした。

 調理の手伝いはサクラちゃんだけでもなんとかなるし、リコイルちゃんにはいざという時の備えとしていてもらわなくちゃいけない。

 消去法だけど、グリッド君になるわけだ。

 運転自体は、コンロンの自動運転でも大丈夫だからなんとかなるだろう。


 運転のことはグリッド君に任せ、私とサクラちゃんは昼食の調理を始める。

 なにせ150人分だ、仕込みにもかなり時間がいる。

 それに材料をどの程度使うかも計算しなくちゃいけない。

 レイテスまで大きな街には寄らないらしいし、そこも怪しまれないように気を付けねば。


「マスター、今日はなにを作るんですか?」


「そうだね。クリームシチューからいってみようか」


「はーい! クリームシチュー大好き!」


 サクラちゃんが満面の笑みを浮かべる。

 サクラちゃんはクリームシチューが好物なのだ。

 ついでに言えば、クリームシチューで煮たロールキャベツはもっと好きである。


 少し話が逸れた。

 150人分となると、とにかく大量に用意する必要がある。

 ワリブディスでも大量に食事を提供していたが、それは途中で作り足しをしていたからであって一度に来るお客様には対応できていない。

 だけど、今回は150人が一度に来ることを想定しなくちゃいけないのだ。

 とにかくたくさん作らないと。


 鍋に油を入れて温め、野菜と肉を炒めて水を入れて煮込む。

 そして、クリームシチューのルーと乳を適量入れればクリームシチューの完成だ。

 鍋ひとつを作るのに30分もかかってはいない。

 ただ、鍋ひとつで対応できるのは10人くらいだろう。


 そうなると、鍋15杯分用意しなくちゃいけないわけで、途中で足せないことを考えると鍋を15個用意しなくてはいけないのだ。

 一度に調理できる鍋は6つなので、最低3回はこなさなくちゃいけない。

 忙しい。


「マスター、次の鍋のお肉とお野菜用意できたよ!」


「わかった! もう少しでこっちの鍋が仕込み終わるから、それが終わったら鍋を交換するよ!」


「はーい!」


 うーん、忙しい。

 目が回るほどの忙しさだ。

 これはハヤシライスを用意する場合、前日から仕込まないとだめだね。


 とにかく忙しかった仕込み時間をなんとか乗り切り、私たちも一休みしていると部隊の行進が止まった。

 どうやらここで食事休憩にするらしい。

 私たちも気が抜けないね!


