第2話 フェンリル

「くぅ……!!」


 絹のようにきめ細かな桃色の髪。

 紺色の制服を押し上げる、たわわな胸。

 165センチほどの身長に、抜群なスタイル。


 圧倒的美少女、間違いなくナルミだ。

 バズる秘訣を探るため、彼女の配信は何度も拝見した。だからこそ、俺が間違えるハズがない。


 そんな彼女は剣を振るいながら、苦戦していた。相手は──


「グルゥウウウウウウ!!」


 包丁よりも長く、鋭利な牙。

 刺々しく、荒々しい灰色の体毛。

 強靭かつ鋭い爪。10メートルを超える巨躯。

 

 あまりにも巨大なオオカミが、彼女のことを追い詰めていた。爪を振るうと風圧で壁が抉れ、その牙は鉄板さえも噛み砕くだろう。その攻撃はどれも強力であり、掠っただけで大ダメージになりうるだろう。


「《災いの魔剣レーヴァテイン》!!」

「グルゥウウウウウウ!!」


 紫色の炎を纏った斬撃を放つも、彼女の攻撃はオオカミには大してダメージにはなっていない様子だった。針のように硬質な毛が、彼女の斬撃を受け止めていた。


 彼女の攻撃は通じず、逆にオオカミの攻撃は全て一撃必殺。なんとか紙一重で回避している彼女だが、限界が近いのは明らかだった。


 故に……疑問が浮かぶ。

 どうして彼女は、苦戦しているのか、と。

 あの程度の敵、俺でも倒せるのに。


「ぐぅ……」

「グルゥウウウウウウ!!」

「どうして……こんな上層に……!!」

「グルゥウウウウウウ!!」

「S級の魔物、フェンリルがいるの!!」

「グルゥウウウウウウ!!」


 オオカミの攻撃を捌きながら、彼女は怒りにも近い咆哮を吐く。苛立ち、不条理、そんな感情を含んだ言葉を、吐き散らした。


 しかし……S級の魔物? フェンリル?

 確かにこのオオカミは巨大で強そうだが、そんな大層な名が付くまでではないだろう。現にこの程度の魔物だったら、俺は何度か屠っているからな。


 それ故、少し疑問に思う。

 F級の俺でも倒せたのだから、彼女だったら楽勝で倒せるハズだ。だからこそ、彼女は苦戦の演技をしている……と思うのだが、あまりにも迫真すぎてとても演技だとは思えない。


 彼女を助けることが、邪魔になるだろうか。

 何かしらの事情があり、苦戦しているのか。

 葛藤すること数十秒。そんな時──


「グルゥウウウウウウ!!」


 オオカミは大きく前足を振り上げ、彼女に振り下ろした。回避しようとした彼女だが、運の悪いことに足がほつれた様子で回避に失敗──



「──大丈夫ですか?」

 


 オオカミの攻撃が、彼女に命中することはなかった。なぜならオオカミが振り上げた前足は、俺が掴んで食い止めたからだ。


「え、え、あ、あなたは……?」

「えっと……ナルミさん、ですよね?」

「あ、え、あ、は、はい」

「配信での演出中だったかもしれませんが、思わず助けてしまいました。邪魔をしたなら、今のうちに謝罪しておきます。申し訳ありません」

「え、え……?」

「その上で1つ聞きますが、このままオオカミを倒しても良いですか?」


 俺の質問に対し、彼女はコクっと頷いた。

 呆気に取られている様子だったが、とにかく承諾は得られた。彼女に恩を売る、というわけでもないが……今は彼女を助けるとしよう。


「やぁッ!!」


 オオカミの前足を離し、そのまま殴る。

 すると──


「グルッ──!?!?」


 まるでゴム毬のように地面をバウンドしながら、オオカミは吹っ飛んでいった。そして数百メートル離れた壁に激突し、そのままメリ込んだ。


「ふぅ、まずまずだな」

「な、な……え、えぇええええええ!?!?」

「え、どうかしましたか?」

「ど、ど、え、えぇ!?」


 あんぐりと口を開き、彼女は驚嘆を露わにしている。そんなに大きく口を開けていると、疲れるだろうに。


「な、な、い、今……何をしたんですか!?」

「何って……普通に殴っただけですよ?」

「殴り飛ばした!? S級のフェンリルを!?」

「オーバーリアクションですね。なるほど、それが人気の秘訣ですか」


 些細なことにも、オーバーな反応を。

 これが人気配信者になる秘訣か。

 なるほど、勉強になるな。


「再度確認ですが、本当に倒しても良いんですね?」

「え、あ、はい。でも……S級のフェンリルを倒すなんて、無茶ですよ!!」

「あはは、さすがのトーク力ですね。期待値を上げるのも、トップ配信者の秘訣ですか」

「何を意味のわからないことを言っているんですか!! S級のフェンリルを殴り飛ばす膂力は凄まじいですが、さすがに勝てませんよ!!」

「大丈夫、任せてください」


 そして俺は駆けた。

 ものの数秒で、フェンリルの懐に潜り──


「歯を食いしばれよ」


 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。

 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。

 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。

 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。


 灰色のオオカミの毛が、徐々に赤く滲む。

 地面に、壁に、鮮血が飛び散る。

 オオカミの顔が、苦痛に歪む。


「グルゥウウウウウウ……!?」


 やがてオオカミは──


「グルッ──!?」


 ──爆散した。

 肉片は飛び散り、やがて光の粒子と化した。


「ふぅ、終わりました」


 振り向くと──


「え、えぇ……」


 ドン引きしているナルミさんの姿が、そこにあった。

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