12. シュメルクナー最後の営業日

「え、今日で営業終わり?」


 一昨日から毎日クレープを食べに来てくれていた女の子が切なそうな声をあげる。

 でも、私がこの街で取得した営業許可証は5日分なんだよなぁ。


「はい。そろそろ次の街に移ろうと思いまして」


「……お店をやめるわけではない?」


「ほかの街でまたお店は開く予定ですよ」


「わかった」


 女の子はクレープを食べ終わると今日の狩りへと出かけていった。

 あの子はリコイルと言って普段からひとりでモンスターの相手をしているらしい。

 特定の退治依頼を引き受けることはほとんどなく、常設依頼のモンスターや危険度の高い上位モンスターを倒して来てその素材を売っているそうだ。

 私もそんな生活に憧れていたんだけどなぁ。


 私は剣の腕もそれほどいいわけじゃないし、魔法も使えない。

 自分を鑑定した結果、魔力は普通の人よりも非常に多いのだけど、それを有効活用する手段がなかったのだ。


 そこに現れたのがコンロンで、私の魔力を動力として動くコンロンは、まさに私にとって最高の相棒と言える。

 まあ、コンロンが相棒ということは私の職業も冒険者ではなく料理人になるんだけどね。


 そんなわけで今日もじゃんじゃん働く。

 この街での営業が今日で最後だと告げると残念がられたけど、私としてはほかの街も見て回りたいんだよね。

 せっかくコンロンがキッチンカーであり、魔導車なのだから観光も楽しむべきだ。

 ほかの街に移ることで売上が減るのは仕方がないと割り切っている。


 昼の営業を終え夜の仕込みをやっていると、グリッド君からリコイルちゃんがやってきたと告げられた。

 またクレープの催促かな?

 そう考えて話を聞きに表に出てみると、予想もしていない話を切り出された。

 護衛の売り込みである。


「えっと、護衛?」


「そう。街を移動するなら必要」


「いや、私たちは魔道車で移動するから襲われても逃げ切れるかな?」


「魔道車でも道を塞がれたら危険。それに、魔道車よりも大きな相手をするときは逃げ切れないことだってある。あと、夜の見張りも必要」


 なるほど、一般人からするとそういう見方もあるのか。

 リコイルちゃんは力説してくれるけど、私たちには必要ないんだよなぁ。


「うーん、私たちは本当に3人だけでなんとかなるんだけど」


「その考えが危険。モンスターも驚異だけど、もっと危険なのは人」


「人?」


 人が危険ってどういうことだろう?

 詳しく話を聞いてみることにしよう。


「この国は比較的治安がいいけど、それでも野盗はいる。それも、どこにいるかわからない」


 リコイルちゃんは真剣なまなざしで説明してくれる。


 まず、野盗がいる場所というのはおおよそ冒険者ギルドと商業ギルドで共有されているらしい。

 その情報はお金を出せば買えるけど、それだって正確な情報とは限らない。

 古くなっていることもあれば、野盗側が故意に偽の情報を流していることもある。

 そのため、どんな場所に野盗が潜んでいるかはわからないようだ。


 次に、同じ旅人同士でも安全というわけではないとのこと。

 相手が武力を持っていないことを知ると金品を脅し取ろうとする連中もいるらしい。

 旅の途中で起きた恐喝や事故は基本的に保証されない。

 なので、わかりやすい武力も必要だという。


 最後に旅の間の協力体制だ。

 基本的に旅人が使う野営地では互いに助け合うことが大前提となる。

 それは野営の人手も例外ではなく、1グループから必ず何人かは出さなくてはいけないらしい。

 そのための人員も確保しておかなければならないみたい。


 と、ここまでがリコイルちゃんの説明だ。

 だが、この説明は私たちの場合だと当てはまらない箇所がある。

 私たちは他人の使う野営地や宿場町を使うつもりはないのだ。


 コンロンにはある機能が備わっている。

 それを使えば野営で困ることはない。

 なので、移動中はすべてどこか人気のない場所にコンロンを駐車しての車中泊である。

 コンロンの中で料理をする分には、窓を開けていない限り匂いも漏れないしね。


 ただ、野盗対策までは考えてなかったなぁ。

 街道を逸れて人気のない平地を進めば出くわさないと思っていたけど、街道を進むしかないときはそうもいかないか。


 そう考えると護衛も必要だよね。

 でも、どうしよう?

