23. リコイルちゃんが帰ってきた

 ワリブディス営業6日目、今日も客足は順調だ。

 毎日金貨の単位で売上が出ているんだけど、本当に大丈夫なんだろうか?

 私としてはありがたいけど、ほかの店にも影響が出ていそう。


 少し気がかりになりつつも昼の営業を終え、お手伝いの冒険者たちに昼食をとらせて夜の仕込みである。

 そろそろ新メニューも考えたいところだが、なかなかいいメニューが思いつかない。

 レシピ集も探しているんだけど、短時間で量を作れてスムーズにお客様に料理を提供できるって意味ではカレーライスが最強に近いんだ。


 なにせ、事前にカレールーとライスを準備しておき、注文が入ったらライスを皿に盛ってカレールーをかけるだけなんだから。

 仕込みはともかく提供がこれほど楽な料理もないだろう。

 手抜きではないし。


 うーん、なにかいい料理はないかな?


「おうおう! なんだこんなところに店を出しやがって!」


 料理のレシピ集をいろいろ見ていたら表から怒鳴り声が聞こえてきた。

 一体なんの騒ぎだろう?

 私はコンロンの後部ドアから外に出てみる。


「グリッド君、なんの騒ぎ?」


「主様、どうやらごろつきどもが因縁を付けにやってきたようです」


「ごろつき……なんで、いまさら?」


「わかりません。ですが、被害が出る前に対処しないと」


 あ、そうだった!

 もうすぐクレープ販売の時間だからお客様が集まり始めているんだった!

 どうしよう!?


「主様はお客様をコンロン様のそばに集めてください。そして、コンロン様のシールドを使い立て籠もっていてください」


「わかった。グリッド君はどうするの?」


「僕は、彼らに用件を伺って参ります」


「ちょ!? 危ないよ!」


「大丈夫ですよ。では、よろしくお願いいたします」


 ああ、行っちゃった。

 ともかく、私はお客様の保護だね。

 頼んだよ、グリッド君!



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

□■□■グリッド



「お客様、当店に何用でしょう?」


 僕は頭の悪そうなごろつきどもに礼をとります。

 相手がごろつきとはいえ礼を失してはなりませんからね。


「ああん、なんだ、ガキ!」


「私はコンロンの従業員、グリッドと申します。ここで騒がれては迷惑ですので、お引き取りいただければ幸いなのですが」


「迷惑なのはこっちなんだよ! 俺たちの縄張りでこんな露店を出してくれてよ!」


 なるほど、僕たちの露店でダメージを受けている店から依頼を受けた連中というわけですか。

 人目がないなら捕まえて誰の差し金か絞り上げたいところですが、人目につくところで暴力を振るうわけにはいかないでしょう。

 さて、どうしたものか。


「とりあえず、用件はわかりました。ですが、僕たちも料理ギルドから正式に許可を受けて営業をしています。なにかご用件がありましたら料理ギルドまでお申し付けください」


「そんな理屈が通るかよ! ガキが!」


 ごろつきのひとりが僕に向かって殴りかかってきました。

 ですが、あまりにも無駄な動きが多く、鍛えられていない拳です。

 避けるのは楽ですが、反撃されたと言い訳されても面倒ですね。

 大きく飛び退くとしましょう。


「なっ!? ガキが、俺の拳をかわしただと!?」


「おーい、オッゾ。お前、遊んでんのか?」


「そんなガキ、さっさとシメちまえよ」


「お、おう。ガキ、今度こそ!」


 オッゾとかいうらしいごろつきは、再び殴りかかってきましたが、やはり遅い。

 僕は余裕を持ってかわします。

 それを何回か続けているうちにあちらの方が息切れを始め、膝に両手をつきゼーハー荒い呼吸を繰り返すようになりました。

 まったくもって訓練が足りていませんね。


「おい、オッゾ。遊びすぎじゃねえのか?」


「い、いや、遊んで、なんか、いねえ、よ。こいつ、速すぎ、だ」


「チッ、役に立たねえ。お前ら、取り囲んでボコっちまえ」


「は、はい!」


 逃げ回られたくないなら、逃げ場をなくせばいいと。

 最低限の頭は回るようです。


 しかし、困りましたね。

 大きく逃げ回れないとすると、相手の同士討ちでも狙ってみる?

