第36話 鏡の中 明かされる真実⑤ ※残酷描写あり


自室で別のメイドに身支度を整えさせているリラは、今日視察予定のナサリー村について思索を巡らせていた。


……ここからは馬車で三時間程ね。村に到着したら、まずは村長と面会して、それから村の感染状況や衛生等も確認して……


その時、突如、バンと扉が勢いよく開く音がした。


驚きのあまり、扉の方に目を遣ると、そこには血走った目でリラを見据えるアドルフの姿があった。


信じられないといった様子で大きく目を見張るリラ。


「お…お兄様! どうしてここに……? 本日はサイラス帝国との会談のはずでは……?」


すると、アドルフは怒気を含んだ声で答える。


「ああ、そうさ。そのために昨晩から移動していた。だが途中で、会談中止との連絡が入ったんだよ」


「会談が中止……? そんな急に……? なぜです? 普通あり得ませんわ!」


リラは焦りの色を顔に滲ませ、アドルフに問いかける。


「サイラスの皇帝が昨晩、何者かに襲われたという情報が入ったんだよ。皇帝は無事だったみたいだが、会談は延期されることになった。だから引き返してきたのさ」


さすがに皇帝が襲われて、会談が延期になるという事態はリラでも予測できなかった。


「そうでしたか……」


リラは、アドルフの様子から、食糧庫の一件が彼に知られたということを察していた。そしてこの後、自分に下されるであろう罰に全身が小刻みに震えている。


「王宮に帰ってきたら、何者かがこんな朝早くから外に出ていくのを見かけて、後をつけたんだ。そして、そいつが食糧庫に入っていくのを見た」


「はい……」


「そいつは、お前の専属メイドだったよ。お前に命令されて食料を盗みに来たと言っていたぞ」


「はい。その通りです。私が彼女に食糧庫の鍵を渡し、食料を取ってくるように命令しました」


リラは静かな声で返す。


「愚かな民に配給するつもりだったそうだな! 馬鹿げた真似をしやがって」


アドルフの怒気に気圧されそうになりながらも、リラは昨日同様、引き下がる事はしない。


「お兄様は民を愚弄し過ぎです! 昨日も申し上げましたが、このまま放っておけば……」


「貴様! またもやこの私を侮辱する気か!」


リラの言葉を遮り、再び頬を高潮させて怒鳴りつけるアドルフ。


「侮辱などしておりません! お兄様、今のまま国を統治することになれば、民の反感が強まり、将来革命が起きる可能性だって十分考えられるのですよ?」


「お前の言っていることはただの憶測に過ぎん!」


「ええ、確かに憶測ですわ。ですが、あらゆる歴史書を見る限り、国王の暴政により滅んだ国の事例は多々あります! その大部分が耐え切れなくなった民が反乱を起こし、国内紛争が起こった所を他国から攻め入られて滅んだり、クーデターが起こり政権が交代したりするからです!」


生意気にも国王たる自分に意見してくるリラに、アドルフの眼光の鋭さはさらに増し、口元を引きつらせ、顔を歪めて体中は怒りでワナワナと震えている。


その剣呑な空気にリラの身支度を整えていたメイド達も皆、怯えた様子で二人の行く末を見ていた。


「ただでさえ、民は重い税負担に苦しんでいます! その上、原因不明の疫病が流行り、働き手が減って……」


「もう良い! お前の戯言は聞き飽きた!」


アドルフはとうとう堪忍袋の尾が切れたように、リラの言葉を再度遮り、ズカズカとリラに近づく。


……また殴られる! 身構えるリラ。


二人の様子を、固唾を飲んで見守っていたメイド達もその展開を予想したのか、反射的に目をぎゅっと閉じる。


「こっちに来い!」


しかしアドルフは、その場でリラを殴ることはせず、代わりに乱暴にリラの手を掴んで部屋から連れ出した。


メイド達がそっと目を開けた時には、二人の姿は部屋から消えていた。


「お兄様! 痛いです! お離し下さい!」


リラの声を無視し、アドルフはズンズンと城の下層部へ連れていく。


……この先にあるのはただ一つ。


罪人達を収容する地下牢である。


ついに地下牢までたどり着くと、入り口には看守らしき人影が数名待ち構えているのが見えた。黒くて長いローブを着ており、顔は深く被られたフードでよく見えない。


ただでさえ薄暗い地下室でこのような出で立ちなのは恐ろしく不気味だ。リラは全身から血の気が引いていくのを感じた。


「二度も私に逆らった罰だ! さっさと入れ!」


ある独房に着いた途端、アドルフはリラを乱暴に牢屋に放り込んだ。


「……っ!」


冷たい地面の感触がリラに伝わってくる。窓もなく、淀んだ空気が立ち込めている独房。


その狭い空間には何もなく、足元がやっと見える程度の灯りが灯されているだけだった。


そしてアドルフが、やれ、と看守に命令すると、彼らはリラに近づき、一切躊躇することなく、素早く手錠をかけた。


「……お兄様! 何をなさるおつもりですか……!」


リラは恐怖で顔を引きつらせながらアドルフに問いかける。


「昨日忠告したはずだ。次、私に反抗したら殴るだけでは済まないと! そして愚かにもお前はまたもや私に楯突いた!」


アドルフの鬼気迫る表情に、リラは全身をビクッと震わせるが、それでも尚、折れることなく言い返した。


「楯突いたのではありません! お兄様! どうか目をお覚ましください! こんなこと、許されるはずは……」


そこまで言うと、ドスっという鈍い音とともに、リラの腹周りに鋭い痛みと衝撃が走った。


「うっ……」


気絶しそうになる程の痛みに、顔を歪め、身を屈めて、ゲホゲホと咳き込みながら悶絶する。


昨日は一度殴られただけで済んだが、今回はこれで終わりではなかった。


アドルフは看守に、あれを持ってこい、と命令すると、看守は速やかに言われたものを持ってきた。


「国王陛下、どうぞ……」


看守から受け取ったのは、革紐を編み上げた長い鞭。


アドルフが床に数回打ち付けると、バチンバチンと鋭い音が鳴り響く。

それを見たリラは顔面蒼白になり、全身が大きく震え出した。


「ほお……。これは良い鞭だな。試しがいがある」


そう言ってのけるアドルフの顔からは、もはや『怒り』は感じられない。


「おい、こいつを押さえとけ」


アドルフが命じると、看守達は三人がかりでリラの華奢な体を地面に押さえつける。


「服の上からだと、威力が落ちるな……」


アドルフの悪魔のような呟きを耳に捕らえたリラは、必死に体をバタつかせた。


「お兄様、やめて……! お願いです! お許しください……!」


リラは恐怖のあまり、思わず許しを乞うが、アドルフは何も聞こえていないという感じで、無慈悲にも看守達に命じる。


「そいつの服を破れ」


「い……いや! やめてください! お願いだから! やめて!」


リラの必死の叫びも虚しく、背中部分のドレスは引きちぎられ、傷一つない白くて綺麗な背中が露わになると、アドルフは容赦無く鞭を叩き込む。

パアンと鋭い打撃音がなるとともに、強靭な鞭の先端が皮膚を切り裂き、出血する。

「ぎゃあああ……! 痛い! お兄様、やめてください!」


それを数回繰り返すと、リラはあまりの激痛に耐えられなくなり、意識を失った。


「ふん、気絶したか。まあ良い。今日はこの位にしてやろう。


しばらくここに閉じ込めて毎日調教でもすれば、こいつはもう私に生意気な口を聞こうなど思わなくなるだろう」


吐き捨てるように言うと、アドルフはさっさと地上に戻って行った。






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