24. カレー粉の作り方

 リコイルちゃんが帰ってきてしばらく、お店の運営も安定している。

 前回の一件で私たちが金の商人だとわかった上に、金の冒険者であるリコイルちゃんまで仲間に加わったのだ。

 暴力的な脅しでは意味をなさないと思い知ったのだろう。


 ちなみに、リコイルちゃんは朝狩りに出かけて夕方帰ってくるを繰り返しているため、基本的に昼間はいない。

 だけど、うかつに手を出せば金の冒険者が反撃してくることは、わかってくれているみたいだね。

 うん、暴力はよくない。


 そんな毎日を過ごし、ワリブディスでの営業も後半にさしかかろうかという頃、料理ギルドからお呼びがかかった。

 いわく、カレーのレシピを公開せよと。


「主様、どうなさるのですか?」


 グリッド君と一緒に対策会議をやっているけど、私は終始困り顔だ。

 美味く切り抜ける方法がわからない。


「うーん、料理ギルドからの呼び出しを無碍に断ることはできないし、カレールーを使っているとは言えないからなぁ」


「そうですね。素直にコンロンでのレシピを公開するわけにはいきません」


「なにかいい考えがあるの、グリッド君?」


「カレー粉の作り方を公開しましょう」


「カレー粉……あれか」


 カレー粉、それはカレールーの素材とされるもの、らしい。

 いろいろな香辛料を混ぜ合わせて作るカレー粉は、味も組み合わせる香辛料の量に応じて変わるらしい。

 それを持っていくのか。


 確かにあれなら『カレーの作り方』には間違いない。

 でも、納得してもらえるかな?


 だが、私のそんな心配はグリッド君の強気の一言で消し飛ばされてしまった。

 その場にリコイルちゃんも連れて行けと。

 無理な要望があればリコイルちゃんが黙っていないぞと。


 やり方がごろつきを使うことと余り差がないんだけど、仕方がないか。

 その作戦で行こう。


 私は料理ギルドに呼び出された指定日の前日、香辛料を買い漁った。

 レシピを見ながらの買い物だったけど、意外と揃う物である。

 ただ、結構な額になったけど。


 買い物中はリコイルちゃんが目を光らせてくれたおかげで、変な連中には出くわさなかった。

 ただ、私のことを監視しようとする連中がいたそうで、そいつらのことが気になるとのこと。

 一体誰だったんだろう。


 気にはなるけど、実害はなかったのでとりあえず考えないことにし、料理ギルドに向かう当日を迎えた。

 料理ギルドに行ったら、まずは待合室に通される。

 そこで待っていると、料理ギルドのギルドマスターとサブマスターと名乗る男たちがやってきた。

 こちらのことを薄ら笑いを浮かべながら見ている薄気味悪い連中だ。


「ようこそ、ミリアさん。本日はカレーのレシピ無償提供に賛同いただきありがとうございます」


 えっ!?

 レシピを無償提供!?

 そんな話聞いてない!


「おや、どうされましたか?」


「レシピの無償提供だなんて聞いていません!」


「おやおや、困りましたね。私どもはレシピを無償提供していただくためにお呼び立てしているのですよ?」


 痩せぎすのサブマスターがとりだしてきた書状には、確かに無償提供を行うと書いてあった。

 でも、それにサインした覚えはないし、サインもデタラメだ。


「ここにこうしてサインもあります。言い逃れは……」


「ふざけないで」


 ここでリコイルちゃんが前に出た。

 料理ギルドのギルドマスターとサブマスターはその迫力に押されている。


「そんな証文、商業ギルドで筆跡鑑定してもらえば、すぐに偽物だとわかる。そうなれば、料理ギルドには、多額の賠償金が命じられるはず。いいの?」


「いいもなにも、これは正式な書状でして」


「じゃあ、商業ギルドに行く。そっちが書状をすり替えないよう、こちらで預からせてもらう」


 リコイルちゃんは書状をひょいっと奪ってしまった。

 そして、厳重に封をしてなにかのスタンプを押す。


 聞くと、このスタンプは偽造防止のためのスタンプらしい。

 つまり、このスタンプが押された書状が本物だという証拠だ。

 これには料理ギルドのギルドマスターとサブマスターが、大焦りで考え直すように説得している。

 なにをそんなに慌てているんだろう?


「賠償金の額は行った悪事と犯罪者の資産で決まる。今回の場合、料理人の命であるレシピを奪おうとしたことが加味され、一大組織であるギルドが相手となると、金貨数千万枚になると思う」


 金貨数千万枚!?

