第27話 悲痛な叫び

「ジョシュア! あんたも今は優しい人の皮を被っているでしょうけど、絶対その仮面は剥がれるに決まってる! お姉ちゃんを奪ったあの下劣な男のようにね!」


ここまで言われても、ジョシュアは何も言い返さずにグッと堪えている。

ただ、フルールに向けているその目は、怒りの感情ではなく、憐憫の情だった。


「何よ、なんか反論してみなさいよ! できないの? 本当のこと言い当てられて悔しいんでしょ!」


「……」

尚もジョシュアは黙ってフルールの罵声を受け入れている。


「あの男だって……、最初はお姉ちゃんにとても優しかった……。だからお姉ちゃんは自分の国を出てまであいつと一緒になった。だけど……そんな偽りの仮面はすぐに剥がれたわ!」


フルールの目には薄らと涙が浮かんでいる。その様子をジョシュアは悲痛な面持ちで黙って見ていることしかできない。フルールの憎しみの対象である『男』に、どんな言葉をかけられても、きっと怒りを増幅させるだけだろうと感じたから。


「あんただって、いずれ……! そしたらリラはまた傷つけられる……」

そこでようやくジョシュアは言葉を返した。


「また……? どういうこと?」

鋭い眼差しでフルールを見据える。


「……」

しかしフルールはそこでは口を噤む。


「フルール! リラがまた傷つけられるってどういうこと?」


やや強めの口調で問いただすが、フルールはその問いに答えることなく、鬼気迫る表情で持っている笛を構えた。


「うるさい! お前も……、あの子達と同じように洗脳してあげるわ!」


そう叫ぶと笛を奏で始めた。


今度はより強く、自分の生命力を込めて……


ルルルルル〜。


耳を通して直接脳内に届けられる甘美なメロディー。

常人であれば一瞬で虜にされてしまう程の美しい旋律だ。


音色を聞いた瞬間、ジョシュアの頭の中がぐるぐると回り始めた。


……まずい……このままじゃ……


「くっ……」

激しい目眩に襲われ、その場に倒れそうになるがどうにか堪える。


それを見たフルールは眉間に深い皺を寄せ、ジョシュアをキッと睨みつけた。

その顔には焦りと困惑が混ざったような複雑な心情が表れている。


「……どうしてよ?」

笛の音を止め、疑問を口にする。


「今度はかなりの力を込めたのに……! これでも効かないの……? なんで耐えられるのよ!」


耳を擘(つんざ)くような怒声が辺りいっぱいに響き渡る。


そして鬼のような形相でジョシュアに近づくと、持っている笛をジョシュアの体にかざす……。


すると、笛はひとりでに音を奏で始めた。


ロロロロロ〜…


先ほどとは違い、低く不気味な旋律。

聞くだけで悪寒が走りそうな……そんな暗い音色だ。


その音を聞いた途端、フルールは面食らったような顔をした。


「……! ジョシュア、あんた……もしかして魔力を持ってるの……?」

声を震わせながら問いかける。


「……どうだろうね」

ジョシュアは曖昧に答えながら、この状況について考えを巡らせる。


魔力の篭った笛の音に対抗できているのだとしたら、考えられる要因はロジャーからもらった『お守り』の力。


実際に昨晩は警告するように、チカチカと光を発していた。それにロジャー曰く、加護が込められている。


もしくは、ルナから受け継いだ魔力……あるいはその二つの相乗効果か……。


『お守り』の力はルナ曰く、魔力ではなく、神聖な力が込められているとのこと。確かにハザディー村にたどり着く前に男達に襲われ、その時に自分の命を守ってくれた。


確かに加護はある。


そして、そこでルナが自分の怪我を治癒してくれた時に語っていた内容を思い出す。


『私の魔力について軽く説明すると……、私の力は基本的に、体の異常を取り除く力。想像通り、怪我や病気を癒す力ね。あとは相手を催眠状態にして眠らせたり、洗脳状態にしたりする力』


『催眠、洗脳まで……?』


『ええ。これは滅多に使わないけどね……。相手が自分に危害を加えようとした時にしか発動させないわ。それから脳の異常を正常に戻すことで、かけられた催眠状態や洗脳状態を解くことも可能よ』


……洗脳を解く力! そうか……だとすると、これはルナ様の力も作用している!


もし、僕がこの力をちゃんと使えれば……、この状況を打破できるかもしれない!


「まさか……あんたが魔力持ちだったなんて……。予想外だわ……」

焦りから顔を引きつらせているフルール。


「人から受け継いだ物だけどね。でも、この力をちゃんと使えるようにイメージトレーニングをしてきた甲斐がありそうだよ」


冷静に言うと、ジョシュアはゆっくりと、虚な目で譫言を仕切りに唱えている少年達に近づいていく。


「何をするつもり!」

フルールが声を荒らげる。


ジョシュアはそれには答えず、静かに少年達の側に座り込み、目を閉じて、少年達の体にそっと手をかざした。


……イメージするんだ。

出来る限り具体的に……!


純粋な心に覆われた何十もの黒い幕。

それを一枚一枚丁寧に、一つ残らず全て引き剥がしていくイメージ。


……もっと鮮明に、そして力強く!


暫くすると、少年達の周りが温かみのある黄色い光に包まれた。

その光はジョシュアもろとも少年達を全員覆い隠すように輝いている。


「何よこれ……! 眩しい……! どうなってるの!」

フルールは眩しさのあまり反射的に目を閉じた。


光に包まれている中で、ジョシュアは少年達の目に光が戻っていくのを感じた。


「……ああ、よかった。これでこの子達はきっと大丈夫」


そして、役目を終えたかのように、光はスッと消えた。


ゆっくりと目を開けるフルールが見たのは、正気を取り戻した少年達の姿。


「あれ……? ここはどこ?」

「僕たち、何してたの?」

「お家に帰りたいよ!」


皆一様に不安な目をしている。

慣れない暗闇に泣き出してしまう子もいた。


そんな少年たちに、ジョシュアは慰めるように優しく語りかけた。


「ごめんね……。怖かったよね。でももう大丈夫。次に君たちが目覚めた時は、お家に帰ってるから。安心しておやすみ」


そう言って、ルナの魔力を再び使う。


ジョシュアとリラが柄の悪い男三人に襲われた時に、ルナが使用した、人を眠らせる力。


柔らかく温かな光に再度包まれたかと思うと、少年達はゆっくりと眠りに落ちていった。その安らかそうな顔を見て、ジョシュアは安堵の表情を浮かべた。


「これで一安心かな……」


……いくら男が憎いからと言って、関係のない少年達を巻き込み、言いようのない恐怖を与えてしまったことは、決して許されることではない。


それに彼らは怒りをぶつけるべき相手ではない。


ただ……、大切な姉を理不尽に奪われた彼女の気持ちを思うと、心を酷く痛めざるを得なかった。


ジョシュアの手によって、少年達が洗脳から解放されるのを黙って見ているしか出来なかったフルールは、ショックのあまり膝から崩れ落ちるように、冷たい地面にへたり込んだ。


その際に力が抜けたフルールの手から横笛が滑り落ちる。


カラカラ……と音をたてて、横笛はジョシュアの足元へ転がっていった。








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