第16話 パワハラ上司と邂逅

「あ」

「え」


 その日、散歩をしていると公園のベンチに、見知った男性の姿を発見した。いや、正確には……見知った男性の姿ではあったが、その衣服や佇まいはまるで見知らぬものだった。


 伸びに伸びて、白くなってしまった髭と髪の毛。

 長い時間外にいたのか、黒ずんだ肌。

 衣服はぼろきれのようで、異臭が漂ってくる。


 だが、その男は鋭い眼光でこちらを睨みつけてくる。

 その瞳に射抜かれると、少しばかりビビってしまう。

 あの頃に植え付けられた、トラウマを思い出すから。

 

「お、お前……霜野だろ!!」

「……何しているんですか、上司」


 前の会社でパワハラしてきた上司が、何故かいた。

 凋落しきっているのは、いったいどうしてなのだ。

 まぁ……かわいそうだとは思わないが。


「お、お前のせいで……俺の人生は散々だァ!!」

「……は?」

「お前がいなくなってからすぐに、会社が潰れたんだ!! さらに俺は仕事が見つからず、公園で過ごす日々!! どれもこれも、お前がいなくなったせいだ!!」

「……は?」


 いやいや、意味が分からない。

 それ、俺関係ないだろ。

 逆恨みもほどほどにしてほしい。


「というより、俺がいなくなって1ヶ月で潰れるって……何をしたら、そんなことになるんですか? 普通会社が潰れる時って、事前に兆候がありますよね?」

「そ、それは……」

「もしかして……以前から表には言えない悪事を働いてたんですか?」

「……」

「……もうしわけないですけれど、潰れて当然だと思いますよ」

「……うるさい」


 実際に何をしていたのかは存じ上げないが、上司の反応を見る限りだと相当な悪事を働いていたらしいな。その結果としてたった1ヶ月という短い時間で、会社が潰れてしまったのだろう。……退職して良かったと、心底思ってしまうな。


 しかし……こうしてみると、哀れだな。

 かつてはパワハラの限りを尽くし、まるで王者のように振舞っていた上司が、今となっては公園でたむろする浮浪者だ。その横暴さや粗暴さが仇となり、採用面接で落とされてしまっているのだろう。自業自得とはいえ……哀れに思えてくるな。


「お前が……辞めなければ!!」

「何をしていたかは存じ上げませんが、そんな悪事を働いていたんだったら……潰れるのは自業自得だと思いますよ。俺の退職とは関係なく、いずれ潰れていたことでしょうね」

「だ、黙れ!!」

「あなたも魔法師として覚醒できれば、活躍できたかもしれないんですけどね。自分の運命を呪ってください」

「黙れ黙れ!! 調子に乗るなよ!!」


 そう言って、上司は殴りかかってきた。

 だが、そんな拳は俺には通じない。

 パスッと音がして、上司の拳は俺の胸に当たった。


「……満足ですか?」

「お前は……本当に怪物になったんだな」

「いいえ、ただの魔法師ですよ」

「……ちッ!!」


 何故だかションボリして、俺から離れていく上司。

 そして敗北したボクサーのように、ズンッとベンチに腰掛けた。

 どこまでも哀愁漂う、哀れな姿だ。


「テメェは……本当に豪運だな」

「え?」

「ただの魔法師として覚醒しただけじゃなくて、SSS級の魔法師になったんだろ? この国……いや、全世界で一番強い魔法師になったんだろ?」

「まぁ……はい」

「本当に羨ましいぜ。俺もお前みたいに強い魔法師になっていたら、こんな腐った現状とは別の……バラ色の人生を歩めていただろうにな」

「それは……どうでしょうね」


 悪いが、俺はそうは思わない。


「上司、あなたは横暴で粗暴で……度し難いパワハラ男です」

「あ゛?」

「自分よりも下の人には強く出て、上の人には媚びへつらう。リーダーとしての素質が皆無な、最低な男です」

「テメェ……ケンカ売ってるのか?」

「そんなあなたが魔法師として覚醒したところで、活躍できるとは到底思えません。きっと仲間の魔法師からの顰蹙を買い、仇討ちされることでしょう。ダンジョン内には監視カメラも法律もないですから、殺されても……簡単に事故として処理されますからね」

「……何が言いたい」


 ここまで言って、まだわからないのか。

 一応上司は国立大学卒のハズなのだが、学歴と理解力は比例しないんだな。


「単刀直入に言います。あなたの性格では、どこにいっても、何をしても、恨みを買って……活躍することなんて出来ないでしょう」

「テメェ……」

「その性格を矯正しない限りは、現状を打破することなんて叶いませんよ。一生そうやって、自分を慰めるだけの日々を送ることになりますよ。無様で醜い、そんな人生を歩むことになりますよ」

「テメェ……調子に乗るなよ!!」


 再度、上司は殴りかかってくる。

 だが、相変わらず痛みはない。

 蚊に刺された時よりも、痛くない。


「上司、何度言えばわかるんですか?」

「クソッ!! クソクソッ!!」

「あなたの拳なんて、届くハズがないでしょ?」

「黙れ!! 黙れ、黙れ!!」

「本当に……わからずやですね」

「クソォおおおおおおおお!!」


 こんな男と話していても、時間の無駄だ。

 ため息を吐いて、俺は公園を去った。

 後ろから聞こえてくるのは、上司の叫び声だけ。

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