第四章

第30話 ウェイスト村と明かされた身分


アルメリ村を出てから約二日、リラとジョシュアは国境付近に差し掛かっていた。と言っても検問所はなく監視員もいないので、特別な手続きなく自由に超えられる。


地図を見ると、もう少しで小さな川があり、その上に架かっている木の橋を渡れば、ルイーブル王国に入る。


「えっと……、目印は小さな川だね」

ジョシュアが地図を広げながら、辺りをぐるりと見回す。


その時、

ポツポツと空から冷たい雫が数滴、広げている地図の上に落ちてきた。


ふと空を見上げると、不気味な黒い雲が空全体を覆い隠すように浮かんでいる。

そして小さくゴロゴロ……と遠くで雷鳴が聞こえ始めた。


「わ! 天気が……!」

不安そうに空を見つめるリラ。


「雷も……」


以前、フルハート村で、水の日以外にリラの半身が変わってしまった時があった。


そう、雷が鳴った後である。


今はまだ、遠くで僅かにゴロゴロと聞こえる程度。


あの時は目の前に落雷したし、それが発端となったのかとも思うが、

どの程度の雷で変身に繋がってしまうのかはわからないので、警戒しておかなければ……。


ジョシュアがそんなことを考えていると、リラが、あっ! と声を上げる。


「見て! あれじゃない?」


リラが指差す方向に目を向けると、確かに小さな川があり、その上には木の橋が架かっている。


「本当だ! 行こう!」

二人は足早に橋へ向かい、渡りきる。


「これで……無事にルイーブル王国に入ったってことよね」

「そうだね。で、ここからは真っ直ぐ西に進めばいいと……」


その時、

「ん?」


キイインと僅かな音がしたと思うと、リラの首元にあるペンデュラムが強烈な光を放ち始めた。


「わ! ペンデュラムが……!」

そして、洞窟の居場所を指し示した時と同様、細長い光の筋となってある方角を照らし始めた。


「このペンデュラムって元々はMystic Mirrorと対になっていて、その居場所を特定するものだよね?」


「うん。ロジャー様はそう言ってたわ。……ってことは、この光の筋を辿っていけば、ウェイスト村へ迷うことなくたどり着けるね!」


それから二人はひたすら歩き続けた。


もちろん時々、休憩を挟みながら。道中、特にトラブルに見舞われることなく進んでいく。そうして歩き続け、遂にウェイスト村の入り口までやってきたのだった。


「ここが……」


これまで、ハザディー村、アルメリ村と立ち寄ってきたが、このウェイスト村は二つの村と比べて、かなり荒れ果てている。


こんな土地で農作物が育つのかと言いたくなるほどだ。

しかし、そこでも古びた民家はたくさんあり、住民達も暮らしを営んでいるようだ。身なりを見る限り、かなり困窮しているのがわかるが……。


それに、なんとなく村全体が辛気臭いというか、あまり良い雰囲気ではないことが感じ取れる。


そんな空気感にリラはブルッと全身を震わせた。


何というか……ここには居たくないと本能が告げているような。


なんだかすごく……嫌な感じがする……。さっきから異様な寒気が止まらないわ……。もう初夏なのに……。


ゴロゴロゴロ……!

そして先ほどよりも大きくハッキリと聞こえる雷鳴も相まって、

リラは真っ青な顔をしている。


「リラ……大丈夫? 具合悪い?」


ジョシュアがリラの様子がおかしいことに気づき、心配そうにリラの顔を覗き込むが、リラは静かに首を横に振った。


「ううん、体の調子は全然悪くないわ。でも……、なぜだがわからないけど、とても……怖いの、ここ」


記憶をなくしているが、本能的にここが恐ろしい場所だと分かっているのかもしれない。フルールの話では、性差別が酷く、フルールの姉、アイリスもリラも酷い扱いを受けていたということだから。


