第26話 ダークフェンリル 1/2

「グルァアアアアアアアアアアア!!」


 けたたましいフェンリルの鳴き声が、部屋に轟く。

 魂を揺さぶられるような、悍ましい鳴き声だ。

 後ろにいるナルミさんから、震える声が聞こえてくる。


 コメント欄もこの鳴き声に当てられたのか、先ほどまで滝のように流れていたというのに、今となっては誰も何一つとしてコメントしていない。画面越しにまで慄かせるとは、何とも恐ろしい魔物だな。


 ダンジョンに出現する魔物は、一定時間が過ぎるとダンジョンから出てくることがある。故にこのフェンリルだって俺が討伐しないままだと、いつかはダンジョンから這い出てくる可能性が十分考えられのだ。こんな魔物がダンジョンから出て来てしまえば、それこそ日本国内で甚大な被害が予想されるだろう。


「少し……気合いを入れないといけないな」


 幸いなことに、俺はあまり恐れていない。

 理由はわからないが、ちょっぴり怖い程度で済んでいる。故にこの場で戦えるのは、俺だけだ。俺が動かなければ、どうにもならないと言うことだ。


 ふぅっと息を吐き、緊張をほぐす。

 そして──脱兎の如く駆けた。

 目指した先は、フェンリルの懐だ。


「《光速拳》!!」


 夜空を瞬く星のように、煌めく拳をフェンリルに撃つ。

 メギュッと肉を潰す音が部屋中に響き渡り、フェンリルは吹き飛んだ。霊の如くゴム毬のようにバウンドし、壁にメリ込んだのだ。


 血反吐を吐き、苦痛に表情を歪ませるフェンリル。

 だが、それでも……これまで相対してきた魔物よりも、効いている感じは少ない。これまでの魔物よりも、ダメージの通りが悪いように感じられる。


「……SO吉さん、ごめんなさい!!」

「大丈夫ですよ。ナルミさんこそ、大丈夫ですか?」

「はい……もう戦えます!!」


 自身の頬を叩き、喝を入れるナルミさん。

 その姿を見て、思わず笑顔になる。

 自身で克服できたのなら、十分だ。


(あのフェンリルの鳴き声が……効いていないのか!?)

(心の強い魔法師なのか……?)

(やっぱり……SO吉はスゲェな!! 尊敬するぜ!!)

(SO吉!! 頼む!! 勝ってくれ!!)


(ナルミも克服できたみたいしだし、偉いな!!)

(俺たち……まだ手が震えるのにな……)

(ほんとだよ……。俺なんて、ちびっちゃった……)

(ナルミも……スゲェよ。偉大だぜ!!)


(フェンリル野郎……ダメージ少なそうだな……)

(↑はぁ? 何言ってんだ?)

(そうだ。吹き飛ばして吐血してんだから、ダメージは十分だろ。ていうかフェンリルを殴り飛ばせるなんて、SO吉ってやっぱり強いんだな!?!?)

(改めて思うけど、SO吉って最強だな!!)


 コメント欄にも、フェンリルのダメージが少ないことに気付いている日ちが少なからず散見される。多くの人は気付いていないが、やはり識者にはわかるほどに、このフェンリルは頑強なのだろう。クリスタルゴーレムの時のような拳への鈍痛はないが、それでも少し警戒せざるを得ないな。


 フェンリルの毛皮は確かに硬めだが、それでもクリスタルゴーレムには遠く及ばないだろう。故にダメージを軽減させたのは、あの毛皮にカラクリがあると推測している。きっと何かしらの要因があり、俺の攻撃によるダメージを減らしたのだろうな。


「《最上級の焔焼地ボルケーノ・バーナー》!!」

「グルォオオオオオオオオオオオ!!!!」

「《最上級の紅蓮竜撃ボルケーノ・ドラゴン》!!」

「グルォオオオオオオオオオオオ!!!!」

「《最上級の赫灼砲ボルケーノ・ブラスター》」

「グルォオオオオオオオオオオオ!!!!」


 ナルミによる最上級魔法、3連撃。

 地面から噴き上がる、究極のマグマ。

 竜の形をした、地獄の業火。

 敵を焼き尽くす、高熱のレーザー。

 それら全てが、壁にめり込むフェンリルに直撃する。


 だがそれでも──

 ──フェンリルには通じなかった。


「グルァアアアアアアアアアアア!!」


 威勢を張るかのように、先ほどと同様に轟くフェンリルの叫び。だがナルミさんの身体の震えは、先ほどよりも少ない。コメント欄においても、ちらほらとコメントが流れている。


「私の攻撃……通じていませんね」

「いや、ナルミさん。感謝しています」

「……え?」

「あなたのおかげで、楽に勝てそうです」


 別に安心して欲しいからと、嘘を吐いたわけではない。

 本当に彼女の攻撃のおかげで、活路が見えたのだ。

 あのフェンリルを、楽に殺せる活路が。


 ナルミさんの攻撃のおかげで、フェンリルの身体を纏っていた瘴気が少し晴れている。俺の推測ではあの正気のせいでダメージが軽減していると踏んでいるので、今の状態だと……俺の攻撃は直に効くことだろう。つまり瘴気を払ってくれたナルミさんには、大感謝ということだ。


(お、SO吉が何かに気づいた様子だぞ)

(こうなった時のSO吉は最強だぞ!!)

(↑お前、SO吉の何なんだよwwww)

(SO吉!! 勝ってくれ!! ナルミも一緒に!!)


 コメント欄に応援が届く。

 俺たちを応援してくれる人々のためにも、この戦いで敗れるわけにはいかない。必ずや勝ち抜き、第3層を解放して見せよう。


「行きますよ、ナルミさん!!」

「はい!! 今度こそ……勝って見せます!!」


 そして俺たちは、駆け出した。

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