第28話 決着

「そんな……。私は何のために……命まで削って」


気づけばフルールの体は痩せこけていた。

放っておけば、そのまま命の灯火が消えてしまいそうな程、衰弱しているのが分かる。


……そうか。フルールはこの笛に自らの生命力を注ぎ込むことで、少年達を洗脳状態にしていた……。魔笛伝説の横笛も、使い手の生命力を吸い取る……。ということは、もしかしたら……。


ジョシュアはふと自らの足元に転がってきた横笛を見つめた。


……危険かもしれないけど……、もうこれしか方法が……。


そして笛を持ち上げ、勢いよく地面に叩きつけた。


笛はガシャンという音と共に割れ、そこから灰色の煙がもくもくと立ち込めた。


「これは……」

その様子を、固唾を飲んで見守る。


すると、その煙はまるで吸い込まれるように、フルールの口から体内へ入っていく。


「えっ……?」


その瞬間、痩せこけていたフルールの体が元の健康的な体つきに戻った。

吸い取られていた生命力が、元の持ち主の所へ戻ったのだ。


「笛を壊せば、もしかしたら奪われた生命力は戻るんじゃないかと思って……。戻らない可能性もあるし、力が暴走する危険性もある賭けだったけど、うまくいって良かった」


ホッと胸を撫で下ろすジョシュアだが、フルールは彼を睨みつける。


「余計なことしなくて良かったのに! あのままお姉ちゃんの所に行ってもいいやって思ってた。もう疲れたの。お姉ちゃんのいない世界で生きていくことも。男を憎みながら生きていくことも……」


大粒の涙をポロポロと流しながら、フルールは地面にうずくまっている。


やるせない表情で見つめるジョシュア。


「……ねえ、フルール。君にとってマシューさんはどんな存在なの?」


そこでフルールはハッと顔をあげる。


「マシューおじさん……?」


そう問われて彼女の脳裏に浮かんだのは、幼くして両親を亡くした時、何の血縁関係もない自分たちを快く引き取ってくれ、大切に育ててくれたマシューの優しい笑顔。


姉が亡くなり、塞ぎ込んでいる自分を何とか立ち直らせようと、ずっと寄り添ってくれていた温かい表情。


……そうだ。マシューおじさんは、ずっと私とお姉ちゃんに愛情をかけて育ててくれたんだ……。


「あ……ああ!」

ガタガタと体が震える。


「君は、大切に育ててくれたマシューさんのことも……憎んでいるの?」


ジョシュアがそっと問いかけると、フルールは泣き腫らした目で、頭を大きく横に振る。


「違う……。マシューおじさんのこと、憎んだりしない……。大好きよ」

ようやく自分の中にある大切なものに気づいたフルール。


その表情は穏やかなものに変わっていた。


「そっか! なら良かった!」

これでひとまず大丈夫そうだ。


ただ……、気になることがまだ残ってる……。

ジョシュアは再び表情を引き締め、フルールに問いかけた。


「……ねえ、フルール、さっき君が言ってたことだけど……。リラがまた傷つけられるって……どういうことなのか教えて欲しい……」


再度問いかけるジョシュアをじっと見つめるフルール。


その瞳には曇りや陰りが一切なく、ただ純粋な色をしていた。

深く息を吐き、そしてゆっくり口火を切る。


「……お姉ちゃんの手紙には、その女の子の名前は『ライラ』と記されていた。そして、長い薄紫色の髪と瞳を持つ、とても美しい私と同じ年の少女」

花畑に行く道中で伝えた内容を再度繰り返すフルール。


そこで、ジョシュアもようやく気付く。


「もしかして……! その、フルールのお姉さんが庇った女の子って……」


フルールはコクリと深く頷く。


「そう。リラじゃないかって思う。あなた達がうちの宿にやってきた時、リラを見て驚いたわ。お姉ちゃんの手紙に書かれてた女の子の特徴に当てはまってたし。紫色の瞳なんて、滅多に見ないもの。そして名前もリラ。ライラと似てる。それにあなた達の目的地はウェイスト村。こんな偶然ある?」


「なるほど……。確かにそうだ」


ジョシュアはあくまで冷静に返すが、内心では少し複雑な心境だった。リラの正体に近づく大きな鍵を手にしたことに違いないのだが、話を聞く限り、やはりリラは高貴な身分出身なのだろう。


そして、何かこう……言いようのない不安が押し寄せてきた。


「それに、ライラって言うと、私はライラックの花をイメージするんだけど……。ライラックはブリッシュ帝国での呼び名。お姉ちゃんの嫁いだルイーブル王国での呼び名は『リラ』よ」


「……!」


ここまで聞くと、もはや確信に近いものを感じる。


フルールの姉、アイリスが面倒を見ていた女の子はリラだということに。


「でも……、そうだとすると一つだけ疑問が湧いてくるの」

フルールは眉間に皺を寄せながら、話を続ける。


「疑問……?」


「ええ。私も初めてリラを見た時に、手紙に書かれてた女の子だと確信したわ。だから、花畑に向かう道中で、お姉ちゃんの話を出したの。リラがどう反応するか気になって……」


その言葉で、ジョシュアが昨日疑問に思っていたことも解決した。


……ああ、だからか! あの時、お姉さんが亡くなっていたことを隠しながらも、どうしてお姉さんの話をしたのか気になってたけど。


「だけど、リラは何も反応しなかった。本当に初めて聞いたような反応だった……」


フルールは当然、リラが記憶を亡くしていることや、呪いのことも知らない。


「ああ、それは……。リラは今、記憶を失っている状態なんだ。原因はわからないけど。それで、僕たちはリラの記憶を取り戻すために旅をしている……という感じなんだ」


ジョシュアは呪いのことは何も言わずに記憶喪失のことは告げた。


「記憶喪失……! なるほどね。これで腑に落ちたわ」


「僕も……。今回の出来事で色々と分かったよ」


ジョシュアは今までに得た情報を頭の中で整理してみる。


リラは高貴な身分だったが、家族に捨てられた。

そして、フルールの姉、アイリスに助けられたこと。アイリスの嫁いだ村は性差別が激しかったこと。アイリスがリラを庇って亡くなったこと。


かなりピースが揃ったような気がする。


あとは、Mystic Mirrorを探して……


思考を整理し終わったその時


「ジョシュア!」

「フルール! 無事か!」

洞窟内に二人の男女の声が響いた。


現れたのはリラとマシュー。


「リラ! マシューさん! どうしてここに?」


ジョシュアが目を丸くしていると……


リラが勢いよくジョシュアに飛びつく。

突然のことに驚き、顔中真っ赤に染まっていく。


「わっ! ちょっとリラ? どうしたの!」


「わああ! 無事で良かった……! 本当に良かった!」


泣きじゃくりながら言うリラに、ジョシュアは、ハザディー村の時から続けて心配かけちゃったな……と無性に申し訳ない気持ちになった。


「ああ、二人とも無事で本当に良かった……」


一緒にきたマシューも安堵のため息を漏らす。突然いなくなったフルールとジョシュアを心配して、一晩中探してくれていたようだ。







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