最終章

第32話 鏡の中 明かされる真実①


鏡に吸い込まれたと思ったジョシュアとリラは、目の前に広がっている光景に目を瞬かせた。


そこは豪華絢爛な内装が施されている城の内部。城で働く侍女や従者達が大勢忙しく動いている。ジョシュアとリラが無防備に突っ立っているにも関わらず、城の人間は誰一人として二人の存在に全く気付いていない。


「どうなってるの……? 私たち、さっきまでウェイスト村にいたのに……。しかも突然現れた私たちに誰も気付いてないみたい……」


リラが困惑した様子でポツリと呟くと、鏡の声がまたどこからともなく聞こえてきた。


『今お前達がいる世界は、その娘、リラの過去。現在のお前達の姿は当然見えていないし、お前達がその世界に干渉することも出来ない。

その娘がどんな人生を送ってきたのか、ゆっくりと体感するが良い』


どうやら鏡の力で、リラの過去を擬似体験しているようだ。


「なるほど……。僕たちはただ見ているしか出来ないってことだね」

ジョシュアが鏡に向かって確認するように言う。


『ああ。そういうことだ。今はちょうど、その娘、リラが生まれた時代だ』


鏡がそう言うと、再度光に包まれ、まるで場面が変わるように、別の場所にいた。


そこにいたのは、可愛い赤ちゃんを抱えた王妃の姿。バラを連想させるような綺麗な赤髪に、茶色い瞳が印象的で非常に美しい。


「おめでとうございます、ロザリー王妃。とても可愛い女の子ですよ」


そう言って産婆が元気な泣き声をあげる赤ん坊をロザリーと呼ばれる王妃にそっと手渡した。ロザリーは渡された赤ん坊を見て、慈愛に満ちた笑顔を向ける。


「まあ……! なんて可愛らしい子なんでしょう……!」


どうやら感極まったようで、目には薄らと涙が浮かんでいた。


その赤ん坊は、艶やかで美しい薄紫色の髪色をしていたので、『リラ』と名付けられた。リラという綺麗な紫色の花がその所以である。


こうしてここに、ルイーブル王国の第一王女、『リラ・ルイーブル』が誕生した。


「フフ。この子の髪色、バイオレット様の遺伝かしらね。あのお方の髪色も、こんな風に美しい紫色をしていたもの」


ロザリーは、今は亡き義母、バイオレットの凛とした姿を思い出すように呟いた。


「リラ。あなたにこれを……」

そう言って、ロザリーはまだ生まれたばかりのリラに、金色に輝く懐中時計を授けた。


「これは代々、王家の女性に引き継がれてきたもの。私も王妃になった時、バイオレット様からお譲り頂いたの。今これを愛しいあなたに授けます」


ロザリーがリラの小さな手を握ると、リラは可愛らしい笑みをロザリーに返した。


「本当に可愛い子だわ……。あなたに輝かしい未来が訪れますように……!」

ロザリーは目を閉じ、静かに祈りを捧げる。


その時、部屋の扉がコンコンとノックされ、誰かが入ってきた。


王女の誕生を聞きつけたロザリーの夫、現国王のラファエルと、彼に手を引かれた、当時五歳の王子、アドルフ。


ラファエルはリラを見るなり、思わず頬を緩ませる。


「おお……! なんて可愛い子だ、愛しき我が娘よ」


そう言ってリラを見つめるその瞳は、ロザリー同様に慈しみに溢れていた。


「来なさい。アドルフ。この子がお前の妹だよ」


ラファエルに呼ばれたアドルフはやや緊張しながらも、まじまじとリラを見つめる。


「僕の妹……。わあ……! とっても可愛いね、お父様!」


アドルフは、自分に可愛い妹が出来てとても嬉しそうに瞳を輝かせた。

家族に愛され、リラは幸せだった。


この時はまだ……。



時が経ち、リラが十歳になった頃。まだ子供ながら、周囲の目を惹きつけてやまない程の美しい少女に成長し、さらには聡明な頭脳と突出した運動神経を持っていた。


その上、心も清らかで美しく、城で働く下の身分の者にも、立場関係なく労い、穏やかで優しい態度で接するため、メイド達から絶大な人気を誇っていた。


一見、非の打ち所がないように見えるが、精神的にはまだ幼い所もあり、まるで小さな子供のように、毎晩大好きな母、ロザリーに物語を聞かせてもらうことが楽しみだった。


この日もいつもの如く、リラは就寝前にロザリーに読み聞かせをせがむ。本来、こうした王女の世話はメイドが行うのだが、ロザリーは娘の成長を近くで見たいため、リラが赤ん坊の頃からメイドに任せっきりにすることなく、自らも積極的に育児を行なっていた。


「お母様、今日も物語を聞かせて頂きたいですわ」


目をキラキラと輝かせながら言うリラに、ロザリーも慈愛に満ちた微笑みを返す。


「ええ。いいわよ。じゃあ今日は……、お父様が好きなお伽話を聞かせましょうかね」


「まあ! お父様が好きなお話? ぜひ聞きたいです!」


「タイトルは、『エルミーヌの魔笛伝説』これは隣国から伝わったお話なんだけどね。とある村に迷い込んでしまった、下半身がドラゴンの美しい妖精のお話よ」


「下半身がドラゴン……?」

リラはキョトンとしながら母に尋ねる。



「そう。一見、人魚姫のように見えるんだけど、魚の尾ではなく、蛇の尾という感じなの。そして美しい金色の横笛を持ち、その音色で人々を魅了すると言われているわ。その妖精の名はエルミーヌ」


