第31話 Mystic Mirror

「リラ様は王宮を追放された後も、この村で辛い目に遭われました。何しろ女性の扱いは物と同じという悪しき思考が蔓延る国ですから……。私のこの左目も、夫の暴力により失明しました」


フルールが言っていた通り、ウェイスト村、いやルイーブル王国自体が、女性軽視の思想が蔓延する国だと改めて実感する。


ジョシュアの住むブリッシュ帝国ではごく一部でそういった思想があるもののここまで酷くはない。


ましてやジョシュアの故郷、フルハート村では、先述の通り、男女で役割分担はされているが、それだけだ。決して女を低く扱ったりはしない。場所が変わるだけで、人々に根付いている思想がこうも変わってくるとは……。


「そうでしたか……。それはきっとお辛かったでしょう……」


ジョシュアが沈痛な面持ちで言うと、老女は軽く頷いた。


「ええ。でも、この国……、特にこの村に生まれた時から、そういうものだと思って受け入れておりましたから……。ほとんどの女性はどんなに辛くても、これが当たり前だから仕方ないと諦めていましたね」


……なるほど。生まれた時からそのような環境下だと、それが『当たり前』だと信じて疑わないのかもしれない……。


「ただ、リラ様が王宮に戻られた後、理由はわかりませんが、私たち女性に対する扱いが、以前とは比べ物にならない位マシになったのです」


「えっ! それはどういう……」


「リラ様が再度この村を訪ねられた時、男女に分かれてそれぞれ一ヶ所に集められ、良いと言われるまで待機するよう命じられました」


ここまで話すと、老女は少し疲れたのか、ゆっくり深呼吸をした。


そして、再びゆっくり口を開く。


「私たちが待機している間、何が起こったのかはわかりません。ですが、その日を境に男達の態度が一変しました。最初は戸惑いましたが、今は穏やかに生活ができております。これも、リラ様のおかげです」


そう言って老女はリラに向かって深く頭を下げた。

正直、この話を聞いても、リラは何も思い出せない状態なので、複雑な心境だった。


「私がお話できることはこれ位です。あまりお役に立てなかったかもしれませんが……」


「いえ、貴重なお話をありがとうございました。とても参考になりました」


リラはまだ記憶を取り戻せていないが取り敢えず老女にお礼を言い、深々と頭を下げた。


老女とはここで別れ、二人は再びMystic Mirrorの捜索をすることに。


老女の話でリラの正体はかなり掴めたが、王宮で何があったのか、ウェイスト村で実際にどんな酷い扱いを受けたのか。


そしてリラが再度この村に戻った時、何が起こったのか……。まだ明らかになっていない謎が残っている。


「まさか……リラが王族だったとは……。きっと高貴な身分だろうとは思ってたけど、驚いちゃった」


どこか寂しそうな目で笑いかけた。


「うん……。でも、全然思い出せなくて……」

リラの顔には戸惑いの色が滲んでいる。


そんな会話をしていると、ウェイスト村へ光を伸ばしていたペンデュラムがチカチカと光だし、再度道を示すように細い光の束となって道を示した。


二人はその方向へ急ぎ足で向かうと……


そこにあったのは巨大な水車小屋のような建物。

かなり錆び付いていて、もう使用することはできないと一目見てわかる。その横には神殿のような造りの建物。


「これ……神殿かな?」

「だと思う。ペンデュラムはこの神殿を指してるみたいだし、行ってみようか」

「うん……!」


十段にも満たない階段を上がると、前面には古びた白い石柱が5本聳え立っており、両サイドには燭台が設置されている。


灯されているオレンジ色の炎がゆらゆらと揺れ、暗い空の下で見ると、神聖さよりも不気味さの方が際立っている。


「なんかちょっと怖い感じだね……」

リラが不安げな表情を見せた。


恐る恐る中に入っていこうとした時、

空が一瞬ピカっと、ペンデュラムとは別の光が激しく瞬いたかと思うと、ドカン! という轟音と共に神殿の近くに雷が落ちた。


「きゃっ!」

リラは小さく悲鳴を上げ、その場で蹲ってしまう。


「リラ! 大丈夫?」

ジョシュアは蹲っているリラに優しく声をかけ、手を差し伸べた。


「う……うん、ごめん。ありがとう」


ジョシュアの手を取ってゆっくり立ち上がろうとするが……。


「……!」


リラは自分の心臓がドクンっ……激しく跳ね上がるのを感じた。

息苦しさはないものの、フルハート村で感じた時と同じ鼓動。


……来る!


