第37話 鏡の中 明かされる真実⑥ ※残酷描写あり

この日から、毎日アドルフは地下牢にやってきては、リラに凄惨な拷問を加えていた。それも決まって王宮の者たちが寝静まった夜中に。


夜中は特に、僅かな音さえ澄んで聞こえる程の静寂に包まれる。リラが身につけている母、ロザリーから授けられた懐中時計の秒針が、無機質にチクタクチクタク……と奏でるのでさえ、うるさく聞こえる。


そしてその音がはっきり聞こえる頃にアドルフがやってくるので、リラはその音がトラウマになっている。


さらに、調教内容も日を追うごとにエスカレートしていった。最初は殴られるのと鞭打ち数回のみで済んでいたのが軽いと思わざるを得ない程、酷くなっている。目撃者がいたならば、思わず目を覆い隠したくなるだろう。


そして幾夜か過ぎた頃……

いつものように、懐中時計の秒針がはっきりと聞こえてくる時間帯。


ツッタツッタとリズミカルにステップを踏むような足音が、今夜も静寂に包まれた地下牢に響く。


リラにとってはそれが調教という名の拷問開始を告げる合図となり、恐怖で身体中がガタガタ震えだす。


……今日は何をされるの……、もうこんな生活耐えられない……。

……あれ? なんか今日は足音が……


耳をよく澄ましてみると、今晩はアドルフ以外の足音も聞こえる。


そして、リラの前にアドルフとともに姿を現したのは……


「……えっ? セシル……?」


「……っ!」


リラの姿を見たセシルは、目を背けたくなる程の悲惨な姿に、しばらく唖然とした様子で立ち尽くしていたが、やがて心の奥底から激しい憎悪の感情が湧き上がってくるのを感じた。


……ああ。なんてこと……! リラ様に……自分の妹になんて酷いことを……! この男……本物の悪魔だわ!


そして、アドルフに対しての激しい憎悪を剥き出しそうになるが、

その時、自分に向けられている力強い視線に気づく。


……ダメよ! セシル。歯向かってはダメ! 堪えて!

まるでそう言われているかのような、鋭い眼差し。



セシルはアドルフに気づかれないように、リラに向けて僅かに頷きを見せた。


「どうしてセシルがここに……?」


セシルから視線を転じ、弱々しく掠れた声でアドルフに尋ねるリラ。

「ああ、このメイドの処分を忘れていたと思ってな」


『処分』と聞いてセシルはビクッと体を震わせた。そんなセシルを見て、リラはアドルフに努めて冷静に言う。


「彼女は……、私の専属メイド。主人である私の命令にはどんなことでも従わなければならない……。彼女は私の出した命令に忠実に従おうとしただけですわ……。そこに彼女自身の意志はありません」


アドルフはしばらくの間、何か考え込むように黙っていたが、やがて口元に卑しい笑みを浮かべた。


「そうだな……。こいつはお前の命令に無理やり従わされただけの可哀想なメイドだ。だが、お前に対する忠誠心もない訳ではないだろう」


そう言うと、アドルフはセシルの腕を乱暴に掴み、彼女とともに独房の中に入り込む。


中から看守に目配せすると、そばで待機していた看守はアドルフの意図を汲み取るようにこくんと頷くと、奥から鉄の籠と火バサミを持ってきてアドルフに手渡した。


「これは……」


籠の中を覗き込むと、熱々と熱せられた石がぎっしり敷き詰められている。


「今から貴様にもリラの調教をやらせてやろうと思ってな」


悪意の篭った笑みを見せるアドルフに、セシルは顔を引きつらせた。


「これを使え」

アドルフは低く冷たい声でセシルに命令する。

それからセシルの手に強引に火バサミを持たせ、焼け石を取らせる。


その後、アドルフは看守にリラを押さえつけておくよう命じると、リラの右腕を掴み、袖をまくりあげた。


「メイド。その石で何をするのか、わかるよな?」


セシルはワナワナと震えながら、首を横に振る。


……そんな! リラ様にこんな焼けた石を押し付けるなんて……! 


