第19話 打診【???視点】

【???視点】


「あはは……予想以上だよ……!!」


 薄暗い事務所の中、私は静かに呟いた。

 ここ毎日、協会は彼のことを調べている。

 さすがに協会だって、見て見ぬふりはできないから。


 F級の魔法師がSS級の魔物相手に無双。

 最初こそあり得ないと懐疑的だった重鎮たちも、私が見せた配信アーカイブを見て目の色を変えた。フェンリルやドラゴン、ゴールドサーペントが次々と倒されていく様は、頭の固い重鎮たちにとって些か衝撃的過ぎたみたいだ。

 

「結果として、彼の監視役として任命か……。相変わらず残業はキツいけれど、給料が上がったから良しとしようかな」


 彼に関する情報は、既に調べ上げている。

 霜野宗吉、25歳。本業は商社の営業。

 地元の底辺大学を卒業して上京したはいいものの、商社の激務と薄給で苦しむ毎日を送っている。そんな中で魔法師として覚醒し、今は副業でダンジョン配信をしている……か。


 正直……彼の気持ちはよくわかる。

 私は国立大学卒だけど、激務と薄給に苦しんでいるのは彼と同じだ。魔法師として覚醒できれば、もっと給料が高く仕事も楽なポジションにいけるのに。彼の待遇に思わず、自分を重ねてしまう。


「って、違う違う」


 自分と重ねている場合じゃない。

 今私がすべきことは、彼へのアプローチだ。

 重鎮から言い渡された、もう一つのミッションを果たさないと。


 協会だって、昨今のSS級魔物が上層に出現している件は把握している。そこで対策を打とうと画策していたところに、彼という強烈な魔法師が現れた。協会は彼の強さを脅威とみなすと同時に、逸材だと賞賛したんだ。


「その結果が……協会へのスカウトか」


 年収:3億

 勤務時間:10:00~16:00

 完全週休2日制:土日(祝)

 その他さまざまな福利厚生や制度あり。


 そんな破格の条件を持って、彼に打診をしろという任務が私に与えられた。ただここまでの条件であっても、他のフリーで働く魔法師たちはもっと稼げているので……断られる可能性だって十分にある。彼が正当な評価を受けてフリーで働けば、年収3億なんて余裕で突破するから。


「断られる可能性が高いけれど、とりあえず打診のメールを送ろうかな」


 そして私はカタカタとキーボードを打った。

 1時間後。



『霜野宗吉様。

 お初にお目にかかります、私魔法師協会の小作睦世おざくむつよと申します。

 この度は、霜野様の圧倒的な実力に注目し、私ども魔法師協会より直々にお声がけさせていただきました。霜野様の魔法師としての才能、そしてダンジョンにおける類い稀なる実績は、我々協会内でも高い評価を受けております。


我々魔法師協会は霜野様のような逸材を見過ごすことなく、適切な評価と待遇を提供したいと考えております。そのため、下記の通り破格の条件を提示させていただきます。


年収3億円

勤務時間:10:00~16:00

完全週休2日制(土日祝)

その他、各種福利厚生や特典制度をご用意

さらに、霜野様がご興味をお持ちであれば、魔物研究や新たな魔法開発に携わる機会もご提供いたします。霜野様の無限の可能性を、私たちと共にさらに広げていただければと思います。


我々としては、霜野様が協会に加わることで、さらなる高みを目指すことができると確信しております。霜野様のお力添えをいただけることを、心よりお待ち申し上げております。


詳細については、直接お会いしてご説明させていただければ幸いです。ご都合の良い日時をお知らせいただけますでしょうか。


敬具


魔法師協会 小作睦世』



「ふぅ……終わった……」


 メールを送信した後、私は深く息を吸い、緊張の糸を緩めた。これで一旦は手を尽くした。後は彼の反応を待つのみだ。もし彼がこの提案に興味を持ってくれれば、協会としても大きな一歩となる。しかし、彼がフリーの立場を選ぶことも十分に考えられる。それでも、彼の才能と可能性にかけてみる価値はある。


 彼が協会に入ってくれれば、私の評価も上がるかな。ソレで年収が上がってくれればとても嬉しいけれど、そんなに甘いもんじゃないことくらいわかっている。きっと年収が上がると言っても、微々たるモノだろう。


「まぁ……再測定でSSS級以上にはなるだろうから、それを踏まえると……入ってくれない方が可能性としては高いけれどね。どう考えたって、フリーの方が稼げるし、フリーの方が楽だもんね」


 彼がフリーの選択肢を取れば、きっと重鎮たちは私に罵声を浴びせることだろう。彼らは可能な限り、優秀な人材を手綱にかけたいと考えている保守的な人間ばかりだからだ。別にその考えを否定はしないけれど、本当に彼を手綱にかけたいなら……もっと好待遇にすればいいのにと思ってしまう。


 もちろん、協会としては好待遇だ。

 だけど、魔法師全体と比較すれば……クソみたいなものだ。

 強いて言えば、公務員になれるという条件だけが、フリーや企業勤めの魔法師よりも優れているくらいかな。なんにせよ、クソみたいだけど。


「まぁ……どうなることかな」


 罵詈雑言は受けたくないから、彼には魔法師協会に入って欲しい。だけど彼は優秀な魔法師だから、魔法師協会の飼い犬として飼いならされるのは個人的には嫌だ。そんな相反する気持ちの中、私は深くため息を吐いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る