第42話 ジョシュアの覚悟とリラの想い
突然目の前が眩しい光に包まれたかと思うと、ジョシュアとリラは鏡の外に弾き出された。
「ここは……。そうか、元の世界に戻ってきたんだ……」
ジョシュアがポツリと呟く。
その顔は……
涙で濡れていた。
『戻ってきたか。ジョシュア、お前が今見てきたもの……。これがリラの真実だ』
淡々とした口調で喋る鏡。
「こんな……辛い過去があったなんて……。こんなの……あんまりだ……!」
ようやく明かされたリラの真相。だがそれは、ジョシュアの想像を遥かに超える、あまりにも残酷なものだった。
さらに鏡は続ける。
『確かに……リラの受けた仕打ちは理不尽で悲惨なものだ。……だが、リラは自分の兄と大勢の村人を惨殺した。それもまた事実だ。ジョシュア、お前はそれでもリラを受け入れられるのか?』
この問いに対し、ジョシュアはすぐには答えられなかった。
目を閉じ、自分の心の声に耳を傾ける。
最初に浮かんできたのは、記憶を失い、不安そうにしているリラの顔、フルハート村でぶどうジュースを飲んだ時の満面の笑み、ハザディー村で怪我を負った時、泣き出しそうな顔で心配してくれたこと、アルメリ村でいなくなった自分を夜通し必死で探してくれたこと。
「……確かに、人を殺めることはダメだ……。でもそれは……、当事者じゃない僕にどうこう言う権利はない……。僕にとっては……自分の目で見てきたリラが全てだから。気持ちは変わらないよ」
ジョシュアの言葉に、リラは何も答えず、ずっと下を向いたまま黙っている。
その表情は見えない。
『そうか。それがお前の答えか。……リラよ、全ての記憶が戻った今、お前は何を思う?』
「……」
リラは依然として黙ったままだ。
コツコツコツ……
不意に足音が背後から聞こえてきた。
「あの後、村の男達を次々と手にかけていったリラの元に、とある天使が舞い降りた。そして記憶を奪い、呪いをかけた。『汝、人の愛を知り、己の真相に辿り着け。心の声に耳を傾けたその時、最後の審判が下される』……真相に辿り着いた今、お前は何を思う?」
鏡と同じ問いが投げかけられる。
今度はしっかりと人間の声で。
振り向くとそこには、フルハート村の村長、ロジャーの姿があった。
「……村長様! どうしてここに……」
「ジョシュア、ご苦労だったな……。私がここに来たのは、最後の審判を下す為だよ」
ロジャーがそう言った瞬間、ロジャーの体が強烈な白色の光に包まれ、光は物体となってロジャーの体から離れた。
そしてその光からは白く大きな翼が生え、仮面を付けた天使の姿となった。
どうやらロジャーの体は天使が宿る『器』になっていたようで、
天使が抜け出た今、ロジャーはスヤスヤと寝息を立てて眠っている。
「村長様の中に……天使様が入っていたんだね……」
ジョシュアが静かに呟く。
「そうだ。本物のロジャーは眠っているだけだから、安心しなさい」
「……あなたは、あの時の……」
気づくとリラが顔を上げていた。その表情はまるで『無』
だが、瞳の奥に僅かに『悲しみ』のような色が灯っているように見える。
「ああ。私はお前に呪いをかけた張本人だよ、リラ。……久しぶりだな」
そう言って天使は徐に仮面を外す。
あらわになった顔を見て、リラの瞳が大きく揺れ動いた。
「……お父様……!」
仮面の天使の正体は、リラの父親、ラファエルだった。
「アドルフがあんな風になってしまったのは、私の責任でもある。私は死んだ後もお前達の様子を見ていた。アドルフやお前があんな残酷な事をしてしまったことも……」
ラファエルが沈痛な面持ちで語るのを、リラは黙って聞いている。
「アドルフはお前に殺され、今は地獄で罪を償っている。時間はとてつもなくかかるが、償い終われば、転生もできる。だがリラ、お前の死後は……地獄よりも過酷な世界……『無界』に行くことが決まっている」
「……」
それでもリラは口を閉ざしたままだ。
「私はなんとかして、お前の罪を軽くしたかったのだ……。そんな時、私の元へ神が交信してきた。神はお前を憐れみ、お前の罪を軽くする機会を与えて下さったのだ。そして力を私に授けた」
ここでようやくリラがゆっくりと口を開いた。
「……それで、エルミーヌに見立てた呪いを私に……?」
