第21話 パワハラ制裁

「我々はいつでも霜野様をお待ちしております」


 と小作さんに告げられ、その日は終わった。

 さすがに協会に入るなどと、即答はできなかったのだ。

 ただ……できれば、早めに回答はしたいが。


 なんたって、待遇が良すぎる。

 年収が3億円だけでも嬉しいのに、業務時間も少ない。

 完全週休2日制に加え、各種福利厚生や特典制度まで。

 こんな高待遇、普通に考えれば断る理由はない。


「霜野ォ!! ボサっとするなァ!!」


 ……そう、普通に考えれば、断る理由などない。

 職場に轟く怒号に、辟易とため息を吐く。

 またいつもの課長の、癇癪が始まった。


 弊社はハッキリ言えば、ブラック企業だ。

 仕事量はべらぼうに多いし、給料は薄給。

 新卒3年目の俺で、手どりが13万なのだから。


 何度も退職を考え、退職願を提出した。

 だがその度に、退職願は破かれてきた。

 そして続け様に、2時間以上の人格否定が襲ってきた。

 故に俺は、今日に至るまで退職できずにいた。


「すみませんね、課長」

「謝罪だけは上手だな!! 無能の分際で!!」

「すみません」

「仕事はできない!! 覚えは悪い!! カスだな!!」


 紙を丸め、ベシベシと俺の頭を叩いてくる課長。

 こんなこと、日常茶飯事だ。

 入社当時こそ困惑や怒りが募ったが、今となっては何も感じない。……昨日までは、そうだった。


 俺はSSS級であり、3億円を稼ぐ才能がある。

 それなのに……なんだ、この状況は。

 俺だって仕事を頑張ったのに、どうして。


 協会からのスカウトを受けた影響か、沸々と怒りが込み上げてくる。こんな理不尽極まりない現状が、どうにも腹立たしく思えてくる。3億円を稼げるのに、どうして13万円でパワハラを受けないといけないのか、と。


「……課長」

「なんだァ!! 脳にクソでも詰まっているんだろ!!」

「……次やったら、怒りますよ?」

「はァ!? 調子に乗るなよォ!! カス人間がァ!!」


 そう言って課長は、思いきり頭を引っ叩いてきた。

 何度も何度も、繰り返し叩いてくる。


「口だけは達者だァ!! 覚えは悪いのによォ!!」

「……」

「お前をここまで育ててやったのは、誰だと思っている!?」

「……」

「俺だろォ!? それなのに反抗的な態度をとって、調子に乗ってンなァ!!」


 周りの連中は、クスクスと笑っている。

 誰も俺に、手を差し出してくれない。

 全員が嘲笑するかのように、嘲笑っている。


 同期連中は、全員辞めた。

 俺よりも下の後輩たちも、全員退職した。

 この異常な状況に、耐えることができずに。

 つまり……この場にいるのは、全員敵だ。


「課長……」

「口だけのカスがァ!! 親の顔が見てェなァ!!」

「俺、忠告はしましたからね」

「はァ!? 何を──あがッ!?」


 スッと立ち上がり、課長の首を掴む。

 そしてそのまま、ゆっくりと持ち上げた。

 課長は苦しそうに、バタバタと暴れている。


「弊社は副業禁止ですけれど、俺実はダンジョン配信をしていたんですよ。実は俺、魔法師なんですよ」

「あ、が、ぎぃ……」

「ランクは SSS級。ビックリですよね?」

「が、ぐぁッ……」

「課長が何人やってこようが、俺には敵わないってことですよ。その幼稚で禿げ上がった頭で、理解できますか?」


 ギリギリと力を加えていく。

 課長の顔色が、ドンドン赤くなる。


「お、おい……課長ピンチだろ!!」

「だ、誰か……助けた方がいいんじゃないか?」

「で、でも……SSS級なんだろ?」

「お、俺たちじゃ……無理だよな?」


「え、もしかして……SO吉!?」

「え、知り合いなの?」

「逆にアンタ知らないの!? 今一番有名な魔法師よ!」

「ま、まさか……霜野くんがSO吉なの!?」


 誰も課長を助けようとはしない。

 彼らもたま、新人時代にイビられたからだろう。

 言葉では助けないといけない、などと言っているが……その口角は上がっている。ゲスな連中だ。


 そして女性社員たちは、俺の正体に気付いたみたいだ。

 黄色い歓声をあげているも、どうでもいい。

 これまで俺を助けなかった連中になど、ファンサービスをするつもりはない。よって無視をする。


「俺、魔法師協会からスカウトされたんですよ」

「ぐ、がぁ……」

「年収3億円、様々な福利厚生や特典もあります」

「ぎ、ぐぁ……」

「以前は破られましたが、今日はハッキリと言いますね。課長、今日限りで退職します」


 そして、手を離した。

 課長はドサっと、地面に落ちた。


「し、霜野……て、テメェ……!!」

「……なんですか?」

「……ちィッ!! 地獄に堕ちろ!!」

「あの世に地獄なんて、ないみたいですよ」


 こんな仕事でも、新卒からずっと働いてきたんだ。

 それ故にスカウトされても、少し悩んだ。

 だが今となっては、吹っ切れたな。

 もはや迷いなど、もう存在しない。


 課長からのパワハラを受けて、協会に入ることを決意した。未だに俺がSSS級だなんて実感はないが、それでもこんなところで働いていては、魔法師としての才能が枯れてしまう。それにSSS級なんだったら、こんなところで働いていては……腐ってしまう。


 周りの連中は、畏怖の視線を向けてくる。

 あるいは、羨望の視線を向けてくる。

 だが……彼らに何かを答える気などない。


「……失礼しました」


 床に倒れる課長を睥睨し、俺はその場を去った。

 向かった先は、魔法師協会だ。

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