第11話 要注意人物【???視点】
【???視点】
魔法師協会、それは魔法師たちを管理する協会だ。
魔法師は常人よりも優れた能力を有している為、手綱がなければ、その力は時として人々に危害を及ぼすこともある。そのため、協会は魔法師になるための免許制度を設け、その力の使い方を監視している。
しかし、協会の目的はただ制限を設けることだけではない。彼らは魔法師たちがその才能を正しく、そして有益に使うための教育も施しているのだ。……と、私はこの仕事に就いた時に、そう習った。
「ふぅ……激務だな」
24時、ちらつく蛍光灯が照らす中、私は静かに呟いた。
まだ今月が始まったばかりだというのに、既に残業時間は100時間をオーバーしている。身体はバキバキで、エナジードリンクが私のデスクに散乱している。
一流大学を卒業し、魔法師協会に就職した時は舞い上がったものだ。国会公務員である魔法師協会の職員に就けたのだから、これからの人生は勝ち組で安泰だ、と安堵したものだ。その実態が激ブラックだとは露知らずに、家族や友人に自慢をしたものだ。
「魔法師を正しく導き、そして管理する偉大な仕事。仕事自体に誇りややりがいはあるけれど、さすがに……ブラック過ぎてしんどいな」
そんな独り言を呟きながら、もう1本エナジードリンクを開ける。カコッという音が、職場に響いた。そして私はため息を漏らして、ゴキュゴキュッとエナジードリンクを一気に飲み干した。うん、マズい。
若干の魔素が含まれたこのエナジードリンクのおかげで、先ほどまで身体を蝕んでいた眠気が一気に消え失せた。動悸が一気に激しくなり、身体が少しばかり火照ってしまう。まだ25歳だというのに、こんなに無理していては……きっと長生きできないだろうな。
「少し休憩しようかな」
ずっと気張っていては、集中力が持たない。
どうせ今日は泊まり込みなのだから、少しくらい気を抜いても問題ないだろう。少しだけ自分を甘やかす為にも、私はスマホを開いた。
開いたのは、『PBTube』という動画配信サイトだ。
機械音声を使った解説動画、ポルノ男優の音声を使ったRTA動画。他にもPBTuberたちによる実況や案件紹介動画など、日本最大級の動画配信サイトなだけあり、その動画の数はあまりにも膨大だ。
中でも、私がハマっているのはダンジョン攻略配信だ。
魔法師たちが魔物を一掃する姿に、スカッとするのだ。
安定性があるからという理由ももちろんだが、それと同じくらい魔法師の姿に憧れたからこそ、私はこの仕事を辞めていないのだ。普通だったらいくら安定しているとはいっても、ここまでブラックなら辞めているだろうから。
「さて、今日はどの配信を見ようかな」
やはり高ランクの魔法師による配信は、どれも人気が高い。
ワイバーンやトロールなど巨大な敵を倒す姿、そこにカタルシスを感じる。このダンジョン配信というジャンルが人気なのも、こういう魔法師の姿に憧れや尊敬を抱いている人が多いからなのだろう。そう、私のように。
画面をスワイプしながら、様々な配信者に目を通す。
すると──
「……え!?」
私の甲高い声が、職場に響き渡った。
スマホの画面に、信じられない光景が広がっていたから。
「こ、これ……クリムゾンオーガ!?」
クリムゾンオーガ、それはSS級の魔物だ。
堅牢な表皮と巨体、意外なほどの俊敏性。
筋力だけならSSS級にも引けを取らないその魔物だが、その目撃例は極めて少ない。その理由は単純明快で、目撃者が悉く殺されているからだ。
日本国内のケースだけならば、クリムゾンオーガの討伐は今から10年前のSSS級魔法師を筆頭としたパーティによる一例だけだ。そのパーティも10人中7人のメンバーが亡くなってしまうという、あまりにも悲惨な辛勝だったハズだ。
そんなクリムゾンオーガを、画面の中の男は相手取っている。
しかも《闘気》という、初歩的で汎用的な魔法のみで。
こんなこと……あり得ない。
「彼は……何者なんだ……?」
クリムゾンオーガを相手どれるということは、間違いなくSSS級以上の実力者だろう。だが彼のような人物など、見たことがない。魔法師協会の職員はA級以上の魔法師の顔は暗記させられるのだが、彼の顔など見たことがない。
軽く調べてみると、彼は昨日ナルミちゃんねるに登場したことでバズった人物らしい。なるほど、その時はフェンリルを倒して……って、えぇ!?!?!?
「フェンリルを倒すほどの実力者でありながら、ランクはF級!? いったい、どうなっているの!?!?」
ついつい素の話し方になってしまうほど、驚きが私を支配する。
F級ということはつまり、彼は5層までしか挑めないハズだ。
それなのにフェンリルやクリムゾンオーガを倒している、これは……どういうことだ? 上層に高ランクの魔物が出現している、という噂は聞いたことがあるが……まさかそれが本当だったなんて。
いやいや、それよりもだ。
F級というランクでありながら、フェンリルやクリムゾンオーガを倒している。こんなことは通常であれば、あり得ないことだ。考えられるのは魔力測定時に何かしらのエラーが出力されて、誤ったランクとして扱われてしまっていることだろう。
「って、えぇ!? クリムゾンオーガをソロで倒しちゃったよ!?」
海外では一例だけ、クリムゾンオーガをソロで倒して事例があるらしい。
だが国内ではそんな事例は存在せず、少なくとも彼は日本という国の魔法師の中で……最も強いことを証明してしまった。F級でこれまで無名だった彼が、《闘気》のみでクリムゾンオーガを倒したのだから。
彼は要注意人物として、明日職長に報告しなければ。
そして上層で高ランクの魔物が出現している事実についても、話をしなければ。
そんなことを考えながら、気付けば私は彼のチャンネルを登録していた。
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