11. コンロン、営業3日目

 好調なコンロンの営業も3日目になった。

 契約は5日間のため、今日で折り返しだ。


 昨日はオーク肉のさっぱり焼きと生姜焼きのほかにロールキャベツを用意してみた。

 こちらも好評で用意していた分はすぐに売り切れてしまったのだ。

 あとから来たお客様には申し訳ないけれど、仕込める数が少ないので諦めてもらおう。


 それで、今日からはデザート、スイーツも用意してみようと思う。

 用意するのは『クレープ』というスイーツだ。

 これもレシピ集から覚えた。


 試しに作ってみたが、なかなか生地を焼くのが難しい。

 専用の道具があるのだが、こがさずに焼くのが大変なのだ。

 これは要練習だね。


 そんなわけで営業開始前にクレープの練習をしていると、コンロンの前にひとりの女の子が立っていた。

 見た目はサクラちゃん並みの背丈しかないんだけど、背中には身長よりも長そうな大剣を背負っている。

 肌は茶褐色で銀色の髪の隙間から尖った耳が見える。

 ひょっとしてダークエルフって種族の子かな?


 なんというか、私の手元をじっと見つめているんだけどどうしたんだろう?


「ねえ、あなたどうしたの?」


「それ、食べ物?」


「食べ物というか、お菓子かな。甘い食べ物だよ」


「甘い……それ、食べたい!」


「ええと、まだ営業時間じゃないんだけど……」


 困ったなぁ。

 営業時間じゃないし、まだ練習段階なんだけど。


「営業開始、いつ?」


「そうだね。お昼ちょっと前かな」


「……その頃には狩りに行ってる」


 背丈からして巨大というべき大剣を背負っているし、やっぱり冒険者さんか。

 冒険者ならお昼頃は狩り場にいるだろうね。

 なんだかかわいそうだし、少し食べさせてあげようか。


「じゃあ、早いけど少し食べていく?」


「いいの!?」


「まだ、練習中だから少し不格好になるけど我慢してね」


「うん!」


 よし、クレープを焼いていこう!


 生地を鉄板に垂らして丸く広げて、軽く固まったらひっくり返して……こう!

 よし、成功!

 あとはもう片面も焦げ付かないうちにお皿にとって生クリームと果物を添えて……できた!


「はい、どうぞ」


「ありがとう……甘い! 美味しい!」


「どういたしまして。落ち着いて食べてね」


「うん。……もうなくなった、お代わり」


「え、まだ食べるの?」


「うん、食べる」


 食欲旺盛だなぁ。

 結局その子はクレープを5個食べると満足したようで、お金を払って去っていった。


 ただ、あの子にクレープを振る舞っていたことをみられた結果、もう営業していると勘違いされてお昼の営業前までクレープ屋になってしまったが……まあ、いいか。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

□■□■□(冒険者の少女)



 なんだか今日は体が軽い。

 出発前に美味しいものを食べられたからだろうか、心も体も軽い。

 その証拠に、午前中だけで大物のイーター・ツリーや陸太刀魚を何匹も仕留められている。

 本当に調子がいい。


「おーい、リコイル。そろそろ休憩にしようぜ」


「わかった。すぐ行く」


 今日は冒険者仲間とともにモンスター狩りの日だ。

 定期的にギルド主催でモンスターの間引きを行い、大発生や上位種の発生を未然に防ぐ。

 正確には、上位種はそれでも発生するらしいが、魔物が少ないと発生しにくいらしい。

 不思議だ。


「……まずい」


「いつもの携帯食料だろう? 文句言うなって」


「美味しくないものは美味しくない」


「まあなぁ。俺だって街にいればコンロンの美味い飯を食いに行くさ」


「『コンロン』?」


 そんな名前のお店、あったっけ?

 最近できたお店だろうか?


「ああ、お前は知らないか。一昨日から噴水広場に白い魔道車が止まっているだろう? あの魔道車が『コンロン』って名前の飯屋なんだ。オーク肉を使った簡単な料理とポトフってスープを提供しているだけだが、癖になる味でな。今晩も食いに行く予定なんだ」


