第24話 魔笛伝説①
宿に戻ってくると、店主のマシューが爽やかな笑顔と共に迎えてくれた。
「お帰りなさい! 花畑は堪能できましたか? 今の時期だとライラックが綺麗に咲いていたでしょう」
「はい! とっても綺麗で感動しました!」
弾んだ声で話すリラ。
「それは良かった! あの花畑はうちの村唯一の自慢なので、そう言ってもらえると嬉しいですね。季節毎に色々な美しい花が咲き誇ります」
マシューがそう言うと、フルールが少し頬を膨らませた。
「もう、おじさんってば! 唯一って何よ。他にもたくさん自慢できるところはあるのに」
するとマシューは悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねた。
「ほう……? 例えば……?」
まさか聞き返されるとは思っていなかったフルールは少し焦り顔になる。
「えっと……あ! この村発祥の有名なお話があるわ!」
それを聞いたマシューの顔は、フルールとは対照的に険しいものに変わっていく。
「フルール! 確かに有名な話がうちの村発祥なのは、自慢できることだが、それは今、禁断の話題だろう!」
ニコニコと穏やかそうな雰囲気を醸し出しているマシューが見せた厳然たる表情に、フルールだけでなく、ジョシュアとリラも驚いた。
「禁断の話題……?」
説明を求めるように小首を傾げる。
「ああ、すみません! 気にしないでください」
マシューはハッと我に帰った様子ですぐさま笑顔を取り繕った。
「この村に伝わるお伽話なんですが、ここ最近、その話を模倣した怪事件が頻発しているもので……。せっかくこの村に来ていただいた旅人の方に、気分を害するお話をするのも何ですから……」
マシューの言葉に、フルールはいささか不機嫌そうに眉を顰めた。
「でも、もしかしたら今夜来る可能性だってあるんだし、万一の場合に備えて話しておいても良いんじゃないの?」
何やら二人の不穏な雰囲気にリラは少し不安を覚える。それはジョシュアも同じだった。
「あの……、もし良ければ、そのお話を聞かせて頂けませんか?」
ジョシュアが願い出ると、マシューはしばらく考えた後、深く息を吐く。
「……わかりました。お話しましょう」
観念したかのように眉を下げ、マシューは静かに話し始めた。
「この村には、『エルミーヌの魔笛伝説』と呼ばれるお話があります」
「ああ! 確かに有名ですね。アルメリ村が発祥だったとは。僕も小さい頃に兄から聞いたことがあります! 肝心な内容は……全く覚えていないんですが……」
どうやらジョシュアの国、ブリッシュ帝国では有名なお話らしい。
「話の内容はざっくり言うと、人間の男と恋に落ちた水の妖精の復讐譚……とでも言いましょうか」
「復讐譚……ですか」
「ええ。口伝なので、土地によって内容が違ったりするんですが、アルメリ村発祥の物はそういうことになっています」
「水の妖精の復讐……」
「はい。その妖精は不思議な力が宿る横笛を持っており、その笛を奏でては人間達を魅了していました。そしてある日、水辺で出会った男に恋をするんですが、その男が同じ村の同胞に殺されてしまいます」
「まあ……!」
リラが悲しそうに相槌を打つ。
「怒りと悲しみに暮れた妖精は、笛の力を使って愛する男を殺した者達を操り、自害させてしまう……という内容です」
話し終えたマシューは深く息を吐く。
「なるほど……。お伽話とはいえ、何だかやるせない気持ちになりますね……」
ジョシュアの言葉にリラもゆっくり頷く。
「私は……初めて聞いたはずなのですが、なんだか懐かしいような……。不思議な気分になりました」
……どうしてこんなに胸が騒めくのだろう。初めて聞いたお話なのに………。もしかして、失った記憶と何か関係が……?