そう思った瞬間

パアアアとリラの全身が強い光に包まれた。


「リラ!」

目を開けていられない程の眩しい光。

ジョシュアは反射的に目を閉じた。


「ジョシュア……」


リラにそっと呼びかけられ、ゆっくりと目を開ける。


そしてリラの姿を目にした途端、ジョシュアは大きく目を見張り、息を飲んだ。


「……リラ! 背中に……」


「うん……」


リラの半身はドラゴンに変わっていた。


しかし……、最初に出会った時、フルハート村の時、ハザディー村の時とは姿が若干違っていた。


リラの背中からは、尾と同じ濃い紫色の大きな翼が生えているのだ。


「背中が少し熱くて違和感があったから、何だろうと思ったけど、翼が生えたのね……」


困惑の表情で呟く。


脳裏にふと、旅に出る前にロジャーが言っていた言葉がよぎる。


『変身の回数を重ねる度に、お前はドラゴンの性質に近づいていく。最初の内は見た目に変化は見られないだろう。だが、お前の身体の中の細胞は確実に変わっていく』


確かに、今までの変身では見た目に変化はなかった。ただ、ハザディー村でエドモンドと対峙した時、水を出現させ、攻撃することが可能になっていた。


そして今回は、見た目に変化が現れている。


……ロジャー様の言っていた通り、私の体はドラゴンの性質に……。


「リラ……。大丈夫だよ。僕たちはMystic Mirrorに近づいている。呪いだってきっと解けるよ!」


不安そうに俯くリラをジョシュアが励ます。


「うん……。そうだよね……。ありがとう」


ジョシュアの言葉に少しだけ元気が戻ったようだ。


「うん! それじゃ、気を取り直して神殿の中に入ってみようか」


ジョシュアがゆっくりと神殿内部へ足を踏み入れる。


リラもその後に続こうと一歩を踏み出すが……。


「翼が生えたってことは、飛べるってことよね……?」


そう言うと、試しに翼を羽ばたかせてみる。


すると、バサッという音と共に、背中の翼は左右に大きく広がり、リラの身体はフワッと浮かび上がった。


「わっ!」

思わず小さく悲鳴を上げる。


その声に前を行くジョシュアが振り向いた。

「リラ! どうしたの!」


リラが浮かんでるのを見てジョシュアも小さく、わっ! と声を上げた。


「そっか……! その姿だと、飛んで移動する方が良いね」


「うん、尾だと移動しにくいから……」

苦笑いを浮かべるリラ。


神殿の中にもいくつか燭台が設置されているが、十分な明るさはなく、薄暗い。

何となく漂っている空気もおどろおどろしく、背筋に冷たいものを感じる。


また、恐ろしい位に静寂で、ツカツカと歩みを進めるジョシュアの足音と、リラが翼を羽ばたかせる音だけが響いている。


そして最奥に続く廊下を渡り切ると、石でできた大きな丸い祭壇が見えた。

その上には白い布で覆われた巨大な『何か』が置かれている。


高さは二人の背丈よりも高く、顔を上に向けてやっと全体が見える程だ。


キイイン……

リラの持つペンデュラムを見ると、その『何か』に向かって、光を伸ばしている。


「これは……?」

二人は顔を見合わせる。


「ペンデュラムの光が、これを指してるってことは……」

「これがMystic Mirror……?」


二人は暫く黙ったまま、その白い布で覆われた『何か』を見つめていた。


しかし何も起きない。


「とりあえず……、この白い布を下から引っ張ってみようか」


ジョシュアが提案すると、リラは緊張した面持ちで頷く。


「行くよ。せーの……」

二人は白い布の両端を持って、ゆっくりと引っ張る。


スルスルと徐々に布が下ろされていく。


顕になったのは、眩い金色の額縁に入れられた、楕円形の大きな丸い鏡。


