第35話 鏡の中 明かされる真実④
セシルは直感的にリラが何か自分に仕事を与えようとしていると感じ取り、表情を引き締めた。
「はい。もちろんです。どうぞ」
聞く体勢に入ったので、リラは食糧庫にある食料を明日、ナサリー村の民に分配することを話した。
セシルは驚いた様子を見せることなく、真剣な表情で聞いている。
そして何となく、この後自分が行うべき仕事を予想できた。
「なるほど。では、私は民に配る分の食料を、国王に見つからないように手配すればよろしいですか?」
「ええ。さすがね、セシル。あなた、私の専属メイドにしておくだけじゃもったいないわね………」
リラはセシルのメイドとしての仕事の出来だけでなく、このような洞察力や頭の良さも評価していた。
「私には勿体ないお言葉です」
そう返しながらも、セシルはどこか嬉しそうだ。
「頼んだわよ。明日はお兄様もサイラス帝国との会談があって、今日の夜から出発されるはずだから」
明日の視察には、護衛だけでなく、リラの身の回りの世話係として、専属メイドを一人だけ連れていくことになっている。両親亡き今、リラにとってこの王宮で最も信頼できるのはセシルだ。
仕事も早いし、洞察力にも長けている。何より幼き頃からリラの世話をしてきた彼女は、リラにとってはお姉さんのような存在だった。彼女以上に協力者として相応しい人物はいない。
「かしこまりました。リラ様のご期待を裏切らないよう、精一杯努めさせて頂きます」
「ええ。お願いね。食糧庫は警備も薄いし、お兄様も今夜から不在だから、余程大丈夫だと思うけど……。それでももし誰かに見つかった場合は、本当のことをお話しなさい。そして私に命じられてやったと」
リラの言葉にセシルは思わず反対の意を示す。
「しかし……! それではリラ様の身が……」
「いいのよ。下手にごまかそうとすればボロが出るわ。それに……後のことも考えるとそれが一番軽傷で済む」
……もし、セシルが私を庇って独断で食糧庫に入ったと主張してしまったら、間違いなく彼女は重罰に処されることになる。最悪の場合、死刑になる可能性だってある。
けれど、私に命令されてやったとセシルに主張させ、私もそれを認めれば、お兄様の怒りの矛先は確実に私に向かう。そしてこういう場合、メイドの処罰はかなり軽くなる。私へのお咎めはどうなるかわからないけど、少なくとも処刑されることはない。
「……承知いたしました」
セシルは苦渋の表情で頷く。
「あくまで万が一の場合よ」
リラはセシルを安心させるように言う。
「さっきも言ったけど、食糧庫は王宮の外で警備は薄い。それに早朝なんて使用人達しか起きていない。彼らは自分の仕事で手一杯だし、その日使う食料は食糧庫ではなく、厨房に保管されている。つまり彼らが食糧庫に近づく理由はないわ」
「確かに」
「そもそも、食糧庫の鍵は王族とその忠臣数名しか持っていない。だから使用人達は中に入れないしね」
「それはそうですね」
そこまで聞いてホッと胸を撫で下ろす。リラが言っているのは万一の場合の話。それが現実に起こる確率は限りなく低い。
「はい、これ。食糧庫の鍵よ。明日、よろしくね」
「確かに預かりました」
鍵を握り締めたセシルの表情はどことなく緊張している。
「話は以上よ。もう下がって良いわ。明日よろしくね」
「はい。それでは、失礼致します」
深々と頭を下げ、セシルはリラの部屋を後にした。
◇
明朝……、まだ薄暗く自分の足元を見るのもやっとという中、セシルは昨日リラに言われた通り、王宮外に設置されている食糧庫に来ていた。
……良かった。見立て通り、この時間は見張りもいない。まあ、食糧庫だし、基本的にはそこまで重点的に見張りを置くような場所ではないけど。厳重に鍵も掛かっているし。
そして、リラから預かっていた食糧庫の鍵をそっと差込み、回す。
ガチャという音とともに解錠され、中に入り、そっと扉を閉めた。
そこで初めて持ってきた灯りをつけ、食糧庫内を物色する。
内部はかなり広く、様々な食料が短期保存と長期保存の区域に分けて置かれていた。
長期保存の区域には、肉の塩漬けや燻製、チーズ、パンの原料である小麦、さらにはワイン樽なども置かれている。
「リラ様の言っていた通り、民に分配しても困らない量が備蓄されてるわ……」
セシルは感心しながらも、持っていた布地の袋に詰められるだけ詰めていく。
順調にことが運んでいると思ったその時、食糧庫の扉が、ぎいい……と軋む音がした。
「えっ……?」
次にバタンと扉が閉まる音がし、人の足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。
……嘘でしょう……! こんな時間に……! まずい……! このままじゃ見つかる! それに食糧庫の鍵を持っているのって……。
王宮の食糧庫に入る鍵を持てる人間は限られてくる。
……王族とその忠臣数人のみだ。つまり、見つかればヤバイ状況になることが決まり切っている。
「誰だ! 誰かいるのか!」
威圧感ある太い声が聞こえてきた。
そしてその声の主に気づいたセシルは青ざめた。
……そんな! よりによって……なぜ! 今この国にはいないはずなのに!
「貴様……、そこで何をしている!」
セシルの持っている灯りがその人物の顔を照らした。
端正な顔立ちだが、性格は傲慢で冷酷。最も遭遇してはならない人物がそこに立っていた。
セシルは震える声で返事をする。
「アドルフ国王陛下……!」
セシルはすぐに平伏すように床に手をついた。
セシルは混乱と焦りから、自分の心臓がドクドクドクと激しく脈打っているのを感じた。確かに、誰かに見つかる可能性も考慮して行動していたけれど、まさかアドルフに見つかるなんて……。
今日は朝からサイラス帝国との会談があるため、昨日の夜から城を出ているはずなのに、なぜここに……。
「貴様は……リラの専属メイドか。ここで何をしていた?」
見るもの全てを凍えつかせるように冷たい瞳で、セシルを見下ろすアドルフ。
床に伏しているため、セシルはアドルフの表情を見ることは出来ないが、その声色から、彼がどんな顔で自分を見下ろしているのかなど、容易に想像できてしまう。
セシルは覚悟を決め、震える声で話し始める。
「本日視察予定の村の民に配給する食料を手配するよう、リラ様から命を受けました。こちらの食糧庫の鍵もリラ様から預かったものです……」
それを聞いたアドルフは眉を思い切り釣り上げ、声を荒らげた。
「あいつ……! 勝手な真似しやがって。私の許可も得ずに下賤な民に我が王宮の食料を配ろうとは……何と浅はかな!」
そして、セシルのことは、食糧庫に放置し、そのままズカズカとリラの部屋に向かって行った。
「あっ……」
セシルはアドルフのあまりの迫力に、その場に縫い付けられたように身動きが取れなくなっている。
……そんな、どうしよう……。このままじゃリラ様が……。
万が一にも誰かに見つかる可能性は考慮していたが、まさか本当にそんな事態になろうとは……。
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