「『コンロン』……白い魔道車」


 あ、ひょっとして私が朝に『クレープ』っていうお菓子を食べた場所かもしれない。

 それを話しかけてきた冒険者に確認すると、やっぱりそこが『コンロン』で間違いないそうだ。


「そうか、コンロンは菓子も始めたのか。あの店の菓子だ、さぞかし美味いんだろうなぁ」


「美味しかった。白いふわふわしたものとたくさんの果物が柔らかい生地に挟んであって極上の味わい。私は5つ食べてきた」


「へぇ。ひとついくらだったんだ?」


「ひとつ銀貨1枚。高いけど食べると値段よりもずっと価値があるってわかる」


「そうか。それなら今日も稼いで帰らないとな!」


 なるほど、早く仕事が終わるようにがんばれば夜もあのお店でご飯が食べられるんだ。

 やっぱりクレープも食べたいけれど、それ以外のご飯も興味がある。

 これは手早く片付けないと。


 そのあと、本気でがんばってモンスターの間引きを行った結果、日が赤く染まる前に予定の数を倒し終えた。

 うん、がんばった。


 でも、私たち冒険者はモンスターを倒して終わりというわけじゃない。

 モンスターの素材を冒険者ギルドに買い取ってもらって本当の一日の終わりだ。

 私はその場で剥ぎ取りをせず、マジックバッグに詰めて冒険者ギルドで解体してもらうから時間がかかる。

 手数料も取られるけど、不器用な私が解体するよりも絶対にお得だ。


 ……それにしても、今日は普段より解体に時間がかかっている。

 いつもならこの時間にはもう解体が終わって精算が済んでいるのに。


「あの、リコイル様、少々よろしいでしょうか?」


「……なに?」


 冒険者ギルドの職員が話しかけてきた。

 解体したモンスターの件で話があるらしい。

 よくわからないけど、一緒に行ってみる。


 連れてこられた解体場には、いつもの解体場の責任者であるオヤジと滅多に見かけないギルドマスターがいた。

 どんな用事だろう?


「リコイル、今日のモンスターの様子はどうだった?」


「オヤジ。なに、藪から棒に」


「いいから答えろ。どうだった?」


 モンスターの様子か。

 特に変わったところはなかったな。

 それをオヤジに伝えると、オヤジとギルドマスターが困ったように溜息をついた。


「変わった様子はなしか。そうなると、念のため明日も間引きをしたほうが良さそうですぜ」


「そのようだ。緊急だが手配をかけよう」


 オヤジとギルドマスターが深刻そうに話をしている。

 なにか問題でもあったのだろうか。

 不安になって聞くと、私の持ち込んだモンスター素材が問題だったらしい。

 いわく、状態がよすぎると。


「いつもより切れ味が鋭いのはたいした問題じゃない。問題なのは、解体した結果、魔水晶が大量に発見されたことなんだよ」


 それは大変だ。

『魔水晶』とは、モンスターが力を溜め込んだ結果、体内に生じる魔力の結晶のことで、魔石とほぼ似たような存在だがこちらの方は純度が高く滅多に見つからないレアものだ。

 それが私の持ち込んだ獲物から10個以上見つかったそうでモンスターに異常が発生しているのではないかといぶかしんでいたようである。


 私としては心当たりがまったくないので、見たものをそのまま報告し、報酬をもらって帰ることにした。

 今日一日の稼ぎだけで金貨30枚を超える稼ぎだ。

 本当に運のいい一日だった。


 そういえば、まだ『コンロン』というお店はやっているかな?

 まだ営業していたらそこで食べて帰ることにしよう。



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□■□■□ミリア



「あ、いらっしゃいませ」


「また来た」


 コンロン営業4日目、今朝もまた昨日のクレープ少女がやってきた。

 昨日の夜も閉店間際にやってきてオーク肉の生姜焼きとポトフ、クレープを食べていってくれた少女だ。

 どうやら今朝もクレープを食べに来てくれたらしい。

 まだ、営業時間前なんだけどな。


 追い返すのもかわいそうなので、今日もクレープを作ってあげた。

 今日は7つも食べていったよ。

 なんでも、昨日の狩りがとてもいい稼ぎになったとかで懐に余裕があるそうだ。

 なんともうらやましい限りである。


 今日も街の外でモンスター狩りをするという少女を見送り、私は昼営業の仕込みに戻る。

 戻ったんだけど、そこでぽつりとグリッド君が話しかけてきた。


「主様、よかったのですか?」


「え、なにが?」


「あの方にクレープを食べさせてもです。コンロンの素材で作ったデザートにはスキル付与の効果があったはず。昨日の成果がよかったというのもそのせいでは?」


「あ……」


 私は急いでクレープを作り、自分で食べてみて効果を確かめる。

 すると、スキルに『幸運』が追加され、3つ食べると『豪運』に、5つ食べると『激運』になった。

 昨日の成果がよかったのってこれか。


 果物は市場で買ってきたから油断していたよ。

 そういえば、クレープの主な材料って皮と生クリームだよね。

 これは今日も大成果だろうなぁ。


 ばれたら大変だし、内緒にしておこう。

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