「これって……鏡……なんだよね?」


「うん……。鏡にしか見えないんだけど……でも」

見た目は巨大な鏡。


だが、二人が首を傾げるには訳があった。


普通であれば、鏡の前に立っている二人の姿を映し出すはずなのに、

何も映っていないのだ。


その透き通ったガラスは、何者も映すことなく、ただそこに透明感が存在しているだけ。


その神秘的な様に、ジョシュアが思わず息を呑む。


「何も映っていない……。何だろう、この不思議な感覚は……」

すると、突然鏡が内側から光出し、どこからともなく異様な声が聞こえてきた。


「汝らの知りたいことは何だ?」


それは年若い女とも男とも取れるような中性的で無機質な声色をしている。


声量自体は小さいが、例え騒音の中にいたとしても、その声だけがハッキリ突き抜けて聞こえてくるような程透き通っている。まるで脳内に直接語りかけてきているように……。


「えっ……!」


リラがビクッと体を震わせ、周りを伺うように視線を泳がせる。


神殿の内部には当然ジョシュアとリラの二人しかいない。


「今……、変な声がした……よね?」


顔を強張らせ、震える声で、確かめるようにジョシュアの方を見ると、ジョシュアも顔を引きつらせていた。


「う、うん……! 確かに聞こえた……」


二人は自分たちの周りをもう一度ぐるりと見渡すが、やはり自分達以外には誰もいないのだ。


その時、二人の脳裏には同じことが浮かんだ。


「……もしかして、この鏡が……?」 

ジョシュアが目の前にある巨大な鏡を指差しながら言う。


「私も同じことを思ったわ……。だってこの場にいるのって私達とこの鏡だけだもの……」

そう言ってリラは青ざめた顔で鏡を見つめる。


すると……、またあの声が聞こえてきた。

今度は鏡の方向からハッキリと。


「答えよ。汝らの知りたいことは何だ?」


先ほどと変わらず、抑揚のない無機質な話し方で、再度二人に問いかけた。


「まさか鏡が……喋るなんて……!」


思わず口元を押さえ、その場で固まる二人。

あまりの衝撃に言葉を失う。


そんな様子に、鏡から聞こえる声の調子に変化が現れた。


「答えよ! 汝らの知りたいことは何なのだ?」


何の感情も伴っていないような無機質だった声が、突然苛立ちを表したような強い口調になった。


「ひいっ……」

リラが小さく悲鳴を上げる。


震えているリラの隣で、ジョシュアが意を決したように表情を引き締めた。


「あなたは、真実の姿を映し出すMystic Mirror……ということであってますか?」


ジョシュアが尋ねると、鏡はため息混じりに答えた。


「……そうだ。我の身に映った者は、真実の姿が暴かれる。お前が知りたい真実の姿とは何だ? そこの……半身がドラゴンの娘の正体か?」


痺れを切らしたかのように、リラについて言及した。

ジョシュアは深く頷き、力強く答える。


「はい……! この子の……、リラの真相について教えてください!」


鏡からの返事を、二人は固唾を飲んで待つ。


「……良かろう」


鏡がそう答えた途端、今まで何も映していなかった鏡にリラの姿が映し出された。


「えっ……私……?」

リラが大きく目を見開いた。


そこに映し出されたのは、今の状態、つまり半身ドラゴンの姿ではなく、紫色のレース生地のドレスを纏い、美しい笑顔を浮かべている姿。


「リラ。お前がどういう人生を歩んできたのか、全て見せてやる」


鏡がそう言い終わるや否や、リラとジョシュアの体を強烈な光が包み込み、同時に鏡の中へと吸い込んでいった。














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