15. 下級冒険者へのご褒美ご飯
2日目は特に何事もなく進むことができた。
ただ、夜になってリコイルちゃんがあることを言い出したのだ。
いわく、『コンロンにも下級冒険者向けの料理がほしい』と。
私はあえて下級冒険者が買うような料理を避けてきた。
理由は下級冒険者を相手にしているお店の儲けを奪いたくなかったからだ。
はっきり言って下級冒険者の懐事情はかなり悪い。
一日働いて銀貨2枚とかも平気でありうるし、もっと少ないときだってある。
私も下級冒険者だった頃は、鍵すらまともに付いていない危険な宿に泊まりたくない一心で毎日銀貨2枚は稼ぎ続けた。
そのうち銀貨1枚以上を宿代として支払い、残りで食事を食べる。
もちろん、すべてを食事代として使えるわけではない。
装備の調整に必要なお金を貯めておかなければいけないし、もし怪我や病気で動けなくなったときに備えて蓄えをしておく必要もある。
若い女冒険者が怪我や病気で宿を追い出され、そのまま娼婦になるなんてよくある話だ。
それらすべてに備えるとなると、一日に使える食事代は銅貨5枚でも多い方である。
その銅貨5枚だって一食ではなく一日の食事代だ。
私は朝に雑穀パン1個銅貨1枚、昼にも雑穀パン銅貨1枚、夜に薄いスープと黒パン銅貨3枚でしのいできた。
昼は野ウサギなどを狩ることができれば、その肉も付け足されるがそれでも空腹との戦いである。
そして、本当の問題だが、これらの下級冒険者向けの食事を提供しているお店は決して下級冒険者向けの食事で黒字が出ていないことだ。
いわば、下級冒険者向けの食事は一種の施しであり、将来への投資だと聞いた。
そのようにぎりぎりで営業しているお店のお客様を奪いたくない、というのが私の考えである。
「そう。でも、下級冒険者がいつもお腹を空かせていて栄養も足りていないことは、あなたも知っていると思う」
「う、それは……」
淡々としたリコイルちゃんの言葉に私はつい詰まってしまう。
私も元は下級冒険者だったからその辛さはよく知っているのだ。
だけど、どうしたものか。
「下級冒険者、鉄の冒険者以下のみを相手に、銅貨4枚程度のメニューを考えてくれればいい。できる限りボリュームがある物を」
できる限りボリュームがある物か……。
そうなると、ライス料理だろう。
どういうわけかわからないけど、コンロンの食材販売機の中でもライスだけは飛び抜けて安いのだ。
それなりに大きい袋が銀貨2枚で手に入る。
パンを買うと1個銅貨1枚なのだが、ライスはパンの数倍の量で銀貨2枚なのだ。
パンも上等な白パンなんだけど。
だが、ライス料理にしてもカレーライスにするとそれなりに料金を取らなくてはいけない。
カレーを作るのに肉や野菜を大量に使うのだ。
さすがに具材なしで提供するのも違うと思う。
どうすればいいのかな?
「困ったときのレシピ集頼みか……」
私は食材販売機の隣にしまってあったレシピ集をとってくる。
その中にはたくさんの料理が記されているが、どれも野菜や肉をふんだんに使う物ばかりで安く済ませられそうなものはない。
ワリブディスで安い野菜などを仕入れるにしても、やはりコストがかかるのだ。
多少の赤字は覚悟するとしても、あまりそこにお金をかけるべきではないだろう。
なにかいいものはないかな……。
「そうだ。食材販売機でレシピを追加購入できるんだった」
私は食材販売機まで戻り、レシピ集の一覧を見る。
そこでは『肉料理』、『魚料理』、『煮込み料理』など様々なジャンル別に分かれて追加販売しているようだ。
その中に……あった、『ライス料理』!
これを購入してと。
「うん、レシピが増えてる! それにしてもライス料理だけでこれだけ種類があるのか……」
増えたレシピを見ると、ライスを炊く前に炒める物やライスを炊くときの水をスープに替える物、ライスの上に肉や野菜などを乗せて食べる物など様々な種類が出てきた。
ライスの上に肉を乗せて食べるというのも豪快だが、それもまたタレがライスに染みこんで美味しいらしい。
でも、今回ほしいレシピはそれじゃない。
今回ほしいのは『短時間でぱっと作れて材料費も安い』料理なのだ。
そんな都合のいい料理……あったよ。
「これなら安く作れそう。作るのもすぐだし材料費もライス以外はほとんどかからない。よし、試しに作ってみよう」
私は食材販売機から『ミックスベジタブル』という野菜の細切れと卵を買う。
そのふたつを持ってキッチンまで移動してフライパンを熱し、食用油を温めてからミックスベジタブルを炒める。
ミックスベジタブルに色が付いたら、一度皿に移し、今度は溶いた卵を軽く熱してからライスを入れ、ライスと卵を混ざるように炒めて色が付いてきたらミックスベジタブルをこの中にいれ、さらに炒める。
炒め終わったら軽く塩を振りかけて全体に馴染ませれば完成だ。
「これが『チャーハン』。作るのに時間もかからないし材料費も銅貨2枚程度、ボリュームもある。あとは味だね」
私は熱々のチャーハンを一口頬張る。
ほんのりと塩味が広がる中、野菜の食感もあってなかなか美味しい。
さらに、一番大事なボリュームもたっぷりだ。
これならいけるかも!
「いい匂い。なにか作ったの?」
「あ、リコイルちゃん。丁度いいところに」
「それ、ライス? 炒めてあるの?」
「チャーハンって料理だよ。ライスと卵、それに細切れの野菜を炒めた物かな」
「それ、どれくらいの値段で提供できる?」
「うーん。元値で銅貨2枚くらいだから銅貨4枚くらいかな? 銅貨3枚で売ってもいいけど、それだと既存の料理店からお客様を奪っちゃうし」
私の説明を聞いたリコイルちゃんは、満足げに微笑んでくれた。
よし、これでよかったんだ。
「うん。それくらいなら、少しの贅沢として食べられる。ちなみに味は?」
「あまり濃くないかな。食べてみる?」
「食べてみたい。ちょうだい」
「わかった。熱いから気をつけて食べてね」
こうしてワリブディスで販売するメニューにチャーハンが加わった。
リコイルちゃんからも「薄味だけど、いける」と太鼓判を押してもらったし、これを下級冒険者専用として販売しよう。
私も下級冒険者だった頃は苦労したからなぁ。
下級冒険者には少し高めのお値段だけど、がんばった日は食べてもらいたいね。
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