第38話 鏡の中 明かされる真実⑦

ゴウゴウと全身に吹き付ける強い風で、リラは目を覚ました。


「ここは……どこ?」


まだ頭がボーッとする状態で、辺りをキョロキョロと見渡すが、周りにはこれと言ったものが何もなく、何か目印になる物と言えば、遠目に見える小さな川とその上に架かっている木の橋くらいだ。


リラはアドルフに薬品を嗅がされた後、どうやらこの場所に捨てられたらしい。


「近くに、集落か何か……あれば良いのだけど……」


リラはゆっくり立ち上がろうとするが……


「痛っ……!」


アドルフの拷問でできた全身の傷が激しく痛み、立ち上がることが出来ない。諦めてそのまま横たわる。


どうしようかと途方に暮れていたリラの耳に、背後から誰かが木の橋を渡ってこちらに近づいてくる音が聞こえた。


……誰か来る……。


リラがそっと顔を上げると、一人の少女が手に籠を持ってこちらに向かってくるのが見えた。


少女もリラに気づくと、慌てて駆け寄ってきた。


全身傷だらけで、所々破けてボロボロのドレスを身に纏っていることに驚きの声をあげる。


「ちょっとあなた、大丈夫……? 一体どうしたの……?」

リラは少女の顔をまじまじと見つめる。


焦げ茶色のセミロングの髪に、青い瞳が印象的な優しい雰囲気の年上の少女だった。


「えっと……、私、家族に捨てられてしまって……。行くところもなくて……」

自分が王族ということを隠しながら、リラは言葉数少なめに助けを求めた。


すると、少女はぎゅっとリラを抱きしめ、優しく頭を撫でた。


「怖かったよね……! 辛かったよね……! もう大丈夫だからね!」


少女の体温の暖かさと優しい言葉に、リラは張り詰めていた糸が切れ、堰を切ったように泣き出した。


「う……うわあああ……」


少女はリラが落ち着くまでずっとその場で慰めてくれた。


両親の死後、ずっとアドルフからの酷い仕打ちに耐えてきたこと、唯一信頼できるセシルと引き離されてしまったこと等がリラの脳内を一気に駆け巡り、抑えていた感情がとめどなく溢れ出てくる。


しばらく泣き続け、ようやく落ち着いてくると、少女はリラから体を離し、真正面に向き直る。


「少し落ち着いたかな?」


少女が穏やかな表情で確認すると、リラがコクリと頷く。


「それならよかった。よっぽど辛い目に遭ってきたのね……。もう大丈夫。行くところがないなら、私の家においで。貧しい村だし、私の夫はちょっと怒りっぽくて慣れるまでは大変かもしれないけど……」


少女から提案を受け、リラは弱々しい声で答える。


「いいんですか……?」


そんなリラの様子に、少女は再度優しく頭を撫でる。


「当たり前じゃない! 村での生活で、何かあれば私が守るから安心して!」

自分に向けられた優しくも力強い瞳に、リラはどこか安心感を覚える。


「ありがとうございます……」


「もちろんよ! あ、まだ名乗ってなかったね! 私はアイリス。あなたは?」


名前を聞かれ、リラは一瞬考える。

本名を名乗れば当然身分がバレてしまう。


「えっと……、私はライラと言います」

咄嗟に偽名を名乗った。


「ライラ! 可愛い名前! よろしくね! 私の村は、ここを真っ直ぐ行った所にあるんだけど……立てる? 酷い怪我してるみたいだけど……」


アイリスは心配そうにリラを見つめる。


「なんとか……」


リラは痛みを我慢して立ち上がると、アイリスがさっと支えてくれた。


そしてリラの体を気遣うように、一歩一歩、ゆっくりと歩を進めていく。


道中、アイリスはリラの事情については敢えて深く聞かずに、自分の身の上話をした。


「私、もともとこの国出身じゃなくてね、隣国のブリッシュ帝国から嫁いできたの」


「えっ……」


「ふふ。びっくりするわよね。自分でも驚いてるわ。両親は私が幼い頃に死んじゃって、少し年の離れた妹と一緒に、近所の優しいおじさんが経営する宿屋で暮らしてたんだけど、ある日やってきたお客さんと恋に落ちて、勢いで結婚しちゃったの」


「アイリスさんも……、ご両親を亡くされていたのですね……」


リラは、自分の両親のことを思い浮かべながら、アイリスの話を聞いていた。


「うん。あ、あと、私のことはアイリスでいいのよ? それから敬語もなし!」


「ええっ……」


突然そんなことを言われ、戸惑いを見せるリラだが、どこか嬉しそうにも見える。


王女として生まれ、常に敬われる立場で生きてきた彼女にとって、誰かと親しくするという経験がなかった。


黙り込んでしまったリラに、アイリスは何かに気づいたようにハッとした表情になる。



「あ……、もしかして……ライラって良いところのお嬢様だったりする……? 良く見たら、ボロボロだけど、身なりも良いし……。言葉使いも丁寧だし……。だとしたら、私すごく失礼なことを……」