「ほお? お前、メイドの分際で国王の命令に従えないというのか? まあ、それでも良いが……。その場合はお前の身がどうなるか……保証はできんぞ?」


低く威圧感のある声で脅しをかけられ、青ざめるセシル。


自分が仕える主人を拷問するなど、到底あってはならないこと。例え自身がどうなっても、主人を守るのが従者の務め。セシルは当然分かっているし、その覚悟も出来ている。


「リラ様を傷つけることなど私には……」


『出来ません』と言い終わる前に、リラが口を挟んだ。


「セシル、やりなさい……。これは命令です」

恐怖で声を震わせながらも、リラはセシルにそう命じた。


「しかし……!」


「私の言うことが聞けないのですか……?」


「そんなご命令……! あんまりです、リラ様……!」

今にも溢れ出しそうな位、目に涙を溜めてリラを見据えるセシル。


リラの瞳には覚悟の色が見え、セシルはとうとう涙を零しながら、アドルフに言われるがまま、自らの主人の美しく細い両腕と両足に灼熱の石を押しつけた。


「いやあああああ!」


ジューッと皮膚が焦げ付く匂いと音、リラの痛ましい叫び声と夥しい発汗を目の当たりにし、精神が崩壊しそうになる。


……リラ様、お許しください! お許しください……!

心の中で必死に叫ぶ。


「ふははは! これは愉快だ!」


アドルフが勝ち誇ったように高笑いをするのを見て、セシルは怒りと悔しさのあまり、奥歯をギリギリと噛み締める。


そして、リラはアドルフがセシルを使って自分を痛めつけたことで、心の中の何かが、プツン……と音を立てて切れるのを感じた。


……お兄様……、いいえ。この心醜き悪魔は生かしておいたらいけない……!


リラの心情は露知らず、アドルフは満足げな表情を浮かべた。


「メイド。貴様の罪はこれで許してやろう。明日からは俺の専属になれ。お前にとっておきの仕事を用意してやる」


セシルは膝から崩れるように、冷たい地面に座り込み、アドルフに見えないように下を向いて、悔しさと憤りを全面に出し、泣き崩れた。



この日から、リラのアドルフに対する憎悪が日に日に増していき、アドルフから酷い扱いをどれだけ受け、身も心もボロボロになっても、心折れることなく必死に耐え続けた。


頭の中で、アドルフへの制裁方法について、思索を巡らせながら。


……絶対に諦めない。大丈夫。方法はあるわ。あとは……なんとかセシルに接触しなければ……。そして、伝える手段も必要ね。……まあそれは拷問で流れた自分の血と敗れたドレスの断片があれば解決できる。


いつでも渡せるよう、準備しておかないと……。国民の為にも、あの悪魔を野放しにしておく訳にはいかない!


リラの決意と覚悟が、瞳に強い光を宿した。


アドルフは以前と違うリラの雰囲気に、何かただならぬものを感じ取ったのか、たびたび拷問中に、眉間に皺を寄せて考え込む素振りを見せていた。


そんなある日、アドルフはセシルを伴ってリラの独房を訪れた。

久しぶりに見るセシルの顔はかなりやつれていた。


「セシル……!」


リラの顔に緊張が走る。またセシルに拷問をやらせる気なのか……?


しかしリラの心配とは裏腹に、アドルフの口から出た言葉は意外なものだった。


「今日でお前をこの独房から解放してやるよ」

アドルフは極めて静かに、そして冷たく言い放った。


リラは疑いの眼差しを向けながら、アドルフに問いかける。この悪魔が今更自分を素直に解放するとは思えなかった。


きっと何かある。



「……どういうことですか?」


すると、アドルフは、ふんっと鼻を鳴らし、傲慢な態度で答えた。


「お前は、薄汚い民のことが随分好きみたいだからな……、王女ではなく、お前も民になればいいということさ。そっちの方がお似合いだ」


それを聞いたリラは、アドルフの言わんとすることを瞬時に理解した。


「なるほど。追放という訳ですね」


リラは毅然とした態度でアドルフを睨みつける。


隣で聞いていたセシルは、

「お待ちください! アドルフ国王陛下!」

アドルフに抗議しようとするが……


「セシル、いいのよ」

リラが静かに止めた。


それから温かみのある優しい笑みをセシルに向けると、ゆっくり丁寧に語りかけた。


「こうなる覚悟は出来ていたわ。あなたには……小さい頃からお世話になったわね。どうか元気で……」


セシルにそっと近づき、優しく彼女の手を握った。

セシルの目から涙が伝う。


「リラ様……。……えっ?」


セシルはリラの冷たい手の感触の他に、何か別の物の感触を感じた。


「後のことは、頼んだわよ」


何かを訴えかけるような力強い瞳に見つめられ、セシルはリラの意図を汲み取った。


そして静かに、はっきりと頷いた。


「別れの挨拶はそれくらいにしろ」


アドルフの冷たい声が独房内に響く。


次の瞬間、リラは何か薬品のような物を嗅がされ、意識を失った。






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