 いや、この手の輩はそれでも大騒ぎしそうです。

 どうしたものか。


「ねえ。なにをしてるの」


 僕たちの間に割って入ったのは少女の軽やかな声。

 この声の主には覚えがあります。

 お早いお帰りですね。


「リコイル様、お戻りでしたか」


「うん。がんばった。それで、なにをしてるの?」


「こいつらがコンロンに因縁を付けに来たもので。僕が対処しています」


「ミリアたちは?」


「お客様たちと一緒にコンロン様のシールド内で立て籠もってもらっています」


「それならいい。お前ら、邪魔だから消えろ。私は早くコンロンでクレープが食べたい」


 リコイル様は相変わらずマイペースですね。

 でも、そんな調子でこいつらは大丈夫なのでしょうか?


「またガキが現れやがった。今日はなんて日だ」


「どうしますか、兄貴」


「まとめてシメとけ。俺たちに逆らうとどうなるか、子供だからといって容赦をする必要はない」


「はい!」


 逃げてはくれませんか。

 リコイル様は背中に身の丈よりも長い剣を背負っているのに無視するとは。

 でも、どうしたものか。


「さあ、行くぞ小僧!」


「いいんですが……あっちは放っておいても大丈夫なんですか?」


「あ? あんなチビガキに……」


「リコイル様は金の冒険者ですよ?」


「あ? あんなガキが金の冒険者?」


 僕の方で問答をしている間に、あちらは片が付いてしまったようです。

 全員、リコイル様に殴り飛ばされ、気絶していました。

 さすがですね。


「あ、あんなにあっさり……」


「それでは、僕の方も片付けるとしましょう」


「あ?」


 僕は呆然としているごろつきどもの腹を一発ずつ殴って失神させました。

 うん、弱い。


「チッ、テメエら、何者だ!」


 ごろつきどものまとめ役であろう『兄貴』というやつが、焦って僕たちのことを問いただしてきます。

 下っ端どもは全員倒されていますし、僕たちのことを聞き出して逃げ出す算段ですかね?


「僕は先ほども言いましたが、コンロン従業員のグリッドと申します」


「私はリコイル。金の冒険者」


「あ、僕も付け足します。金の商人です」


「金階級の冒険者に商人だと!? なんでそんな連中がこんなところで露店なんてしてる!?」


 うーん、ごもっともな指摘かもしれません。

 この身分証を作る時に説明された内容だと、露店を行う商人の階級は鉄が一般的で高くても銅止まりだとか。

 銀階級になれば普通は自分のお店を持ちますし、金階級ともなれば複数の店舗を経営するのもおかしくないとか。

 ……僕たちが露店で食事を提供しているのはおかしいですね。


「なぜと言われましても。僕たち『コンロン』は街の間を移動しながら露店を行う店だからです。金階級になっているのも、それだけの資金があるからなだけで、特別な意味があるわけではないのですよ。お互い、困ったことに」


「私はコンロンの料理が美味しいから食べに来ているだけ。それを邪魔するなら許さない」


「なんなんだ!? なんなんだよ、お前らぁ!?」


 その気持ち、わからなくもないです。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

□■□■ミリア



 グリッド君が取り囲まれたところにリコイルちゃんがやってきてごろつきどもを倒してしまった

 そのあと、ごろつきどもの親玉らしき人が武器を抜いたため騒ぎが大きくなり、衛兵まで駆けつけるほどの事態となってしまったよ。

 その時、グリッド君とリコイルちゃんも連れて行かれたけど、それほど時間がかからずに戻ってきた。

 いわく、身分証の力だと。


「こういうとき、高い階級の身分証があると楽。話も聞いてもらいやすくなるし、手続きも早くなる。今回は目撃者も多かったし」


「金の商人というのも効いたようですね。やはり、階級は高い方がいいみたいです」


「あはは……それで、リコイルちゃん。盗賊のアジトの件は終わったの?」


「衛兵を案内したから私の役目は終わり。一緒に作業をしていれば、追加のお宝が見つかったとき権利を主張できるけど、特にほしくなかったから帰ってきた」


 なるほど、冒険者の拘束時間を増やす代わりに報酬の上乗せもちらつかせるのか。

 よく考えられているなぁ。


「それより、私の専属護衛の件、考えてくれた?」


 専属護衛か。

 今回みたいなことがあったとき、やっぱり上級冒険者がバックに付いていてくれるっていうのは強みだよね。

 リコイルちゃんに聞いても食事と寝る場所の提供だけで構わないって言うし。


 よし、リコイルちゃんに専属護衛となってもらおう!

 これからよろしくね、リコイルちゃん!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る