アイリスは急に青い顔で言うが、時既に遅しである。


「えっと……いえ、大丈夫です……、あ、ううん、大丈夫……。いや、今までこんな風に誰かと親しくするなんてこと……なくて……」


しどろもどろになりながら伝えるリラに、アイリスは思わず、ふふっ、と笑ってしまう。


「そっか! じゃあ慣れてないだけかな……? 無理しなくても良いけど、気さくに話してくれたら嬉しいな!」


「が……頑張ります……!」


「やだ! 頑張らなくて良いのよ!」


アイリスの弾けるような笑顔に、リラの閉ざされた心も徐々に解放されていくのを感じた。


「あの……、どうして見ず知らずの私に優しくしてくれるんですか……?」


「うーん、困ってる人がいたら助けるのは当然だし、それと……、さっきちょっと話した通り、私には妹がいてね。フルールっていう名前なんだけど、ちょうどライラと同じ位の年なのよ。今は離れて暮らしてるから、手紙のやりとりしか出来ないんだけど……。何だか妹がもう一人出来たみたいな感覚で」


そう語るアイリスは少しだけ寂しそうだった。


「妹……」


実際、自分も妹という立場なので少々複雑な心情になる。

残酷無慈悲の悪魔、アドルフの顔がチラついて、アイリスにわからないように顔を顰めた。


「これから一緒に暮らすし、ライラも私のことはお姉ちゃんだと思って接してくれたら嬉しいわ」


「お姉ちゃん……」

リラの脳裏に、セシルの顔が過ぎる。


……セシル、大丈夫かな……。ううん、彼女ならきっと大丈夫。信じるわ。私も何としても生き延びて、王宮に戻る方法を考えないと……。


「色々と……本当にありがとうございます」

リラは改めてアイリスに礼を述べた。


「もう! またかしこまっちゃって!」

アイリスが少し頬を膨らませながら言う。


それがおかしくて、リラは思わず笑ってしまった。


「やっと笑ってくれた!」


リラが初めて笑顔を見せたのが嬉しかったのか、アイリスもつられて笑った。


それから前方を指差し、

「あ! 喋っていたらあっという間に到着したわ! ようこそ、ウェイスト村へ」

と言った。


村をサッと見渡すと、田畑は荒れた所が多く、こんな所で作物が育つのかと思ってしまう程である。


「こっちが我が家よ!」

アイリスに案内され、村の中を歩いていく。


建っている民家も簡素な造りで、かなり老朽化したものも多く、中には嵐が来たら全壊してしまうのではないか、と心配したくなる程、ボロボロの家まである。


さらに奥まで行くと、何やら朽ちた神殿のような建物と、水車小屋のような建物もある。


本で水車について読んだことはあるが、実際に見るのは初めてだったので、リラは少し興味が沸き、アイリスに尋ねた。


「あの……、あれは水車……ですよね?」


「ええ、そうよ。興味あるの? 見てみる?」


「はい……、見てみたいです……」


水車小屋に入ると、古いが立派な水車とその先に歯車と石臼が連結されている。


「今は挽く物がないから、実演で見せてあげられないんだけど、この水車の水を受ける部分、水輪って言うんだけど、そこが回ると連結されている歯車が回って石臼を動かせる仕組みなの。石臼の中に入ってる穀物は挽かれて粉々になるのよ」



アイリスが丁寧に説明してくれるのを、真剣な表情で聞くリラ。


「本当は小麦を作れたら良いんだけど、この村の田畑は荒れてて、土壌も痩せてるから、代わりにスペルト小麦を栽培して、それを粉にして生計を立てているわ。……でも税負担が重くて生活はとても苦しいけど。最近はまた重くなったしね」


やや暗い表情で話すアイリスに、リラは心を痛める。


やはり、民は重い税負担に苦しんでいる……。


ラファエルが国王の時も、税負担は重かったが、アドルフに変わってからはさらに税率が上がった。それがより良い国政のために使われるならまだしも、全てはアドルフの私腹を肥やすためだ。


そしてリラにはもう一つ気になることがあった。


「あの、ここの村では、疫病は……大丈夫だったのですか……?」


長期に渡り、アドルフに独房に監禁されていたので、今の状況が分からない。


「ええ。ここは国境で山が多い辺鄙な所だから、周囲の町村とは隔離されてい

るようなものだからね。あまり影響はなかったわ。他の所はわからないけど……」


それを聞いて少しだけ安堵した。








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