過疎ダンジョン配信者の社畜、たまたま出会った人気配信者を助けたら何故かバズってしまう

志鷹 志紀

第1章

第1話 過疎配信

「みなさん、こんにちは〜」


 視聴者数:0

 スマホ画面に向かって挨拶をするも、すぐに思わずため息をこぼしてしまう。誰も見ていないのに挨拶をするなんていう滑稽な行動に、自分でも呆れてしまう。


 自嘲も含んだため息が、空間に反響する。

 ただでさえジットリした洞窟然としたダンジョンなのに、俺のため息のせいでさらに暗澹とした空気が流れてしまう。


「副業で始めたダンジョン配信、全く稼ぎにならないな……。はぁ、ツラい」


 霜野宗吉しものそうきち。25歳、社畜。

 職業:ブラック社畜、ダンジョン配信者

 年収:250万

 

 今から2週間前、俺は覚醒した。

 ランクは最低クラスのF級だったが、それでも魔法が使えるという事実に震えたものだ。そして、憧れのダンジョンに挑めることに歓喜したものだ。


 昼は普通の会社員、夜はダンジョン配信者。

 そんな二足の草鞋を履こうと思い、スマホも最新のものに買い換えたのだが……現実はそう甘くなかった。覚醒した魔法師が10万人を突破したというニュースもよく流れているように、今ではダンジョン配信者は飽和している。つまり──


「何かしらの個性がないとバズらないことくらい、十分わかっているんだけどな……」


 火・水・風・土・雷・光・闇の7大魔法。

 身体強化系などの一般魔法。


 そんな普通の魔法ではなく、その枠からハミ出るような特殊な属性魔法。あるいは達者なトーク術。とにかく何かしらの武器がなければ、今のレッドオーシャンな配信業では戦えない。


 俺は身体強化系の魔法しか使えない。

 本業は営業職なので多少は話せるが、それでも素人に毛が生えた程度のトーク力だ。並外れた面白い話など、ちっともできない。


「本業と合わせて年収1000万を突破できるかもなんて夢を抱いたけれど、現実は世知辛いな。配信業を始めて1週間になるけれど……未だにチャンネル登録は0人だもんな」


 重く苦しいため息が漏れる。

 本業も年収300万もいかないブラック社畜。

 苦しい生活を変えるため、そんな理由から始めたダンジョン配信だが……個性のない俺には一発逆転は難しかったようだ。


 薄暗いダンジョンも相まって、気持ちがドンドン沈んでいく。配信者になれば一気にバズって、苦しい生活から解放されると考えていたが……現実は甘くなかった。


「配信を辞めて誠実にダンジョン攻略で食っていくのも、F級には難しい話だもんな。はぁ、世知辛い」


 日本のダンジョンは合計1000個以上。

 ダンジョンの内部には魔晶石が眠っていたり、財宝を守る魔物が潜んでいたりと夢が詰まっている。……と学校では習ったが、それがあくまでも調査の進んでいない下層の話だ。


 F級の魔法師である俺は、すでに調査がされ尽くした上層部しか探索が許されない。下層になればなるほど魔物が強力になり、無闇に魔法師を失うことになるからと説明されたが……それでも世知辛い。


 調査がされ尽くした上層を探索しても、めぼしいものはほとんど見当たらない。出現する魔物も雑魚ばかりであり、素材を売っても……100円にも満たないことがほとんどだ。


「世知辛い世の中だ。まぁ……弱者が虐げられるのは、どこも一緒か」


 もう少しランクが高ければ、きっと配信が過疎ることもなかっただろう。F級の配信者など水泡の如く存在し、珍しくもなんともないからな。


 Fラン大学を卒業し、ブラック企業に就職。

 ダンジョン配信とは、そんな終わっている俺の人生が好転する良いチャンスだと思ったんだけどな。現実はそう甘くなかったようだ。


「ため息ばかりが漏れるな。はぁ……ん?」


 そんな時だった。

 通路のずっと先で、誰かが交戦している姿が窺えた。洞窟内に反響する、苦戦している声が聞こえた。


 目を凝らして、何が起きているのかを確認する。俺の目に映ったのは──


「……ナルミ?」


 ダンジョン配信を行うにあたり、事前に様々なジャンルの配信者のことを調べた。桃色の髪を揺らしながら戦う彼女のことも、俺は存じ上げている。


 ナルミチャンネル。

 登録者数250万人を誇る、ダンジョン配信者の金字塔だ。現役高校生というブランドに加え、A級の彼女の華麗でダイナミックな戦闘。そして軽快なトーク力と、バズる要素をこれでもかと含めた素晴らしいチャンネルだ。


 そんな彼女が今、苦戦している。

 相手は……灰色の毛をした巨大なオオカミだ。推定10メートルはありそうなオオカミが、彼女のことを襲っている。


「配信上の演出か? いや……あんな巨大なオオカミなんて見たことないし、何よりもこのまま見過ごすわけにもいかないよな」


 俺よりも年下で、俺よりも遥かに大成している彼女には嫉妬をしたこともあるが、それは現状とは関係のない話だ。遠目ではあるが彼女が苦戦し、ピンチであることは一目でわかる。


 これが配信上の演出だったとすれば、彼女を助けることは彼女の邪魔をすることになるだろう。だが……その時はその時だ。素直に謝罪をすることにしよう。


 全身に《闘気》を纏い、俺は駆け出していた。みなぎるパワーのまま、彼女の元へと。

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