第3話 救世主【成美視点】

【成美視点】


「みなさん、こんにちは〜」


(ナルミちゃん、今日もかわいいね)

(今日も最強っぷりを見せてくれ!!)

(ダンジョン攻略、楽しみだ!!)

(ナルミ最強!! ナルミ最強!!)


 視聴者数:4万人

 いつもと同じように大勢の人が、私の配信を楽しみにしてくれている。彼らのコメントが、彼らの声援が、私に力を与えてくれる。彼らの期待に応えるためにも、ダンジョン攻略を頑張らないと。


 A級に覚醒した時、友達がダンジョン配信をオススメしてくれた。A級の魔法師は数が少ないから、すぐにバズれるよだなんて言ってくれたっけ。言われるがまま始めた配信業だけど、今ではチャンネル登録者数300万人を突破して……彼女の言う通り、今となっては有名なインフルエンサーになれた。


「今日はどこまで挑もうかな〜」


(いや、何も考えていないのかよ!!)

(でも、それがナルミらしいよな)

(そうそう、ノーてんきなところがいいよな)

(ナルミ最高!! ナルミ最高!!)


 私はダンジョンを歩む。

 昨日の配信では50層まで降り立ったから、今日はもっと深くを攻略しようかな。あるいは上層を徹底的に攻略し尽くすのも、アリかもしれない──



「グルゥウウウウウウ!!!!」



 今日の配信の内容を考えている中、私の目の前に青白い魔法陣が浮き上がってきた。そして魔法陣から顕現したのは、1匹のオオカミのような魔物。


 包丁よりも鋭く、大きな牙。

 鉄板さえも容易く切り裂けような、鋭い爪。

 1本1本が針金のような、灰色の体毛。

 爛々と輝く、真紅の瞳。


 体長10メートルを超える、巨大なオオカミ。

 こんな魔物、私は……1匹しか知らない。

 だけど……あり得ない。

 その魔物は、こんな上層には出現しないハズだから。


(え、これって……)

(いやいや、あり得ないだろ!!)

(そうだ、ここはまだ一層なんだぞ?)

(いや、でも……あり得ているだろ!!)


 この魔物の正体に気付いた人が、コメント欄に多数いる。私と同じように、動揺の声を上げている。こんな場所に存在するはずが無いんだから、その反応は当然だ。


「フェンリルが……どうして、ここに!?」


 S級の魔物、フェンリル。

 身体を覆う体毛は堅牢であり、ほとんどの魔法攻撃を無効化する。その牙と爪を防ぐ術はなく、最上級の結界魔法でも切り裂かれる。


 本来であれば、フェンリルはもっと下層に出現する魔物だ。A級の私でも挑んだことのない、100層以降に出現する魔物だ。だからこそ……私が挑んだとしても、勝ち目は薄いだろう。


(ナルミちゃん!! 逃げようよ!!)

(このまま戦っても、勝てないよ!!)

(ナルミちゃんが死んじゃうよ!!)

(お願い!! 逃げて!!)


 私のことを心配してくれるコメントが、多く届けられる。視聴者の心配の声は嬉しいけれど──


「ごめん、逃げるわけにはいかないよ」


 私がここで逃げれば、フェンリルはしばらくこの場を彷徨くことになる。魔法師協会に伝えればこの辺りを封鎖できるだろうけれど、それでも協会に伝えるまでの間に……何人かの魔法師が犠牲になる可能性だって大いにある。


 ここはまだ1層だ。

 つまりこの層をメインで攻略しているのは、F級などの低級魔法師になる。そんな低級魔法師がフェンリルと相対したら、凄惨な様になるのは想像に難くない。


「私がここで討伐しないと、被害が甚大になるからね」


 息を整える。

 私はA級だ。つまり……勝算は薄い。

 だけど……それでも、覚悟を決める。


 魔法師に覚醒した時、協会での新任教育で教わった。「魔法師は大いなる力を持つが故、弱者を守らなければならない」と。その話の弱者は魔法師以外の市民のことだろうけれど、今回の場合はF級だって含まれるハズ。


「ふぅ……覚悟決めないとね……!!」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ぐぅ……」

「グルゥウウウウウウ!!」

「どうして……こんな上層に……!!」

「グルゥウウウウウウ!!」

「S級の魔物、フェンリルがいるの!!」

「グルゥウウウウウウ!!」


 アダマンタイトで出来た剣を振るうも、フェンリルの針金のような堅牢な体毛は一切傷つかない。ガギンガギンッと刃が体毛に触れるたびに火花が散り、フェンリルは一切のダメージを負っていない。


 対照的に、私はフェンリルの攻撃を避けることに精一杯だ。フェンリルの攻撃はどれも文字通り必殺で、掠っただけで瀕死になってしまうだろう。だからこそ、私は必死に避けていた。


(やっぱり……フェンリル強いな)

(ナルミの攻撃が、何一つ効いていないぞ)

(でも……こんなところで諦めるナルミじゃないだろ?)

(そうだ!! 頑張れナルミ!!)


 コメントの声援が、私に勇気をくれる。

 そうだ、こんなところで負けるわけにはいかない。せっかくA級に覚醒して、せっかく大バズりを果たして、せっかく国立魔法学院に入学できたんだ。こんなところで死んでしまうなんて、そんなの私の人生が勿体無い。


 もっと楽しい人生を、私は送りたいんだ。

 だからこそ、フェンリルはここで倒す。

 私の人生を賭けて、必ず。


「《災いの魔剣レーヴァテイン》!!」

「グルゥウウウウウウ!!」


 私の使える中で最強の魔法、《災いの魔剣レーヴァテイン》。

 地獄の炎を纏った斬撃は、万物を切り裂く。

 地獄の炎は万物を、焼き尽くす。


 渾身の力を込めて、《災いの魔剣レーヴァテイン》を振るう。

 たとえ相手がフェンリルであろうとも──


「グルゥウウウウウウ!!」


 ガギンッと言う音が聞こえた。

 炎が散る様が、目に見えた。

 火傷も負っていないフェンリルが、映った。


 そんな、ありえない。

 私の《災いの魔剣レーヴァテイン》が、通じないなんて。

 かつてS級魔法師に同行した際に相対した、S級の魔物であるアークデーモンには通じたのに。



「グルゥウウウウウウ!!」



 フェンリルは嘲笑するように吠えると、ミヒ前足を大きく振り翳した。鋭い爪が伸びていて、私のことを狙っていた。


 あの一撃が振り下ろされれば、きっと私は死んでしまうだろう。何としてでも避けなければ──


「あ」


 緊張からかな。

 脚が解れてしまい、その場に転けてしまう。

 あ、これは……マズい。


(ナルミ!! 避けて!!)

(危ないよ!! 死んじゃうよ!!)

(ナルミ!! 頑張ってくれ!!)

(生きてくれ!! ナルミ!!)


 走馬灯が流れる。

 あぁ、ここで……終わるんだな。

 何ともあっけなくて、無様な最期だ。


「……情けないな」


 私の小さな呟きは、きっと配信に乗っていないだろう。そして、私の人生は幕を──



「──大丈夫ですか?」



 ──閉じることはなかった。

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