「エルミーヌ! 綺麗な名前ですね!」


「ふふ。そうね。エルミーヌは週に一度だけ、下半身がドラゴンに変わる呪いがかけられていてね。その呪いを解くには、人間の男の伴侶とならなければならないの。ただ誰でもいい訳じゃなく、自分が心から愛した人間とね」


ここまで聞いたリラはさらに目をキラキラと輝かせている。


「まあ! とっても素敵ですわ!」


「でもね、とある村に迷い込んだ時……、その日は運悪く半身がドラゴンになってしまう日だったの。だから村人達に助けを求めたんだけど、気味悪がられて、攻撃されてしまうわ。石を投げつけてくる村人もいた」


「石を投げるなんて! そんなの酷すぎます!」


リラはプンプンと怒り出した。そんな様子をロザリーは温かい眼差しで見つめながら、話を続ける。


「村を出てくように言われたエルミーヌは、村人達の冷たさに悲しみ、涙を流しながら蹲っていたの」


「うう……。可哀想に……」


今度は怒りから一変、悲しそうな表情を見せるリラ。


「そんな時、一人の男が彼女の前に現れてね。自分の家に匿ったの。大きな桶に水を張って、彼女をそこに入れて、食事も与えたりしてね」


「あら! 素敵な展開!」


「彼の名はシルヴァン。そして、エルミーヌは自分を助け、優しくしてくれたシルヴァンに恋するようになったわ。彼もエルミーヌを一目見た時から好きになっていて、二人は共に生きていこうと約束した」


ここまで話終えると、ロザリーはふうっと一息つく。

リラはワクワクしながら続きを待っている。


「でも……、シルヴァンはとても貧しくてね。二人で生きていくためには、十分なお金がなかったの。それを聞いたエルミーヌは持っていた金色の横笛を彼に差し出したわ。助けてくれたお礼だと。それを売ってお金に変えろと」


リラはソワソワした様子で次の展開を待つ。


「シルヴァンはエルミーヌに感謝し、早速その横笛を売りに町へ出かけて行ったわ。だけど……。彼がエルミーヌの元へ帰ってくることはなかった」


「どうして……! シルヴァンは、その……エルミーヌを裏切ったのですか……?」


眉を下げて不安そうに尋ねるリラ。


「いいえ。シルヴァンのエルミーヌに対する愛は本物だった。実は、彼とエルミーヌの話をこっそり盗み聞きしていた村人達がいてね。町に出かけて行ったシルヴァンを襲って金色の笛を奪ったのよ。そして襲われたシルヴァンは帰らぬ人に……」


「そんな……!」


「そしてエルミーヌには不思議な力があったんだけど、その力を使って、シルヴァンが殺された事実を知って悲嘆にくれたわ。それと同時に愛する人を奪った村人達に怨みの炎も燃やした」


ロザリーは感情の篭った声で続けて話していく。


「エルミーヌは、不思議な力を使って、今度は銀色の横笛を創り出し、奏でたわ。すると、シルヴァンを殺した村人達が、虚な目でエルミーヌの前に現れたの。まるで操られているかのようだった。そして、怒りを宿した目で彼らを見据え、こう言ったわ」


ゴクリと固唾を飲むリラ。


「私の愛する人を殺した罪は重い! 死んで償え!」


まるでエルミーヌが乗り移ったかのように、鬼気迫る様子で語るロザリーに、リラはブルっと体を震わせた。


「エルミーヌがそう言った途端、その村人達は自ら喉を掻き切って死んでしまったそうよ。そして、エルミーヌは愛するシルヴァンを追うように、自らの命も絶ってしまった」


まさかのバッドエンドにリラは気づくと涙を流していた。


「なんて残酷な……」


そんなリラを見て、ロザリーは優しく頭を撫でながら言う。


「安心して。ここで終わりじゃないわ」


「……本当?」


「ええ。その後、魂だけの状態になったエルミーヌは、村人達を殺した罪で地獄に行くんだけど、温情から地獄での罰はすぐに終わって、天国でシルヴァンと再会するの」


それを聞いたリラは少しだけ表情が明るくなった。


「そして、二人とも記憶を持ったまま、再び人間に生まれ変わるの。まるで運命に引き寄せられるかのように、今世でも二人は出会い、今度は最高に幸せな人生を送ったのよ」


全て話終えると、ロザリーは深く息を吐く。


「一度は過酷な運命に苦しんだけど、最後の最後で二人とも幸せになった。途中までは悲しい展開だけど、最後は幸せになれるから、あなたのお父様も私もこのお話が好きなのよね」


「確かに、途中まではすごく悲しくて、バッドエンドかと不安になりましたが、ちゃんとエルミーヌとシルヴァンが幸せになれてよかったです。お母様、素敵なお話をありがとうございました」


「ええ。さあ、そろそろ就寝の時間ね。おやすみ、リラ」


「おやすみなさい、お母様」


こうしてまた一つ、素敵な物語を知ルことが出来たリラは満足そうに自室に戻っていった。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る