第33話 鏡の中 明かされる真実②

リラの五つ上の兄、アドルフは十五歳。


彼もリラ同様、かなり整った顔立ちをしていたが、プライドが非常に高く、傲慢。それでいて能力はさほど高くない。頭も良くなければ、運動神経も良くない。


ただ、単純な腕力だけは人一倍あったが……。とにかく、無能な上に尊大な態度だったので、周囲からは反感を持たれていた。リラとは正反対である。


また、この頃からアドルフは王位継承について、着々と準備を始めていた。

というのも、国王ラファエルはアドルフの教育に多大なる力を入れており……、いや入れ過ぎており、幼い頃から厳しい教育を施していた。


しかし、前述の通り、アドルフの能力はあまり高いとは言えず、専属の家庭教師から伝えられる成績も芳しくなかった。そしてそのことがラファエルの悩みの種であった。


「アドルフ! 何だこの有様は! こんなことでは安心してお前に王位を譲れない。リラを見てみなさい。あの子は女でありながら、非常に聡明だ。しかも運動神経も抜群で剣術にも長けている。女であることが誠に残念な位に」


ラファエルは事あるごとにアドルフをリラと比較しては、彼のプライドをズタズタに引き裂いていった。


「それに比べてお前はどうだ。長男のお前が王の座を継ぐことは決まっていると言うのに、座学も剣術も女のリラに遠く及ばない。こんなんでは将来、王になった時に示しがつかぬではないか!」


「……っ!」

屈辱的な言葉に、顔が歪み、言い返したくなるのを必死に堪える。


「お前は確かに純粋な力は強い。だがそれだけだ。国を治める為に必要な能力が何もないとは情けない……。もっと精進しなさい」


「申し訳……ございません……」


次々と浴びせられる自身を侮辱する言葉に、悔しさで瞳を滲ませ、メラメラと憎しみの炎を心中で燃やしながらもアドルフはラファエルに頭を下げた。固く握りしめられた両方の拳が僅かに震えている。


そんなアドルフの様子にラファエルは突き刺さるような鋭い眼差しを向け、やがて深いため息をつくと、これ以上は何も言わずにアドルフの前から立ち去った。


父親の姿が見えなくなると、アドルフはスッと顔をあげた。その表情は怒りと憎しみと父親に認めてもらえない悔しさと恥ずかしさで真っ赤に高潮しており、まるで爆発寸前の爆弾のようだった。


そして、その矛先は父というよりも、妹に向けられていた。


「くそっ! リラの奴! 女の癖になんて生意気なんだ!」


アドルフは歪んだ顔で奥歯を噛みしめ、近くに控えていた専属の使用人、ジェームスに鬱憤をはらすかのように言う。


ジェームスは四十代位のベテランで、他の侍女や使用人からの信用も厚く、何かと相談を受けることが多かったが、アドルフの専属になってからは誰も彼に近寄らなくなった。


というのも、アドルフはリラと比較されては癇癪を起こし、周囲に当たり散らすので、そのとばっちりを受けたくないからである。


「アドルフ様、落ち着いてくださいませ……!」


「ええい! うるさい! 俺に指図するな!」

そう言ってアドルフはジェームスを乱暴に突き飛ばす。


その衝撃でジェームスはバランスを崩し、床に倒れ込んだ。


「大体、父上も父上だ。何で女のリラに教育を施す必要がある?

所詮女など、男がいなければ何も出来ない下等な存在ではないか!

いくら優秀といえ、王座につくことなんてできないのだから、教育をした所で無駄骨に終わるだけだろうに」


床に平伏すジェームスに吐き捨てるように言うアドルフ。


「お前もそうは思わないか?」


首を横に振ることなど到底許されないような迫力で、アドルフはジェームスを睨み付ける。


「お……おっしゃる通りでございます。アドルフ様……。アドルフ様こそ、次の王にふさわしいお方。リラ様はいくら聡明と言えども女性。アドルフ様の脅威にはなり得ません……」


将来、国王の座につくことが決まっているアドルフの機嫌を損なえば処刑されかねないので、ジェームスや他の臣下達は逐一彼の機嫌をとるのに必死だった。


「そうだろう! それなのにリラ……! あいつ、少し優秀だからと調子に乗りやがって……! 陰で俺を馬鹿にしてるに決まってる! ……今に見てろよ……!」


アドルフの中で、リラに対する恨みの炎が燻っていく。


リラはこの時、十歳にしながら、五カ国語以上の外国語に長け、さらに国内外の情勢にも積極的に関心を持ち、自ら進んで勉強していた。


剣術の稽古も積極的にこなし、腕前はかなりのものだった。本来、女が剣術を学ぶことなど滅多にないのだが、リラが直々に申し出、ラファエルが許可したのだった。


女の地位を軽んじる思想は当然ラファラファエルにも根付いているが、それでも自分の娘のことは、目に入れても痛くないというほど可愛がっている。


そしてリラの優秀さは臣下や使用人ですら、女のリラがここまで頭が良いのは勿体ないと嘆いていた程だ。男であれば、その知性を遺憾無く発揮し、素晴らしい統治者として国のトップに君臨していただろうに……。


