第26話 魔笛伝説事件の犯人
部屋の前に着くと、リラは自身の身につけているペンデュラムの異変に気づく。
ジョシュアのお守りと同様、ロジャーから肌身離さず身につけておくように言われたものだ。
「リラ? どうかした?」
心配そうに尋ねる。
「ペンデュラムが……」
そう言って徐にペンデュラムを取り出すと……
水晶が内側から光を発していた。先ほど、夕食前にジョシュアのお守りが光っていたように、リラの持つペンデュラムも光を放っていた。
「これは……警戒しなさいってことなのかな………? それとも何かの力に反応してるとか……」
「でも、リラの持つペンデュラムって、リラの呪いが発動している間、水に入らなくても過ごせるようにする物だよね? あと、Mystic Mirrorの場所を指し示す役割もあったけど……」
「うん……。そのはず……」
リラはロジャーが言っていた言葉を懸命に思い出そうと、記憶の糸を手繰り寄せる。
そして浮かんできたのは……
『ああ。リラはペンデュラムを、ジョシュアはそのペンダントを肌身離さず身につけておくのだぞ。その二つには加護が込められておる』
ロジャーに言われたこの言葉。
「そうだ……! 確か村長様はペンデュラムとお守り両方に加護が込められてると言ってたわ!」
ハッとした表情で口に出す。
「なるほど……確かにそんなこと言ってたような……。じゃあこれはやっぱり警戒しないといけないという意味なのかも」
ジョシュアの顔に僅かながら緊張の色が走る。
それを見たリラも、不安の色を滲ませている。
「今夜ちゃんと眠れるか心配だわ……。何かあったら、すぐに知らせてね……」
「うん。そうするよ。何もないことを祈るばかりだけど……。とりあえず、もう寝ようか。おやすみ、リラ」
「うん、おやすみ、ジョシュア……」
こうして二人は不安を抱えながらも、それぞれ自分に用意された部屋へ戻っていった。
もしかしたら、なかなか眠りにつけないかも……と思っていたジョシュアだったが、長旅での疲れは想像以上に溜まっていたらしく、ベッドに入るなり、すぐに意識を失うように眠りについた。
その時、部屋の外に怪しい人影が見えたことに、当然気づくことはなかった。
◇
深い眠りについてからどれくらいの時が経っただろうか……。
スヤスヤと寝息を立てて眠りについているはずのジョシュアの耳に突然、僅かに何かが聞こえてきた。
それはまるで小鳥のさえずりのように美しい旋律。
ラララララ〜
ずっと聞いていたくなる程心地の良いメロディー。
意識を完全に失い、外部の音など感知出来ないはずなのに、鮮明に脳まで届けられるその音色。
「……ん? 笛の音……?」
ジョシュアは一瞬、意識を取り戻し、しっかりとその音を認識した。
……なんだろう、この不思議な感覚……。この音をずっと聞いていたくなる……。
全身ぬるま湯に浸かっているような温かさと心地よさに、ジョシュアは再度意識を失った。
その直前、
『……シュア! ジョシュア! ダメ! 目を覚まして……!』
誰かが必死に自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
◇
ポタポタポタ……と水音が滴る音でジョシュアはゆっくりと目を覚ます。
「……あれ?」
そこは宿屋ではなく、どうやら洞窟の中のようだった。薄暗く、ひんやりとした空気が流れており、思わずブルっと身を震わせる。
「ここは……どこ?」
蝋燭が点々と点けられているが、狭い範囲なら何とか見えるという程度の明るさである。
狭い視界の中、辺りをぐるりと見回すと……
「……!」
目に飛び込んできた異様な光景にジョシュアはまるでその場に縫い付けられたように身動きができなくなる。
……何だ……?
そこには数多の男児がうつ伏せで倒れており、その男児達を取り囲むように、他の男児達が座っていた。
全員目が虚で、何かうわ言を言っている。
「……我々は卑しい存在、世界の敵」
「主人様の望むままに……」
という言葉を繰り返し唱えている。
まるで何かに取り憑かれたか、洗脳されているようだ。
ジョシュアは顔を強張らせながらも、そっと彼らに近づく。
この子達は一体何を……?
すると、彼らに取り囲まれるかのように佇んでいる人影が見えた。
その影はジョシュアの姿をとらえると、クスッと笑う。
「おはよう、ジョシュア。気分はどう?」
ぼんやりとした姿しか見えないが、声はハッキリと聞こえる。
この声はまさか……
「フルール……!」
予想外の人物に、頭を強く殴られたような衝撃が走った。
しかしジョシュアの様子を見て、どういう訳かフルールは驚愕の表情を浮かべている。
「……どういうこと? なんで正気な目をしているの……?」
戸惑いながら尋ねる。
「どうして君が……? 魔笛伝説を模した事件の犯人は、フルールだったのか……?」
その問いには答えず、フルールは一人でブツブツと何かを呟き始めた。
「〜〜〜〜〜〜」
ジョシュアは思わず身構える。
しかし特に何か起こる様子はない。
……おかしい。魔笛伝説の話を意識している者なら、効き目があるはずなのに。そのためにわざと魔笛伝説の話をしたのに。
それとも、やっぱりアルメリ村の者じゃないから、効果が薄かった……? あるいは込める力が弱かっただけ……? それともこいつに何かあるの……?