 リコイルちゃんひとりで護衛って足りるの?


「足りる。私ひとりでもマーダーベアなら倒せる。対多数戦も可能」


 そんなに強いのかな?


 私が考え込んでいると、リコイルちゃんが「これ、見て」と冒険者の印であるタグを見せてくれた。

 ……金の冒険者タグだ。

 冒険者はその階級でタグの色が分けられており、一番下の階級が木のタグで見習い段階、その次が鉄、銅、銀、金、白金と上がっていく。

 白金より上もあると聞いたことがあるが詳しくは知らない。

 金の冒険者タグっていうことは相当強いってことで、リコイルちゃんの言っていることも間違いではないのだろう。

 見た目で侮っていた。


「わかったよ。でも、移動はどうするの?」


「この、魔道車、あとひとりなら乗れない?」


「リコイルちゃんひとりなら乗れるし、ベッドもひとり分なら空いてるけど、それでいいの?」


「平気。私が守ってみせる」


 リコイルちゃんがふんすと鼻息荒く胸を張って見せた。

 サクラちゃんと同じくらいの見た目なので、かわいいという感想しか出ない。

 実際の強さも見てみたいけど、わざわざ危険な場所に行くのもなぁ。


「それじゃあ、明日からよろしくね。このあと、どうすればいい?」


「とりあえず、いまから一緒に冒険者ギルドに来て。依頼の発行と受領手続きをする」


「わかった。それじゃあ、グリッド君、サクラちゃん、仕込みの続きをお願い」


「お気を付けて、主様」


「あとは私たちにお任せあれ!」


 物腰丁寧なグリッド君と威勢のいいサクラちゃんに見送られ、冒険者ギルドへ移動した。

 冒険者ギルドへ移動したのだが、こっちを見る周りの視線がなんだかおかしい。

 ものすごく珍しいものを見ているような視線が突き刺さる。

 一体なんだろう?


 ともかく、早く依頼を出して戻らないと。

 夜の営業が遅れちゃう。


 私は冒険者ギルドの受付に話しかける。

 あちらも慣れた様子でにこやかな笑顔を見せてくれた。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ。本日のご用件はなんでしょう」


「ええと、護衛依頼の発注です。指名依頼で指名対象はリコイルちゃんで」


「え、リコイル様?」


「はい。本人から護衛の売り込みを受けましたので」


 なんだろう、受付のお姉さんがすごい驚いた顔をしている。

 そんなに珍しいことなんだろうか?


「ええと、リコイル様、本当ですか?」


「本当。私はコンロンと一緒にこの街を離れる。シュメルクナーなら私が抜けても防衛体制には問題ないでしょう?」


「それはそうですし、冒険者の移動制限はできないのですが……いままでモンスター退治の依頼しか受けてこなかったリコイル様が護衛依頼?」


 あ、やっぱりそうだったんだ。

 そんな気はしていたんだよね。


 でも、受付のお姉さんの言葉を聞いてリコイルちゃんは不機嫌そうに唇を尖らせた。

 やっぱりかわいいという感想しか出ない。


「私だって護衛依頼はできる。今回は魔道車で移動するし、人数を集められないから最適」


「は、はあ。リコイル様がそれでいいと言うのでしたら、依頼は受領可能です。どちらの街までの護衛依頼でしょうか?」


 あ、しまった。

 次にどこの街へ移動するか決めていない。

 というか、近隣の街の名前すら知らない。

 どうしよう。


「ミリア、行き先を決めていない?」


「ああ、うん。結構、行き当たりばったりな旅だから……」


「じゃあ、行き先は決めなくていい。護衛日数による報酬制とする。依頼料は1日金貨1枚」


「あ、はい」


 やっぱり金の冒険者、雇用費用も高い。

 5日間の屋台で結構稼いでいるけど、それを含めてもきついな。


「……それでは、依頼の発行、および受領手続きは終わりました。こちらの依頼票をお持ちください」


 受付のお姉さんから今回の依頼条件について書かれた依頼票をもらって冒険者ギルドを出る。

 リコイルちゃんは明日の朝、荷物を持って合流するそうだ。

 その前に私のお店で夕食を食べていくそうだけどね。


 明日からよろしく、リコイルちゃん。

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