「はい。本日の昼食、クリームシチューです。付け合わせのパンにシチューを染みこませて食べても美味しいですよ」


「それは楽しみだ。そうさせてもらうよ」


「はい。次の方、どうぞ」


 150人が休憩を取ると言っても全員が同時に休憩となるわけではない。

 いざという時に備えて警備の兵は残っているし、彼らはあとから食べに来る。

 彼らの分も考慮して配膳しないといけないわけだ。

 盛り付ける量にも気を遣わなければいけない。

 普段よりも本当に大変だ。


「ミリアさん。エリンシア様への料理を持っていきたいのですが、よろしいでしょうか?」


「あ、はい。少々お待ちください」


 私はひとり用の鍋をとりだし温める。

 エリンシア様用には特別なクリームシチューを用意しておいたのだ。


 あと、付け合わせのデザートも。


「はい。こちらがエリンシア様用のクリームシチューになります」


「……鍋を分けていた理由は?」


「具材に鶏肉を加えたんですよ。さすがに兵士の皆さんの分まではご用意できなかったので」


「なるほど。それで、そちらは?」


「食後のデザートとなります。ごゆっくり召し上がってもらってください」


「わかりました。それでは、配膳していただけますか?」


 あ、配膳も私がしなくちゃいけないのか。

 それじゃあ、コンロンの方はサクラちゃんたちに任せて私はエリンシア様のところに向かおう。


 エリンシア様は兵士たちの真ん中に馬車を止めて休んでいらっしゃった。

 それが一番安全だものね。

 それじゃあ、警備の兵士に頼んで中に入れてもらおう。


「こんにちは。エリンシア様の食事を配膳に来ました」


「なに? ……ファム様、本当ですか?」


「はい。通していただけますか?」


「かしこまりました。お通りください」


「ありがとう。では、参りましょう」


 やっぱりファムさんって偉い人なんだ。

 兵士にも命令できる立場なんだね。


 そのファムさんが馬車の中に話しかけ、許可が下りてドアが開いたら、私たちは馬車の中に入る。

 馬車の中はふかふかの椅子が対面に向かって配置されていた。

 その一角にエリンシア様がいる。

 なんとなく憂鬱そう。


「エリンシア様、大丈夫ですか?」


「え、ええ、大丈夫よ。ちょっと前まで眠っていたから……」


 あ、まだ寝ぼけているだけなんだ。


 私は馬車の中で鍋からクリームシチューをお皿によそい、毒見係でもあるファムさんに渡す。

 ファムさんは一口食べ問題ないことを確認すると、また別の人へ。

 三人毒見が終わったあと、ようやくエリンシア様のもとへお皿が届いた。

 偉い人というのも大変だ。


「ふう、温かい食事という物はいいものね。普段はどうしても毒見の間に冷めちゃうから」


「毒見が終わったあと再加熱できるような物を作りますか?」


「その必要はないわ。そうすると、加熱し終わったときにまた毒見が始まるもの」


 うわぁ、偉い人って本当に大変だ。

 エリンシア様はスプーンでクリームシチューをすくい、口へと運ぶ。

 そして、嬉しそうな表情を見せた。

 うん、よかった!


「やっぱりコンロンの料理は美味しいわ。でも、150人分を14日間補給なしで移動する分の食材を用意するのは大変じゃなかった?」


「それなりには。ワリブディスのお店にあった物を買えるだけ買い占めてきましたから」


「それはワリブディスの民に悪いことをしてしまったかもしれないわね」


 エリンシア様はクスリと笑う。

 確かに悪いことをしたかもしれないなぁ。

 特にカレーを作っているお店には。

 カレーに必要な食材はほとんど買い占めてきてしまった。

 なにか別の食材で代用できていますように。


「それにしても、今日の料理はいままでと違うわね。お野菜もいままで以上に味が濃い、というか、甘い?」


「今回は特別な野菜も使っていますので。さすがに量がないのでエリンシア様の専用になります」


「なんだか兵のみんなには悪いわね」


「ちょっと兵士の皆さんの分までは用意できませんでしたから……」


 エリンシア様の料理にはコンロンの食材販売機の野菜を使っている。

 コンロンの野菜は味がいいからだ。

 また、少しだが能力も向上する。

 気休め程度とはいえ、なにかの役に立つかもしれない。


 エリンシア様は持ってきたクリームシチューをペロリと平らげた。

 付け合わせのパンだってふたつとも食べたんだから健啖家だ。

 今回はさらに追い打ちがあるんだけど大丈夫だろうか?


「そういえば、ミリアさんの持ってきたその袋はなに?」


 エリンシア様が不思議そうな顔をして聞いてきた。

 ああ、説明を忘れていたね。


「これは今日のデザートです」


「デザート! クレープかしら?」


「クレープではないですね。でも、甘くてほろ苦いお菓子ですよ」


 私は箱をファムさんに渡す。

 その中に入っているのはシュークリームだ。

 それもただのシュークリームではない。

 チョコクリーム仕様のシュークリームである。

 それを食べた毒見係の3人は味わったことのない感覚に目を白黒させていた。

 どうだ、これがコンロンの力だ!

 本当にコンロン頼みなんだけど。


「ねえ、どんな味なの!?」


「なんというか、甘いのですが、少しほろ苦い味を感じると言いますか。それによってさらに甘さが際立つと言いますか……」


「毒はないのよね! 早く食べさせて!」


「は、はい。どうぞ」


 毒見係からふんだくるようにエリンシア様がシュークリームを受け取った。

 そして、豪快に噛みつく。

 それは淑女として正しい行為なんだろうか?


 ともあれ、無事にチョコクリーム仕様のシュークリームはエリンシア様が口にした。

 これで毒殺は防げるだろう。


 コンロン印のチョコレートというお菓子には毒無効のスキルが付く効果がある。

 効果時間は約1日、つまり、毎日食べてもらえば、この旅の間だけでも毒殺される恐れはないわけだ。

 コンロンの話では定期的にスキルを更新していると、そのスキルが完全に身につくことがあるらしいし、それにも期待だ。


 なにはともあれ、これで初日のお昼は乗り切ったね。

 150人分の調理は結構しんどいなぁ。

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