第40話 鏡の中 明かされる真実⑨ ※残酷描写あり

「……おい、アイリス。こんな夜にどこ行くつもりだ……?」

パトリックのドスの効いた声が、アイリスの頭に響く。


「あなた……、違うの……。これは……」

全身をガタガタと震わせるアイリス。


その様子を見たパトリックが鬼の形相で問い詰める。


「お前、まさか……逃げようとしてたのか……? そうなんだろ!」

そう言うや否や、アイリスを突き飛ばした。


「きゃっ!」

地面に倒れ込むアイリス。


「やめてください! お義兄さま……! これは、私のせいなのです!」

リラが咄嗟に庇う。


ちなみに、パトリックはリラに自分のことを義兄(にい)さまと呼ぶように言いつけていた。


アイリスが姉として振る舞うなら、その夫である自分は義兄だと……。その呼び方はアドルフと重なるので、リラとしては嫌だったが、アイリスの立場を守るためにも従った。


「ああ? どういうことだ!」


今度は険しい顔でリラを睨みつけるパトリック。


「私が……、アイリスお姉ちゃんを外に連れ出そうとしました。だから……悪いのは私です! お姉ちゃんは悪くない……!」


震える声で言うリラ。


パトリックはそんなリラをじっと見ると、口元に卑しい笑みを浮かべた。


「そうか。なるほど。ライラ、お前がアイリスを唆したのか。それは、罰を与えないといけないよな……」


『罰』という言葉を聞いて、リラはビクッと体を震わせる。


「おいお前ら、中に入れよ」

そう言って、外にいる男達を家の中へ招き入れた。


「こいつ、アイリスを逃がそうとしたんだ。今からお仕置きしようと思ってな。特別にお前らにも手伝わせてやるよ」


パトリックが声高らかに言うと、男達から歓喜の声が上がった。


「おお……! 物凄い別嬪だ! これはそそるな!」

「おい、パトリック、どこでこんな良い女拾ってきたんだよ?」

「こんな良い女と……! 最高だ!」


次々と投げかけられる不躾な言葉と視線。


リラはこの後、自分が何をされるか想像できてしまい、ガタガタと全身をさらに大きく震わせた。


それはある意味、アドルフに拷問されるよりももっと非道なことだ。


そして、パトリックがリラに襲い掛かろうとしたその時……


「やめてください!」

パトリックに突き飛ばされ、床にうずくまっていたアイリスが声をあげた。


身を起こし、リラの元へ駆け寄り守ろうとする。


「邪魔だ、どけ!」


パトリックはアイリスをリラから無理やり引き離そうとするが、アイリスはリラをぎゅっと抱きしめて離そうとしなかった。


その様子に、パトリックは怒りで頬を紅潮させ、アイリスを力一杯殴り始めた。


「このアバズレが! 俺の邪魔しやがって! 今日という今日は許さねえ!」


アイリスの髪を引っ張り、顔を殴り、腹を蹴る。


「やめて! あなた! 痛い! ……ぐっ……! ううっ……!」


激しい痛みに悶えながら必死に耐えるアイリス。顔はパンパンに腫れ上がり、見るも無残な姿になっていく。


しかしそれでもパトリックは暴行の手を緩めない。


見ているだけでも嘔吐しそうな程激しい暴行が加えられるのを、ついに見ていられなくなったリラ。


「やめて! お義兄さま! やめてください! アイリスお姉ちゃんが死んじゃう!」


必死にパトリックの足元にしがみつき、何とかアイリスへの暴行を止めようと試みるも、力のないリラに止める事など当然不可能で、逆にパトリックに突き飛ばされてしまう。


そして、ようやく暴行が止まったかと思うと……

そこには変わり果てたアイリスの姿があった。


「えっ……! そんな……」

リラは放心状態のままアイリスに近づく。


そして絶望する。


アイリスは既に息をしていなかった。


「あ……ああ! あああああああ!」


声にならない叫び声をあげるリラ。


その横で、パトリックは自分の妻を殺してしまったにも関わらず、悪びれる様子など全くなく、

「ちっ! 手間かけさせやがって。このクソ女が……!」

と、もう事切れているアイリスに向かって唾を吐き捨てた。