「そうだ。エルミーヌの話は、各地によって内容が変わってくるが……。下半身がドラゴンになる呪いの最終形態は、どれも完全なるドラゴンの姿になり、人間には二度と戻れないという物だ」
「……そう。なら私も……最後の審判を経て、エルミーヌと同じように、完全なドラゴンの姿になってしまうということね」
淡々とした口調でラファエルに返すリラ。
「それは……お前の心次第だ。呪いが解除されず、ドラゴンになれば……お前は約三百年間、その姿で生き、最後は体が朽ち果てて死ぬ。そして死後は無界行きになる。呪いが解除されれば、お前はこの後も人間として生きられる。死後も地獄より軽い煉獄行きとなる」
そこまで話すと、ラファエルは表情をさらに引き締めた。
「さて、最後の審判だ。リラ。お前に問う。お前は……自分のしたことを悔いているか? まだ、男を憎むか?」
ラファエルに問われたリラは……
「私は……自分のしたことを……後悔なんかしてないわ。あいつらは……惨殺されるだけのことをした。報いを受けて然るべきだわ」
リラが静かにそう言うと、ラファエルは苦渋の表情を浮かべる。
それはジョシュアも同じだった。
……リラ! それじゃあ君は……。
「そして、男も憎んでいる……。私の気持ちは変わらない……。だって……許せる訳ないじゃない! あんな目に遭わされて、理不尽に大切な人達まで傷つけられて……奪われて……! どうして許せるって言うのよ……! 無理よ、そんなの!」
リラの怒りと悲痛な叫びに、いたたまれない気持ちになるジョシュア。
だが、ラファエルは……
「それは……全員に対してか?」
さらに問いかける。
「……」
リラは何も答えない。
「黙っているということは……そうなのか……? なら……なぜお前は泣いているのだ?」
「……っ!」
いつの間にか、リラの目からは大粒の涙が溢れ出ていた。
それを見たラファエルは、
「質問を変えよう。……お前は、ジョシュアのことも憎むのか……?」
そう問われ、ハッと顔を上げるリラ。
「それは……」
言葉に詰まるリラに、ラファエルはさらに畳み掛けるように続けた。
「ジョシュアも、お前の憎むべき『男』という存在だ。お前が殺してきた奴と同じだ。お前はジョシュアのことも恨むということだな……?」
ラファエルの言葉にリラは瞠目し、体を震わせながら、声を張り上げた。
「違う! ジョシュアはあいつらとは違う! 一緒にしないで!」
リラの脳裏に、ジョシュアと出会ってからの様々な出来事がまるで走馬灯のように駆け巡る。
森の湖で初めて半身ドラゴンの姿で出会ったこと、気味悪がらずに助けてくれたこと、ジョシュアの家族も温かく迎えてくれたこと、記憶を取り戻す為に一緒に旅をしてくれたこと、ハザディー村で襲われそうになった時、身を挺して守ってくれたこと、自分の真相を知っても受け入れてくれたこと……。
「リラ……」
ジョシュアはリラを真っ直ぐ見据える。
「男のことは憎い! 大嫌いよ! アドルフも! 拷問された時、黙認してた王宮内の臣下や手助けした看守達も! 女性をモノのように扱い、アイリスを殺した村の奴らも! でも……でも!」
言葉を詰まらせながら、嗚咽を漏らすリラ。
ジョシュアの次に浮かんだ顔は、その家族。
ジョシュアと同じく、何者かわからない自分に……、呪いのことを知っても優しく接してくれたフレディやブライアン、それから、育ての親として、フルールのことを心から愛し、最後まで寄り添っていたマシュー。
「全員じゃない……、全員憎い訳じゃない……」
……ああ、そうか。『男』だから全員『悪』という訳じゃないんだ……。もしかしたら……、ウェイスト村の中でも……優しい心を持つ『男』はいたのかもしれない………。
だけど私は……あの晩、アイリスを殺し、私を酷い目に遭わせたパトリック達以外の男も、連帯責任として大勢殺してしまった……。
「……これが最後だ。リラ。もう一度問う。お前は……自分のしたことを悔いているか? 男という存在をまだ憎むか?」
まるで祈るような目でラファエルは再度リラに問いかけた。
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