第29話 賞状

「本当にあなたには……感謝してもしきれませんね」


 翌日、俺は協会から賞状を授与された。

 昨日のフェンリル……いや、正式にはダークフェンリルを討伐したことを、讃えられたのだ。被害が甚大になる前に討伐したことを、褒められたのだ。


「いやいや、トンデモないですよ」

「あなたから連絡をもらった時は意味がよくわかりませんでしたが、後の調査やあなたの配信を見て……我々はことの重大さを理解しました。あなたがダークフェンリルを討伐してくれたおかげで、被害者は最小限で済みました」

「あはは、大袈裟ですよ」

「大袈裟でもなんでもありませんよ。何度でも言わせてください。ありがとうございます、あなたこそ最高の魔法師です」


 職場の食堂でここまで褒められると、ちょっとこそばゆな。前の職場では褒められた経験自体が皆無なので、それも相まって少し恥ずかしくなってきた。周りの人たちも、俺たちのことをコソコソと話しているしな。


「あの人……SSS級の人よね?」

「昨日のダークフェンリル事件の解決はもちろん、他にも様々な最強クラスの魔物を討伐してきているらしいな。昨日のダークフェンリル事件では被害を最小限にしているし、マジで最高の魔法師だぜ」

「彼のおかげで怪我人は最小限だし、経済的な損失もほとんどなく抑えられたらしいからな。マジで彼以上に素晴らしい魔法師なんて、存在しないんじゃないかな?」

「賞状を受け取ったらしいけれど、正直それだけじゃ足りないよな。もっと協会は彼に感謝すべきだ!!」


 近くにいる人々からも、多大なる感謝を受けて恥ずかしい。自分では大したことはしていないと、自負しているのにな。なんというか……誇らしいけれど、むず痒いな。


「そういえば、どうしてダークフェンリルが出現したんでしょうね。あそこはまだ第3層ですよ?」

「それは……ごめんなさい、まだ解明できていません」

「そうなんですね。いつもお疲れ様です」

「いえいえ、これが我々の業務ですので。魔法師の皆様には可能な限り、安全にダンジョンの冒険をしていただきたいので」


 協会はサボっているわけではなく、ダンジョンの謎について日夜解明を続けてくれている。今回のダークフェンリルの件に関しても、謎の解明を急いでくれているみたいだ。世間では税金泥棒などと叩かれることも多いが、しっかりと働いてくれている様子で一安心だな。


 ただ……その中でも小作さんは真摯に動いてくれている様子で、あまり休めていないように伺える。目の下のクマは以前会った時よりも深く刻まれており、全体的に生気が失われているように見える。ブラック企業に通っていた時の俺を見ているようで、とても他人事には思えない。


「ダークフェンリルやドラゴン、とにかくダンジョンの上層という似つかわしくない場所にそんな魔物たちが出現するという事案自体は、これまでにも何度か目撃されてきました。ただそれはごく稀な事案であって、こうも毎日出現するのは……異常事態ですね」

「小作さん」

「ダンジョンで何かが起きているのか、あるいは人為的な何かなのか。……考えても考えても、答えは出ませんね。我々の力不足を痛感して、非常に情けないですね」

「小作さん」

「ただ、やはり──」

「小作さん!!」

「あ、はい!!」


 自分の世界にトリップしていたみたいだが、ようやく気付いてくれた。彼女の言動を見ていると、どうやら彼女は自分を限界まで追い詰める癖があるらしい。……本当に昔の俺にソックリだ。


「小作さん、そんなに自分を追い詰めないでください」

「あ、いえ、自分を追い詰めているつもりでは──」

「一連の事件の謎が解明できていないのは、教会のせいでも、ましてや小作さんのせいでもありません。誰のせいでもないんですよ」

「……優しい人ですね、霜野さんは」

「大丈夫です。これからも事件が起きれば、俺が解決しますから」


 スーツの裾を捲り、力こぶを見せる。

 小作さんはようやく、少しだけ笑ってくれた。


「ふふ、ありがとうございます。おかげさまで……少し元気になりました」

「小作さん、今日は早退してください。ゆっくり休むべきですよ」

「いえ、そうはいきませんよ。仕事が山積みですから」

「上長には俺から一言言っておきます。 SSS級の俺のいうことだから、聞いてくれるでしょう」

「……どうして、そんなに優しいんですか?」


 ニコッと笑い、俺は答えた。


「小作さんが俺をスカウトしてくれなければ、俺はきっと今でもブラック企業に勤めていたことでしょう。毎日しごかれ、ノルマに追われ……地獄のような日々を送っていたに違いありません」

「それは……」

「SSS級クラスの実力があることにだって、気付くこともなかったでしょう。一生F級の魔法師として、つまらない人生を送っていたことでしょう」

「……」

「小作さんは俺を助けてくれた、救世主なんですよ」

「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えますね。それと……再度言わせてください。ダークフェンリルを倒してくださって、本当にありがとうございました!!」


 小作さんは眩しい笑みを見せ、その場を去った。

 こちらにぺこりと、申し訳なさそうに腰を曲げて。


「……よかった」


 ダークフェンリルの件や他の魔物など、いまだに解明できていないことは山積みだ。だが、それだからといって、小作さんが苦しんでいい理由にはならない。彼女の笑顔は、どんな賞状にも勝るな。

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