そして、ゆっくりリラに近づき……。


「いや……やめて、こないで……!」


パトリックから逃れようとするも、あっさりと捕まってしまう。


「いや……! 離して! 誰か……助けて! いやああああ!」


……その後、絹を裂くような悲鳴が一晩中響き渡った。




暖かく明るい日の光が家の中に差し込み、リラの顔を照らす。

その眩しさに、深い眠りから目を覚ますリラ。


まるであの出来事はただの悪夢だったような、そんな朝の目覚めだった。


しかし、目を覚ました途端に全身に走る痛みが、あれは悪夢ではなく、現実だったのだと知らせてくる。


リラの全身は痣や傷だらけになっており、体を少し動かす度に激痛が走るので、寝ていることしかできない。


まるで魂が抜けてしまったかのような状態だが、それでも五感は冴えており、外が妙に騒がしいことに気づく。


けれども、体を起こすことは出来ず、大人しく横たわっていると、

玄関の方から何やら大勢の足音が近づいてくるのが聞こえた。


またあの悪魔達がやってきたのか? と思ったが、もう今更どうでもよかった。


だが、リラの元にやってきたのは昨日の男達ではなかった。


「リラ様! ご無事ですか!」


ライラではなく、リラと呼ばれ、思わず反応する。


駆けつけてきた者達を見ると、そこには見覚えのある顔ばかりだった。


「……あなた達……」


彼らは王宮の臣下達だったのだ。


「リラ様! よくご無事で!」


そう言われ、アドルフの命令で追放しておいて何を今更……と言いたくなるのを我慢して尋ねる。


「……どうしてここが? それに、私は国王から追放された身ですが?」


自分でも恐ろしいほどに冷たい声が出た。


すると、臣下の一人が、やや気まずそうに語り始めた。


「実は……、先日アドルフ国王陛下が心臓発作で急逝されたのです。そのため、リラ様には王宮にお戻りいただきたく……」


「あらお兄様、亡くなられたのね。それはご愁傷様。それと、理不尽に人を追い出しておいて、随分と勝手なものですね」


責めるような口調で言われ、臣下達はやや悔しそうに顔を歪める。


そしてリラも、口ではそう言いながら、セシルが無事にやり遂げたということを確信してほくそ笑んだ。


「申し訳ございません……。どうか無礼をお許しください。我々には早急に王が必要なのです。どうか……」


「あら、女性は王にはなれない決まりではなくて?」


「いいえ。これも先日のことですが、前国王のラファエル様の遺書が見つかったのです。そこには、万一、アドルフ様が亡くなられた場合は、妹のリラ様を女王にするようにと……。異論は認めないと記されておりました……」


その言葉を聞いて、リラは納得した。


「そう。お父様がね……」


そしてしばらく思案を巡らせる。


……さて、これからどうしようかしら……。体制を整えていく必要があるけれど……その前に……悪魔退治しないとね……。誰一人として逃さないわよ。さて、どういう罰がいいかしら……フフフ……あははははは……!


「わかりました。王宮に戻りましょう。でもその前に……ここでやることがあります」


「やること……?」

臣下達は訝しげに聞き返す。


「ええ。まずは……、この村の男全員捕らえて一か所に集めておきなさい。それから、村の奥に水車小屋があるんだけど、建て直しなさい。それもとびきり巨大なものに」


臣下達はリラの意図が分からず、困惑の色を顔全面に押し出している。


「水車小屋……ですか? 巨大とは実際どれほど……」

「あら、石臼に人が複数入れる程の大きさよ」


「人が複数入れる程の……」


戸惑いを見せる臣下達を無視して、リラは話を進めていく。


「女王命令よ。出来るだけ早急に建設なさい。その間、一度王宮に戻って準備を整えるわ」


以前とは、まるで人が変わってしまったようなリラに、臣下達はただただ困惑し、恐れのような感情を抱く者もいた。













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