神妙な顔つきで考える。
そんなリラの横で、ジョシュアはマシューに更なる説明を促す。
「それで……、このお話を模倣した怪事件というのは……?」
ジョシュアに問われ、マシューは重たい口を開いた。
「最近、この村では夜中に横笛の音が聞こえることが増えました。しかもその横笛の音が聞こえた翌日は、必ず成人前の少年が姿を消すという事件が頻発しています」
「成人前の少年……?」
怪訝そうに言葉を繰り返す。
マシューは深刻そうな顔でさらに続けた。
「そうです。なぜ成人前の少年ばかり狙われるのかはわかりませんが……。そして消えた少年達は奇跡的に戻ってきた数人を除いて、後は帰ってきていません……」
そこで一度、深く息を吐く。
「戻ってきた数人の少年達が言うには、夜中に美しい笛の音が聞こえたかと思うと、目が覚めた時にはどこか暗い場所にいたと……。そしてそれ以外の記憶が全くなく、再び気づいた時には自分の家にいたと……」
「暗い場所……?」
「はい。しかも笛の音は大人には聞こえず、成人前の子供にのみ聞こえるみたいで……。ちなみに笛の音は成人前の女の子にも聞こえるらしいのですが、いなくなるのはなぜか男の子ばかりなのです」
マシューがそこまで話すと、フルールが割って入ってきた。
「そうそう。私にも聞こえるわ。そしてもう何度もその笛の音を聞いているけど、ご覧の通り、私は無事なのよね」
手を顎に乗せ、何かを考えている素振りを見せる。
「こういう訳でして……。対策のしようがないのです。いつ自分の子供が消えてしまうかも分からない恐怖で、男児がいる家庭は毎晩神経をすり減らしています……」
全て話し終えたマシューが再び深いため息をついた。
「そんなことが……」
横で聞いていたリラは何か言いようのない不安に駆られた。
……成人前ってことはジョシュアは条件に当てまってるんだよね……? このアルメリ村にいるのは今晩だけどだけど……。でももし今夜……、その笛の音が聞こえたら……?
話を聞いて、心配そうに俯くリラに、フルールは励ましの言葉をかける。
「まあ、狙われるのはこの村の人間だけだと思うから、ジョシュアは大丈夫でしょ。以前、笛の音が聞こえてきた夜に、宿には小さい男の子達も泊まってたけど、その子達には何も影響なかったから」
それを聞いて、村の人達には申し訳ないと思いつつも少し安堵するリラ。
「さてと……そろそろお部屋に案内するから、二人ともついてきて!」
フルールが重い空気を振り払うかのように、明るい調子で言う。
部屋は二階にあるようで、階段を上がってすぐの所に二人の部屋が用意されていた。
部屋は隣同士なので、もし何かあってもすぐに駆け付けられる。
「もうすぐ夕食の時間だから、荷物を置いたら一階の食堂に来てね!」
そう言ってフルールは一旦二人から離れた。
ジョシュアもリラも荷物は少ないので、すぐに置いて食堂へ行こうとする。
その時……
キイイン……とジョシュアが首からかけている『お守り』が光り出した。服の上から僅かに漏れる白い光。
「……?」
最初に気づいたのはリラ。
「ジョシュア! 『お守り』が光ってる……」
「えっ!」
リラに言われ、ジョシュアはお守りを服の中から取り出した。
すると、『お守り』は内側から、チカチカと細かく点滅しているように光っていた。
まるで、何かを警告しているかのように。
「何だろう……、何かを知らせてくれてるのかな……?」
いまだかつてない現象にジョシュアは訳が分からず、戸惑いを見せるが、一方のリラはジョシュアの身に危険が迫っているのではないか……と不安を募らせる。
魔笛伝説を模した事件の話を聞いた後なので余計に……。
「ジョシュア! 今晩、本当に気をつけて……。フルールは、村人にしか影響はないと言っていたけど……。何だかとても嫌な予感がするの……」
確かに、魔笛伝説の話を聞いてから、『お守り』が光り出すと、不吉な予感がする……。
「そうだね。笛の音には気をつけるよ。意味があるのか分からないけど、聞こえてきたらすぐに耳を塞いで対処しようと思う」
耳を塞いで解決できるなら、この事件はそこまで広がってはいないだろうと思うが、何か具体的な対策案などわかるはずもなく、出来ることはこれ以外にないのだ。
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