まあいいわ……。今度はもっと強い力を込めて……
「フルール!」
ジョシュアが語気を強めて彼女の名を呼ぶ。
すると、フルールは呟くのを止め、真っ直ぐな目でジョシュアを見据えた。
「……ええ。魔笛伝説事件の犯人は私よ。でも安心して。別にあなたを殺したりしないわ。ただ、あの子達と同じように再教育を施してあげようと思ってね」
瞳に宿るのは漆黒の炎。
まるで怒りを燃やすようにメラメラと燃え滾っている。
「……再教育……? 一体彼らに何をしたんだ!」
鋭い眼差しと声色で問いただすジョシュアに対し、フルールは一切怯むことなく、淡々とした様子で答える。
「私の持っているこの笛はね、魔笛伝説に出てくる笛と同じで、魔力が込められているの。使い手の生命力を与えることで、この笛の音を聞いた者を意のままに操ることができる。つまりは洗脳ね」
生命力……! つまり、この笛の力を使うには、自らの命を削らなければならないということか……。
「どうして、この子達を洗脳する必要があるんだ? 君の目的は一体……?」
捲し立てるように問うジョシュア。
「これは……お姉ちゃんのような犠牲者をこれ以上出さないために必要なことなのよ」
フルールの目に宿る漆黒の炎はさらに勢いを増していく。
「お姉さんのような犠牲者……? どういうこと? 君が洗い物をしている時に、マシューさんからお姉さんの死について聞いたけど……。崖から足を滑らせたって……」
そう伝えると、フルールは怒りを爆発させるかのように、憎しみで顔を歪ませ、暗い洞窟内に怒声を轟かせた。
「そんなの嘘に決まってるでしょ! お姉ちゃんは……! お姉ちゃんはあの男に無残に殺されたのよ!」
「なっ……」
フルールの口から語られた真実にその場で固まるジョシュア。
「どういうこと? マシューさんは嘘をついているってこと……?」
唇を震わせながら尋ねると、フルールは憎しみに満ちた目で大きく頭を振った。
「違うわ! マシューおじさんは真実を知らないだけよ! あの男……、お姉ちゃんの夫に騙されているだけ!」
「お姉さんの旦那さん……?」
「そうよ! ……お姉ちゃんが可愛がっていた女の子の話はしたわよね。彼女を庇ってお姉ちゃんは殺されたわ!」
悲痛な面持ちで、やり場のない怒りをぶつける。
「待って……。フルール。その女の子とお姉さん、そして旦那さんの間に何があったの……? 君が知っていることを詳しく教えて欲しい」
刺激しないように、ゆっくりと丁寧に、宥めるような優しい口調で懇願する。
フルールは暫く考え込むように黙っていたが、やがて視線を落として静かに語り始めた。
「……いいわ。まずは……お姉ちゃんが嫁いだ村について。これからあなた達が向かうウェイスト村だけど、あそこは女が奴隷のように扱われる所よ」
「奴隷のように扱われる……?」
眉間に皺を寄せ、どこか懐疑的な表情になる。
どういうことだろう……?
ジョシュアの住むフルハート村では、男女によって役割分担はあれど、性差別と言うものを感じたことはない。
さらにジョシュアの家族に関していえば……むしろ女の方が強いくらいだ……。
実際に父のブライアンは母のジュリアに頭が上がらない。
そんな環境で育ってきた為か、フルールの言っていることをうまく想像出来ないようだ。
「何よ、信じられないって顔してるわね」
ムッとした顔で睨みつけるフルール。
「ごめん! 僕の村では全然そんなことなかったから、うまく想像出来なくて……。奴隷のようにって、どういう感じなのかな……?」
機嫌を伺うように、恐る恐る尋ねる。
「……例を挙げるとキリがないんだけど。とにかく男に逆らう女には容赦無く酷い罰が与えられ、最悪の場合、殺される。お姉ちゃんのようにね」
低い声でゆっくり話すフルールだが、隠しきれない憎しみと怒りが全身から溢れ出ている。
「そして、それが当然だと考えられているから、危害を加えた男に対して罰なんてある訳もない。しかも女ひとり殺した後でも、平気で酒飲んで笑ってるような連中よ」
それを聞いたジョシュアは愕然とした。
もし、自分の母や姉がそんな目に遭ったら……
想像するだけで言いようのない怒りが湧き上がってくる。
「……酷すぎる……!」
実際にそんな酷い仕打ちがなされているなんて……。
ワナワナと肩を震わせる。
「女の子はその美貌もあって、村の男達に酷い目に合わされそうになってた。……それでその子を守ろうとしたお姉ちゃんを、あの男は……!」
ここまで話し終えると、フルールは無念の表情を浮かべて、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
「だから、この笛の力を使って、まだ幼い少年の内に……きっちりと教育してやる必要があるのよ! 女を蔑み、危害を加えるお前らのような存在はクズだってね!」
どうにか保たれていた冷静さを失い、フルールは金切り声をあげた。
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