それほどまでに幼い頃からリラは有能で、同時に女であることを落胆されていた。どんなに優れていようが、女である以上は認められない。


それがこの国のルールである。そして、それが当たり前だと、女達自身が疑うこともなく受け入れていた。しかしリラは、女の立場が弱すぎることを認識しており、そのことが国の発展の足かせになると危惧していた。


王室にも優秀な女はたくさんいる。


ならば、性別関係なく、その者の能力に準じた地位と仕事を与えるべきだと……。


その為、王女である自分が進んで勉学にも剣術にも励み、道を示そうと懸命に努力していたのだ。


ちなみに、この頃のリラはまだアドルフのことをそこまで悪くは思っていなかった。それどころか、とても気にかけていた。


「ねえ、セシル。お兄様が何かお怒りの様子なのだけど、何かあったの?」


王宮図書館から戻ってきたリラが、専属メイドのセシルに問いかける。


セシルはリラより十つ程年上のメイドだ。落ち着いた態度で仕事も手際良くこなし、同僚からの信頼も厚い。さらに、文字の読み書きもでき、頭も非常に良い。


「実は……。先ほど国王陛下から、座学や剣術の出来があまり良くないとお叱りを受けられまして……。恐らくそれで……」


ぎこちない笑みを浮かべて、周囲をさっと見回した後、小声でリラに伝えるセシル。リラと比較されて……ということは敢えて伏せている。


「そうだったの……。お兄様だってきっと頑張られているはず……。何か元気の出る美味しいものを差し入れてあげられないかしら……」


セシルから報告を受けたリラは、何とかアドルフを励まそうと懸命に考えを巡らせる。


「リラ様はお優しいのですね。けれど、今はそっとしておいて差し上げるのがよろしいかと……」


「そう……。わかったわ」


セシルの言葉に納得して頷くも、その表情はどこか寂しげだ。



国王ラファエルがアドルフに、ルイーブル国で最も名高い王族専門の教育機関から、最も優秀とされる家庭教師を専属でつけたのは、アドルフが六歳の時だった。


それまでは、アドルフはまだ赤ん坊のリラに、毎日会いに行っていた。優しい笑顔を向けたり、リラが泣き出してしまった時は必死に笑わせようとしていたり……。リラのことを可愛がり、とても愛していた。


リラには当時の記憶が根強く残っており、アドルフに厳しい教育が開始された頃から距離が空いてしまったことを嘆いていた。


寂しげな表情で目を伏せるリラに、セシルはなんとか話題を変えようと、リラに明るい口調で話しかける。


「そういえば、先ほど図書館に行かれていましたよね。今日は何の本をお読みになったのですか?」


リラは本を読むのがとても好きで、図書館で本を読み耽っていることが多い。しかもありとあらゆる分野に興味を示し、気になった本は片っ端から読んでいく。


そして自分が読んだ本の内容を両親やセシルをはじめとするメイド達に話すことが楽しみにもなっている。



「えっと……、今日はこの国に生息している薬草の本を読んだわ。『ルイーブルの植物学』ってタイトルの本よ」


リラは先ほど見せた暗い表情から一転、生き生きと今日読んだ本について語り始めた。


「薬草の本ですか!」


「ええ。薬草の知識があれば、怪我や病気にも少しは対応できるかなと思って」


セシルは心の中で、それはお医者様に任せれば良いのでは? と思ったが口には出さなかった。


するとリラは、まるでセシルの心中を読み取ったかのように、


「まあ、医学や薬学は医者の仕事なんだけどね。でも教養として知っておいて損はないでしょう? すぐに医者に診てもらえない状況とか、いざという時に役に立つかもしれないし」

と、にっこり微笑みながら言った。


「確かに……。それもそうですね」

セシルは納得したようにゆっくり深く頷く。


リラはそれを見て嬉しそうな表情を見せ、さらに話を続ける。


「それから、その本にはね、薬草だけでなく、毒草についても書かれてたの!」


「毒草ですか……?」

怪訝そうに眉を顰めるセシル。


「ええ。一見、綺麗な花でも猛毒を持っている物もあると知って驚いたわ。しかも遅効性の毒を持つ花もあってね。『ルジエナ』って言うんだけど。絵も添えられていたけど。可愛い青色の花なのよね」


「ルジエナ……。それは何とも厄介ですね」


「でも、花びらは特徴的な青と黒の縞模様だから見分けはすぐにつくわ。フフ……観察の為に摘んでこようかしら」


「リラ様、ご冗談を……」

苦笑いを浮かべて諫めるセシルであった。



この頃はまだ、アドルフから敵視はされていたものの、実質的に何かされるという訳でもなく、比較的平和に時が過ぎていった。






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