第29話 大切な存在は身近に

「それにしても、よくここがわかりましたね」


ジョシュアが不思議そうに言うと、マシューがゆっくりと説明し始めた。


「夜中の二時頃でしたか……、リラさんが顔を真っ青にして私のところにやってきましてね。ただならぬ様子でしたので、何があったのか尋ねた所、ジョシュアさんが突然虚な目で部屋から出ていくのを見たと。必死に止めようとしたが、すごいスピードで目の前からいなくなってしまったと」


……ああ、あの時、誰かが僕を呼ぶ声がしたと思ったけど、リラだったんだね。


「そこで、私はフルールにも協力を頼もうと彼女の部屋を訪ねたのですが、中には誰もいなく、フルールの身にも何かあったと察した私はいてもたってもいられず、リラさんと一緒に必死にお二人を捜索しました」


マシューの声のトーンから、いかにフルールを心配していたのかがひしひしと伝わってくる。それをフルールも感じ取ったようだ。


「マシューおじさん……」

申し訳なさそうな声で呟く。


「捜索と言っても、どこを探して良いのか、皆目見当もつかず、どうしようかと思っていたのですが、リラさんの持っているペンデュラムが突然光り出して……。一本の細い光となってある方角を指し示したのです」


マシューがそこまで話すと、リラはジョシュアから離れて続きを話し始めた。


「それで……、その光の道に沿って歩いてきたら、ここにたどり着いたの……」


「そうだったんだ。心配かけてごめんね。探しにきてくれてありがとう!」


「うん……。ねえ、ここで一体何があったの?」


リラはフルールと、地面でスヤスヤと眠っている少年達を見て、訝しげに問う。


「えっと……。なんて説明したら良いかな……」


ジョシュアが口籠っていると、フルールが静かに声をあげた。


「私から説明するわ。ちゃんと全部……」


フルールは意を決した顔つきでリラとマシューに事の次第を話し始める。


フルールが話している間、リラは無言で聞いていたが時々、やるせないような表情を見せていた。


マシューは時々怒りを滲ませながらも、悲痛な面持ちで話に耳を傾けていた。


フルールが全て話終えると、マシューが重々しく口を開く。


「……そうか。フルール、お前が犯人だったのか」


実の娘のように大切に育ててきたフルールが、村中を恐怖に陥れた魔笛伝説の犯人だと知り、とても悲しそうな目でフルールを見つめる。


「マシューおじさん、私とお姉ちゃんのこと、大切に育ててくれたのに、こんな……恩を仇で返すようなことをして……迷惑をかけてごめんなさい……! ジョシュアもリラも巻き込んでごめん……」


涙声で深々と頭を下げる。


しんと静まり返る空気の中、最初に言葉を発したのはマシューだった。


「そうだな。お前のやったことは許されることじゃない。罪を償っていかなければならないよ。……でもお前の辛さを分かってやれなかった私にも責任がある。すまなかった……。私もお前と一緒に罪を償っていくよ」


フルールにそう語りかけるマシューの顔は、厳しくも優しさに満ち溢れていた。

それを見たフルールの目から涙がどっと流れ出す。


「マシューおじさん! ごめん……! 本当にごめんなさい……!」


フルールの懺悔は洞窟内に響き渡り、マシューは彼女が泣き止むまで、優しく彼女の背中をさすっていた。



昨夜の一件で、リラとジョシュアは完全に寝不足となってしまったので、マシューの宿でもう一泊することになった。


早くウェイスト村へ向かいたい気持ちがあったが、旅をする上で体力温存は一番大切だとマシューに説得されたので、お言葉に甘えることにした。


昨晩の疲れもあってか、リラもジョシュアも食事を取った後、一日中泥のように眠っていた。


フルールはあれからずっと部屋に引き篭もっていたようだが、リラとジョシュアがアルメリ村を去る時には、二人の前に顔を見せた。


「二日間お世話になりました!」

ジョシュアが明るい声色でそう言うと、マシューは半ば申し訳なさそうな顔で返した。


「いやいや、とんでもありません。むしろこちらがご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした……!」


そう言ってフルールと共に深々と頭を下げた。


「そんな! 頭をあげてください!」

ジョシュアが慌てて両手を振る。


そんな彼に、フルールは静かに話始めた。


「ジョシュア、リラ、本当にごめんね。あの後……、洞窟から帰ってきた後、これからどうしようか考えてたんだけどね……。私この村を出て、旅に出ようと思うの」


「旅に……?」


「うん。これ以上、お姉ちゃんのような犠牲者を出さないためにも、私のような復讐者を出さないためにも、色々な所を周ってこの話を伝えていこうと思う……。未来の犠牲者を減らすことが、私の償いにもなると思うから……」


そう語るフルールの表情にはもう暗い影はどこにもなく、瞳は澄んでいた。


「そっか! とっても良いと思う!」

ジョシュアが賛同し、リラも隣で深く頷く。


「あ、そうだ! 最後に聞きたいんだけど……」

今度はリラが口を開く。


「なに?」


「お姉さんのこと……。お姉さんを殺した男に直接復讐しようとは思わなかったの……?」


リラに問われ、フルールは少し考えてから話し始めた。


「……もちろん、真っ先にあいつに復讐するつもりだったわ。でもね………、私がウェイスト村に到着した時、あいつは行方不明になってた。それどころか、村人が大勢いなくなってたのよ。それも男ばかりね。だから……失意のまま……諦めて帰るしかなかったわ」


伏し目がちに答えるフルール。


「……そう」


それを聞いてリラはやりきれないような顔になる。


復讐の対象がいなくなり、どこに怒りと悲しみをぶつけて良いのか分からずに、フルールは暴走してしまったのかもしれない……。


「フルールの話を聞いても、やっぱりお姉さんのことは思い出せないんだけど、もし、私の記憶が戻ってまた会えたら、その時はまたお姉さんとの思い出話を聞かせてね」


「うん……! ありがとう! 二人とも、道中気をつけて!」


和やかな笑顔で手を振るフルールとマシューに見送られて、リラとジョシュアは最終目的地であるウェイスト村へ旅立っていく。








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