「そっか……。一度休む?」

ジョシュアの提案に、リラは力なく『大丈夫』と笑った。


その時、二人の姿を捉えた村人達が突然悲鳴をあげた。


何事かと思っていると、村人の男は腰を抜かし、後退りする。


「ひいいい! リ……リラ様!」


何と、その男は震えながらリラの名前を口にしたのだ。

しかも『リラ様』と。


その男の声に、他の村人達もリラの存在に気づき、次々と恐れ慄いたように逃げ回る。


「えっ……?」

その様子に困惑を隠しきれない二人。


顔を引きつらせて、その場で動けなくなる者もいた。


「リラ様……! どうかお許しを……! 命だけは!」

と言って、頭を地面に擦りつけて命乞いをする者もいた。


状況が全く理解できないと言った様子で、さらに青ざめるリラ。

ジョシュアは困惑顔で首を傾ける。


……どういうこと? なぜ皆、リラを見て怯えているんだろう……。この村で酷い扱いを受けていたのはリラの方じゃ……?


どうして良いかわからず、その場で突っ立っている二人に、腰の曲がった老女がゆっくりと近づいてきた。

その老女は左目が包帯のような布で覆われている。


「おやまあ、本当にリラ様だね。お久しぶりでございます」


そう言う老女は、村の男達とは対照的に怯えることなく、むしろ、柔らかい笑みを浮かべて丁寧に頭を下げた。


「え……。あの……、あなたは……?」

すると、その老女はきょとんとした顔になる。


「おやおや、私のことは忘れてしまわれたかな?」


少し切なそうな表情になったので、ジョシュアがすかさず口を挟む。


「あの! 実は彼女、記憶を無くしていまして……」


それを聞くと、老女はほお……と納得したように頷いた。


「なるほど。それではここで過ごしたことも、ご自身が女王ということもお忘れですかな……?」


「……!」


『女王』という言葉を聞き、二人はあまりの衝撃に頭が真っ白になった。


「その様子だと、何もかもお忘れのようですな」


「私が……女王……?」


リラはワナワナと唇を震わせている。自分の正体がルイーブル王国の女王だなんて、到底信じられないと言った様子だ。


「リラが女王……。しかし、彼女はまだ成人前のように見えますが……」


ジョシュアがそう言うと、老女はコクリと頷いた。


「そうです。それに本来なら成人後の男性が国王となるのが普通です。しかし、リラ様がこの村に来た時には、リラ様のご両親であるラファエル国王陛下とロザリー王妃様は既に亡くなられておりました」


驚愕の事実に言葉を失うリラ。


「その後はアドルフ様……、リラ様のお兄様が国王となられたのですが、そのお兄様も突然お亡くなりになられたので、リラ様が王座を継ぐことになったとお聞きしております」


リラは依然、黙ったままであるが、『アドルフ』という名前に聞き覚えがあった。


……アドルフ……ってどこかで聞いたような……。


思索を巡らせるリラの横で、ジョシュアが老女に問いかける。


「あの……、この村に、アイリスさんという女性はいらっしゃいませんでしたか……?」


アイリスと聞いて、老女の目が悲哀の色に変わった。


「ああ……。アイリス……。あの子は本当に可哀想な最期でした」


「はい……。アイリスさんのことは、とある人物から聞いておりまして……。それで、アイリスさん曰く、リラはこの村に来た時、ボロボロの身なりで家族に捨てられたと……」


「そうですね……。聞いたところによると、ボロボロの体で横たわっていたリラ様をアイリスが見つけ、事情を聞いた所、ご家族に捨てられたと……。詳しいことはわからないのですが……」


老女の話に真剣な表情で耳を傾けているジョシュアの傍らでリラはずっと、『アドルフ』という名前について、思い出そうとしていた。


……確か、ハザディ村で……村人達と交流した後にルナ様が話していた前世のお話……!


……あ! そうだわ! ルナ様の前世が王妃様で、そのお孫さんの名がアドルフ!


そして、さっきこの方はアドルフを私の兄と言っていた。


つまり……私はルナ様の前世の孫……ということ?


紐解かれていく真実にリラはまたもや体を震わせた。


考えてみれば、ルナ様もフルールも……私の過去と関わりがある……。

こんな偶然があるのだろうか……。







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