 ちょっと規模が大きすぎてわからなくなってきた。


 リコイルちゃんの話では、それだけの賠償金をすぐに捻出できるはずもなく、数年かけての賠償支払いが普通だが、私たちは別の街に移動を繰り返す存在、一括で支払う必要があるとのこと。

 つまり、ギルドが無茶をしてでもお金をかき集めなくちゃいけないわけで。

 さすがにかわいそうだから手加減してあげよう。


「あの、リコイルちゃんはこう言っていますが、あの書状を引っ込める気はありますか?」


「引っ込める、とは?」


「レシピを無償提供するわけではなく買い取ってもらうことにするということです。それでなら私も提供する意思があります」


「そ、そうか! それならば買い取ろう! それで、いくらで買い取ってもらいたい?」


「そうですね、金貨2000枚程度でしょうか?」


 カレーライスの売り上げだけで毎日金貨2枚分以上の売上になっているのだ。

 それくらい求めてもバチはないだろう。


 普段の売上から考えてふっかけたんだけど、それでは高すぎるといちゃもんが付いた。

 まあ、高すぎるとは思うけど、そこは譲らない。

 結局、ギルド側が折れてカレーのレシピを金貨2000枚で買い取ることとなった。

 いい臨時収入!


 商談がまとまると、いよいよカレー粉作りの実習だ。

 相手は料理ギルドの教官たち。

 普通は立場が逆だけど、今日は私が講師だからね。


 でも、すぐに問題が起きた。

 計量スプーンの問題である。


「ミリア様は均一な計量スプーンをお使いのようですが、街の料理店はおろか私たちですら均一な計量スプーンは持っておりません。どういたしましょう?」


 どうするかか、これはちょっと困ったな。

 カレー粉の味はスパイスのわずかな分量さで決まる、らしい。

 計量スプーンが一定じゃないのは痛手だな。


「主様、計量スプーンでしたら計量カップも含め、一式すべて料理ギルドに収めてはいかがでしょう?」


 グリッド君が出してきた案はこうだ。

 私が計量スプーンと計量カップを一セット料理ギルドに提供する。

 料理ギルドはそれを元に、計量スプーンと計量カップを増産するということだ。

 まあ、それしかないか。


 グリッド君に頼んでコンロンから予備の計量スプーンとカップを持って来てもらう間に説明を再開する。


 私が買ってきた香辛料を一通り説明してそれらを少し粉末にする。

 粉末になった香辛料を計量スプーンで量り皿の上に並べていき、すべての計量が終わったら、香辛料をこがさないようにフライパンでじっくりと炒める。

 そして、香辛料の香りが立ってきたらカレー粉の完成だ。


 私の鮮やかな手つきを見て、これが普段のやり方だと疑う物はいないだろう。

 普段はカレールーで手早く作っているんだけど。


「これが、本当にあのカレーの素か?」


 講師のひとりからそんな疑問が出る。

 まあ当然だよね、こんな香辛料を合わせて炒めただけの物がカレーの大元だとは信じられないだろう。


 なので、私はこのカレー粉を使ってカレーを作ることにした。

 カレーといっても、いまは肉も野菜もないからカレールーだけの味気ない料理だ。

 油と小麦粉をこがさないように炒め、小麦色になったら火から下ろし濡れ布巾をフライパンの下に引いて温度を下げる。

 そこにカレー粉を混ぜればカレールーのできあがりである。


 はっきり言って、人数に対してルーが多すぎるし、野菜などから出汁が出たスープもない。

 それを断ってからカレールーを引き延ばした物を口にしてもらうと、本物のカレーだと信じてくれたようだ。


 そして、それほど多くない香辛料でそれなりの量のカレールーを作ることも認められた。

 これなら、銀貨1枚という値段も納得してもらえたみたい。


「しかし、そうなると、あのライスという穀物の仕入れ元が気になりますな」


 うっ!?

 ライスだけはコンロンの食材販売機でしか見かけたことがないから説明できない!

 と、考えていたんだけど、そちらは講師陣の間で話がついた。


 なんでも海の向こうからやってくる貿易商人の荷の中にライスに似た形状の穀物があるらしい。

 それは『ライス』という呼び名ではないが似たような性質を持つ物だろうと納得していた。

 深く聞かれなくて助かった!


 戻ってきたグリッド君が計量道具一式を渡し、レシピの提供報酬を受け取ったら、商業ギルドに寄ってお金を預けて今日は終了だ。

 なんだか、精神的にすごく疲れたよ……。

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