第25話 魔笛伝説②
二人がペンダントの光に気を取られていると、タンタンと誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。
「リラ! ジョシュア! もうご飯できたよ!」
フルールがなかなか降りてこない二人を気にして様子を見にきたようだ。階段を上りながら声を張り上げる。
その声で、ジョシュアはすぐにお守りを服の下にしまう。
……もう光は消えていた。
「ごめん! 今行くよ!」
そう返すと、二人は階段を降りていき、フルールと合流した。
「時間かかってたけど、大丈夫?」
「うん、ちょっと荷物を解くのに手間取っちゃって、リラにも手伝ってもらってたんだ」
手間取るほど荷物は多くないのだが、フルールは納得したようで、なるほど、と言っただけだった。
食堂は一階の一番奥にあり、長い廊下を渡った所に位置している。
中に入ると、他にも何名かの宿泊客がおり、皆各々のテーブルで食事を取っていた。見たところ、今日は一人旅の客が多いようだ。
リラとジョシュアがフルールに案内された席に向かい合って座ると、
マシューが美味しそうな食事をすぐに運んできてくれた。
主食は、見た目鮮やかな黄色いお粥で、干し草の香りがほんのり漂う。中には干した豚肉が入っている。その他にもチーズや色とりどりの野菜、新鮮な果物が出された。
「わあ! 美味しそう!」
リラが顔をパアっと輝かせた。
「冷めないうちにどうぞ」
マシューがにこやかな笑みを携えて言う。
先ほど『魔笛伝説』の話をしていた時の憂は感じられない。
そして二人が全て食べ終わると、マシューが食器を下げに来てくれた。
どうやらフルールは中で洗い物を担当しているらしく、この場にはいない。
「お食事、とても美味しかったです」
リラが満足そうにマシューにお礼を言うと、彼は嬉しそうにはにかんだ。
「お口に合ってよかったです」
ジョシュアにとっては馴染みのある食材だが、記憶をなくしているリラには野菜や果物以外、新鮮に思えるようだ。
「黄色いお粥、初めて見たので驚きました。とても鮮やかで綺麗だなって。あれは、何か香辛料を入れているのですか?」
お粥の色が気になったのか、興味津々に質問を投げかけるリラ。そんなリラにマシューは丁寧に説明する。
「ああ、あれはサフランという花を乾燥させてスパイスにしたものを使っています。サフランはこのアルメリ村では特産品となっているのですが、他の地域で取れるものよりも、より濃く色付くのですよ」
「まあ! サフランですか! あの美しいお花畑もそうでしたが、ここはお花が有名なのですね」
「そうですね。花の生産や栽培には力を入れています。あの花畑は特に。場所がかなり入り組んだ所にあるので、初めて訪れる方には案内役が必要になってきますが、多くの方に見て頂けると嬉しいですね」
花畑について語るマシューの表情はとても生き生きとしており、この村の誇りに思っていることが伝わってくる。
「確かに、少し遠くてわかりづらい場所でしたが、道中、フルールのお話が色々と聞けたので、あっという間に感じました」
それを聞いてマシューは目をパチクリさせている。
「ほお! あの子が自分の話をするなんて珍しい……。確かに、花畑から戻って来た後、ジョシュア様、リラ様と随分打ち解けた様子で話しているとは感じましたが……。きっと同年代のお客さんが来て嬉しかったのですね」
「はい。フルールもそう言ってました。マシューさんやお姉さんのお話も聞けて……」
リラがそこまで言うと、先程まで和かな表情で話していたマシューの顔色が一転。驚愕と困惑が入り混じったような色になった。
「えっ……! あの子がアイリス……、いえ、姉の話を……?」
それを見て、さっきまでリラとマシューが話しているのを、うんうんと楽しそうに聞いていたジョシュアが口を開いた。
「お姉さんが嫁ぐまでは、一緒にマシューさんのお手伝いをしていたと……」
「ええ……。それは事実なのですが……」
ぎこちない表情のまま肯定する。
そしてどこか気まずそうに目線を逸らした。
すると、今度はリラが口を挟んだ。
「お姉さんのことが大好きっていう様子でしたが……。定期的に手紙のやり取りもしていると……」
マシューはチラッと厨房の様子を伺い、フルールがまだ洗い物をしているのを確認すると、やや声のボリュームを落とした。
「実は……、あの子の姉、アイリスはもう亡くなっていまして……」
無念そうな顔で切り出した。
「亡くなっている……?」
驚いた様子で答えつつも、ジョシュアは内心、腑に落ちたという思いだった。
姉のことを、過去形で話すフルールに感じていた違和感。
既に姉が亡くなっていたとなれば当然である。
しかし、なぜフルールはそのことを言わなかったのか。出会って間もない自分たちに話すことではないとしたら、それはそうなのだが。
ならば一層の事、最初から姉の話をしなければいいはずである。
……フルールは一体なぜ……?
一つの疑問が解消できたかと思うと、また新たな疑問が湧き上がってきた。
「はい……。どうも山菜を取りに山に入った時に、崖から足を滑らせてしまったようで………。打ち所が悪くそのまま……」
マシューは静かに頭を振る。
「すぐに旦那様が私たちの元へ知らせにきてくれたのですが、旦那様も妻を失った悲しみで、憔悴しておられましたね……」
憂を帯びた目で語るマシューに、何と声をかけて良いものか、ジョシュアもリラも皆目見当がつかなかった。
「フルールはアイリスの死を受け入れられずに、暫くの間、塞ぎ込んでいました。最近、少しずつ前を向けるようになったので、私も安堵していました。それでもなるべくアイリスのことは話題に出さないようにしていたのですが……。まさかお二人に話していたとは……」
複雑な表情を見せるマシュー。フルールが姉の死をきちんと受け入れ、心の整理がついたということなら良いが……。
「そうでしたか……。まさかフルールのお姉さんが……」
重々しい空気が漂う。
そこに、洗い物を終えたフルールがこちらへやってきた。ぎこちない空気感に戸惑いを見せながら尋ねた。
「どうしたの? 三人ともなんか暗い顔して……」
「い……いや、何でもないよ。魔笛伝説の件で、念のため、再度注意を促してたんだ。もし音が聞こえたら、とりあえずしっかり耳を塞ぐようにと……」
マシューの苦肉の返しに、ジョシュアとリラも乗っかり、素早く、そして力強く頷いた。
「……ふうん。まあ……何もしないよりは良いかもね……」
幾分懐疑的な眼差しを向けられたが、三人は何とか誤魔化したようだ。
それでも微妙な空気感が残る。
「……そうだ! お二人は明日何時ごろ出発するご予定ですか?」
その空気感を振り払うように、マシューがさっと話題を切り替えた。
「えっと、朝の九時前には出ようかと思っています」
ここから最終目的地のウェイスト村まではおよそ一週間程度の道のりになる。
地図を見ると、国境を超えたら割とすぐだが、道中何が起こるかわからないので、なるべく時間に余裕を持って出発したい所だ。
「かしこまりました。それでは八時頃にまた食堂へお越しください。簡素ですが朝食をご用意致します」
「ありがとうございます。では、明日に備えて僕たちは部屋で休むことにします」
ジョシュアとリラは軽く頭を下げ、自分たちに用意された部屋へと戻っていった。
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